Main Story 05
ボチボチ来るぞ
ガタゴトと揺れる馬車は順調に行程を進み、予定通りに早朝王都ユニバンスへと到着した。
行程の最終日となる昨夜から今日にかけての車中泊は、もしかしたらドラゴンに襲われるかもしれないと肝を冷やしもしたが、街道沿いに作られている避難所で無事に一夜を明かすことが出来た。
本来ならそんな無理をする必要など無かったのだが、馬車の中に居る二人の貴賓の要望でごり押しされたのだ。
5年振りの王都が余程待ち遠しかったのだろう。
御者や護衛の騎士たちはそんな二人のことを思い命を賭して任務を遂行したのだ。
辿り着いた王都。城門の前は早朝と言うこともあって人通りが少なく、待つことも無く入城の手続きが行われる。
護衛の者が門の入り口で守備兵に対し来訪の理由を告げ、家紋が刻まれた紋章を見せると……その態度は一変などせず淡々と手続きが進んで行く。
権力に屈せず任務を遂行する兵士たちに、馬車の中に居る者達は柔らかく微笑んだ。
「パル。やはり王都は素晴らしいわ。兵士たちもわたしたちの馬車を見て色めき立ったりしない」
「ああ。でも忘れていないかいミル。ここにはオレたちよりも高貴な人物が居るのだよ」
「そうだったわね」
柔らかく微笑む少女は、馬車の外を見る。釣られて話し相手も視線を外に向ける。
二人ともまだ幼さを感じさせる。齢の頃は13か14と言ったところか。
ドレス姿の少女は金髪碧眼。気品の良さを感じる顔立ちをしている。
何処に行ってもその容姿から異性の告白を受けることだろう。
と、彼女の目の前を何か騒ぎながら小柄な女性騎士が馬で駆けて行った。
『呪ってやる~』とか物騒な声が聞こえた気がしたがたぶん気のせいだ。
話し相手のもう一人は、洋装姿の凛々しい少年騎士のようにも見える。
こちらも金髪碧眼で首の後ろで髪を束ね背中に流している。世の女性が見たらその目をハートマークにしてしまいそうなほど整った容姿だ。
と、今度は馬にしがみ付くようにして胸の大きな女性騎士が駆けて行く。
『お菓子どうもです~』と兵士たちに挨拶しているところを見ると守備兵たちと仲が良いのだろう。
「本当に王都は良い所ね」
「そうだね」
二人は馬車の外へと懐かしむ感じて目を向けていた。
と、スーッと音もなく全身白い感じの女性が姿を現した。
精巧な人形のような顔色一つ変えないその者は、一歩み出したかと思うと姿を消した。
突然のことで何が起きたのか理解出来なかった二人は、窓に顔を付けて外を見る。
その場に居たはずの女性が間違いなく消えていた。
「……王都ってこんな怖いことがある場所だったかしら?」
「……さあ? オレたちが知らない間に変わったのかもね」
二人は背筋に冷たい汗を流し、思わず自分の腕を温めるように擦った。
「アルグスタ様?」
「ん~」
「やる気を出して下さいよ」
「あるよ~」
机に突っ伏して冷たい感触を味わっているだけでやる気が無い訳ではない。
ただ隣がね……何時も居たはずの存在が居なくなってちょっと寂しいだけ。
そして何より暑い。求むエアコン。
「ノイエ様が居ないからってだらけないで下さい」
僕の前に立つ呆れた様子で肩を怒らせる少女……クレアに視線を向ける。
「ノイエが居ないのは寂しいけど、暑いのが苦手なだけ」
やれやれとクレアが肩を竦める。
失礼な。僕は元々山深い田舎の街で育った身なのだよ。
暑いのよりも寒い方がまだ我慢出来る。
何より本当に失念していた。
雨期が終わったら何が来るか?
それを考えていなかった僕に襲いかかって来た物……夏季だ。
湿度は高くないけど普通に暑い。
薄手の半袖な服に衣替えしたけど、クールビズって気合で我慢するものだっけ?
半袖のドレス姿となったクレアも首元などが少しゆったりな感じになっている。
しかし眺めてて思う。
「何て言うか」
「何ですか?」
不思議そうに小首を傾げる彼女に現実を教えてあげよう。
「普通そんな感じで服装が緩くなると、男性的にはこうときめく物があるはずなのに……クレアを見て何も感じないのは僕が悪いのだろうか?」
「この糞上司っ!」
一瞬にして沸点を越えた彼女が怒りだす。
「わたしだって年頃の娘なんです! 毎朝色々と頑張っているんです!」
「具体的には?」
「良いですか! 今日なんてこう髪の毛をアップにして」
「だから頭上に鳥の巣が出来たのか」
「むきぃーっ!」
怒った彼女が悔しそうに床を蹴る。
そんなうなじ攻撃などノイエに何度もやらせて見慣れているわ! 最低でもうちのお嫁さん程度の破壊力を持って来てから力説しろっ!
ノイエの白いうなじとか本当に恐ろしい狂気だけどな。
「イネル君も男性として、そこの小娘に現実を教えてあげなさい」
「ボッボクがですかっ!」
突然のご指名に慌てた少年があわあわとしながら、顔を真っ赤にさせて俯いた。
「……大人っぽく見えて……良いと思います」
「「……」」
ストレートな意見にイネル君以外が凍った。
僕的にはそんなストレート過ぎる直球は待っていなかったし、クレアの方も馬鹿にされるだろうと変化球待ちだったから回避できずに直撃だ。
「あっ……ありがとう」
「いいえ……」
二人して顔を真っ赤にして俯いてしまった。
何この甘酸っぱい青春ラブコメ的な空気は? 少女漫画的なフラグでも立ったの?
「アルグ~」
と、そんな空気を破壊する馬鹿が乱入して来た。
突然の来訪者に俯いていた二人は顔を上げ、クレアは自分の席に戻る。ただしイネル君の隣だから……何か少しでも離れようとして体を斜めにしている姿がちょっとプリティーかも。
あはは。同僚を『異性』として認識してしまったな? これからはこっちの路線でイジメるのも良いかも。
「で、何さ?」
「おう」
執務室の入り口に立つ筋肉王子が適当に頭を掻く。痒い訳じゃ無くて癖らしい。
「今日から2人ばかり近衛の事務担当として着任するんだわ」
良い話だな。これで近衛の仕事が……まさか仕事を教えろとかか?
「それで?」
「ああ。その2人が俺のことをとても慕っていてな」
何か変な言葉が?
「それはたぶん頭の病気だから医者に見せた方が良いよ?」
それか間違いなく精神を病んでいる。この糞王子を慕うとか狂っているだろう?
「あ~。それなんだわ」
「はい?」
「お前のその態度だよ」
ニヤリと馬鹿が嫌な笑みを浮かべた。
「何でも『アルグスタ元王子が俺を蔑ろにしている』と伝え聞いているらしくてな……お前に対して実力行使も込みで考えを改めるとか息巻いているそうだ」
「へっ?」
実力行使込みで? つまり?
ニシシと笑った馬鹿がマジで憎い。先が読めたよ!
「たぶん着任早々喧嘩を売る……よりも襲いかかって来るかもな。まあ頑張れや」
「全力で断る!」
うんうんと頷いた馬鹿の余裕は何だ?
「なら自分で伝えろ」
「はい?」
悪い予感が……
「今、親父に挨拶しているからボチボチ来るぞ」
本日は全力で早退したいと思います。
(c) 甲斐八雲
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