怨敵アルグスタ

「では失礼します」

「失礼します」


 国王の執務室を出た二人は、そっと胸の中に溜まった思いを息と共に吐き出した。

 5年振りの謁見とは言え、相手はこの国の最高権力者だ。緊張しない方がおかしい。


「流石のミルも緊張で手足が一緒に動いていたわね」

「そう言うパルだってドレスの裾を踏んで転びそうになっただろう?」

「……5年前だったら素直に駆けて抱き付きも出来たのに」

「ああ。無知と言うのは恐ろしいね」


 二人は改めて息を吐くと、並ぶようにして廊下を歩きだした。


 前にこの場所を歩いたのは、王都から南東部のノンエイン家に行く時だった。

『別れの挨拶を』と言われ、訳も分からないまま王城へと来て謁見したのだ。

 たまに屋敷に来てお菓子をくれるおじさん……その人物が国王ウイルモットであると知ったのは、ノンエイン家に着いてから間もなくのことだった。


「ミルは良く国王陛下の足を蹴っていたわね」

「それを言ったらパルなんて一度、陛下の股間に頭突き……」


 相手に睨まれたので口を噤む。どうやらそれは禁句らしい。

 軽く咳払いをして……パルと呼ばれる少女は、思考を切り替えた。


「次はシュニット様にご挨拶をしましょう」

「でも陛下から『今日、城に居るか分からんな』と言われたね?」

「ええ。ですので一応メイドたちに聞きながら、いらっしゃらないようならハーフレン様の元へ」

「そして次は?」

「ええ」


 スッとその柔らかな顔に鋭い笑みを浮かべパルは口を開く。


「怨敵アルグスタ元王子のお考えを正さないといけません」

「そうだね」


 パルほど露骨な表情の変化は見せないが、ミルと呼ばれる少年もスッと表情を正した。


「ハーフレン様ほどお優しいお方は居ないんだからね」


 自然と二人は含み笑いを浮かべ廊下を歩き出す。


 と、前の廊下を右から左へ駆け抜ける若者が居た。

『緊急の仕事でも告げられた文官だろうか』と思っていると……可愛らしい顔をした少女が駆けて来て、一度こっちを見てからまた走り出す。


「アルグスタおにーちゃん。待って下さ~いです~。キャミリーもかくれんぼするのです~」


 可愛らしい少女の声を聞いて二人は納得した。

 つまり彼女は、"アルグスタ"と言う人と一緒にかくれんぼをしたがっているのだ。


 クワッと目を見開き、二人は同時に顔を見合う。

 怨敵が逃げ出そうとしているのだ。これは何においても最優先すべき行為。


 迷うことなく二人も青年と少女を追って走り出した。




『何をどこでどう間違ったのかな?』


 必死に走りながら一応考えてみる。

 本日は身の危険を感じたからさっさと早退しようと思った訳だ。そうしたら何故かちっさいお姫様が来て、適当に返事をしながら急ぎの書類にサインを書いたら……かくれんぼ開始となった。

 って、鬼に追われているからかくれんぼじゃ無いな。鬼ごっこだ。


 ふと後ろを振り返ると、楽しそうにドレス姿で追って来る元気印のチビ姫様と……見覚えの無いドレス姿の少女と正装した少年が一緒に追って来ていた。

 知らない間に鬼が増えてるな。何事だろう?


 とりあえず角を曲がって、隠し扉を開いて入る。

 前にノイエと散策してて見つけた扉だ。ただ中は真っ暗なので照明が無いと奥に進む勇気が湧かない。


 ドタバタドタバタと駆けて行く音を見送って、ちょっと休憩。


「あ~しんど」

「……誰か居るのか?」

「はい?」


 掛けられた声に視線を向けると、ランプを手にした人がやって来る。

 目を細めて見ていると、イケメンお兄ちゃんでした。


「アルグスタか。どうしてここに?」

「いや~。チビ姫がなんか勘違いしたらしくって、かくれんぼチックな鬼ごっこをしてます」

「……迷惑をかけているな。済まん」

「いえいえ。暇な時なら良いんですけどね……何か今日、自分狙われているらしいんで」

「狙われている?」


 横に座ったお兄ちゃんに、馬鹿兄貴から聞かされたことを説明する。

 少し考えた彼が、『ああ』と声を発して納得した。


「パルとミルが来たのか。明日以降の到着だと思っていたのだがな」

「パルとミル?」


 やっぱり知らない名前だ。

 どこかに苦笑いしたような表情でお兄ちゃんが話を進める。


「本名はパルミナーク・フォン・ノンエインとミルミナーク・フォン・ノンエイン。上級貴族のノンエイン家に預けられた双子の姉妹だ」

「姉妹ですか……姉妹?」


 チビ姫と一緒に追って来ていたのは女の子と男の子だった。なら違うのかな?


「ああ姉妹だ。それと……」

「それと?」


 何度か頷き、ため息を吐いてから言葉が続いた。


「国王陛下の娘だ」

「そっか~」


 頷いてから思考が止まった。

 はて? 今何か変な言葉が聞こえた様な?


「娘ですか?」

「娘だ」

「……妹ですか?」

「妹たちになるな」


 認めたのでそう言うことらしい。

 いやどう言うことだよ?


「双子の妹が居るとか聞いて無いんですけど?」

「ん? ハーフレンから聞いていないのか?」


 犯人見つけ。やっぱりアイツか!


 力無く笑ってお兄ちゃんが立ち上がる。


「国王陛下には王位継承権を持つ息子が3人居る。そして持たない子供……妾の子は結構居る」


 澄まし顔で頷いているけど、聞き慣れない言葉をサラッと言ったよね?


「結構ってどんな単位ですか?」

「私も詳しくは把握していないのだ。何せ子が多いのでな」


 それってどんな言い訳ですか? ねえ?


 僕の視線にお兄ちゃんは困った様子で頭を掻いた。


「あとでハーフレンに調べるよう……無理だな。把握しているだけでも伝わるように言っておく」


 と言いながら、お兄ちゃんは滑らかな動きでフェイドアウトして行った。

 うまく逃げられてしまった気がするよ。


 って、逃げたしっ!




(c) 甲斐八雲

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