開き直ったな!

 起きた瞬間全てを悟った。

 はっきりと記憶が残っている。本当にこれは危ないヤツだ。

 具体的に言ってノイエの望みを聞いていたら僕の体がもたない。


 隣を見たらその顔をツヤツヤにさせたノイエがこっちを見ていた。

 うわっ……何か今日のノイエは三倍増しで綺麗だ。 


「……ノイエ」

「はい」

「危ないヤツの使用禁止ね」

「……」


 不満げにアホ毛を揺らしても譲れません。

 本当に危ないヤツなんだよ。こんな風に使われたら僕が干からびてしまう。


 スススと近づいてきたノイエが顔を寄せて来た。

 息が吹きかかる距離だ。本当に目の前だ。


「……ダメ?」

「だから本当にね」

「ダメ?」

「……長い休みの時なら良いよ」

「はい」


 チュッと頬にキスしたノイエのアホ毛が嬉しそうに揺れる。

 ノイエのお願いに僕は完全に屈してしまった。




「アルグスタ様? 私のような淑女を待たせた理由をお伺いしても宜しいでしょうか?」

「ご覧の通りです」

「貴方がカサカサでノイエ様がツヤツヤの訳を伺っても?」

「ご想像通りです」

「……若さを持て余すのもどうかと思いますが?」

「思いもしない燃料を投下されただけです」


『危ないヤツ』でノイエに支配され、朝まで頑張ったとか……本当に恐ろしい。

 体の節々が痛いし何より眠い。その代りにノイエはツヤツヤで嬉しそうだ。

 たぶん僕から色んな物を吸い上げたに違いない。具体的に子種は搾り尽された。


 僕の腕に抱き付く無表情のノイエに呆れつつ、共和国の魔女と同じ馬車に乗って決められたルートを進む。

 ある種テンプレのような外国人要人に見せる観光ルートを上からなぞる日々のスタートだ。

 大半は馬車移動で、主に見せるのはドラゴンの加工場とかそんな場所がメインだ。


「仲がよろしいのですね?」

「まだまだ新婚ですしね」

「あら? それは行き遅れている私に対する嫌味ですか?」

「貴女の場合は誘いを断っている方でしょう? 本当の行き遅れは……男に土下座しながら求婚していると思います」

「何ですか? その人として終わった生き物は?」

「いえ……たとえ話です」


 実物が居るとはとても言えないしね。頑張れミシュ。きっと良いことがあると良いね。


 こちらを見て微笑む魔女さんは、僕では無くてノイエを見ている。

 やっぱりまだ狙っているのか?


「マリスアン様は」

「はい?」

「どうしてノイエを欲しがるのですか?」

「昨夜申した通りです」

「知識欲ですか」

「はい」


 うふっと年上の女性らしい妖艶な笑みを浮かべ、彼女はそっと自分の服に手を掛ける。

 片手で胸を押さえ、おぱいを持ち上げて付け根と言うか下乳部分を見せる。

 そこにはうっすらと傷跡があった。そしてノイエの手で視界を遮られた。


「この傷が示す様に私の体は傷だらけです」

「それはなぜ?」

「……アルグスタ様は魔法の方は?」

「適正はあるそうですがまだ何一つ学んでいません。結婚生活が落ち着いたら良い師を見つけて学ぼうかと」

「あら? でしたらノイエ様を譲っていただければ私が教えますが?」

「……いい加減にしておけ? 人生終わらせるぞ?」

「あら怖い」


 うふふと笑っている魔女の額に汗の滴が浮かぶ。

 ノイエがやる気満々で、拳を握り締めているのが冗談じゃ無いと感じたのだろう。


「どうしてそこまでノイエに固執するのですか?」


 改めて質問する。魔女は軽く笑った。


「そうですね。ぶっちゃけて言うと、私は女性が苦悶する表情を見るのが好きと言う性癖があるのですが」

「っおい!」

「うふふ。それとは別にこの体の傷が主な理由ですかね」


 今度は胸元では無くて長袖を捲り腕を見せて来る。

 インドアなタイプだからだろうか肌が白い。そしてよく見ると腕にも傷跡がある。

 だったら最初からそっちを見せなさい。巨乳属性は馬鹿王子の方で僕はなびかないよ?


「アルグスタ様の術式の知識の方は?」

「それも素人同然です」


 フレアさんからは軽く教えて貰ったぐらいなんだよな。

 そのあと少し見せて貰って、馬鹿王子がゴリラ的な生き物だと確信したぐらいだ。


 どこか呆れた様子を見せつつ魔女が口を開いた。


「ならまず簡単な知識から。

 私たち魔法使いは詠唱と術式の二通りで魔法を使います。

 詠唱は歴代の魔法使いたちの努力の積み重ねで作り上げられた術です。ただ広く使われる都合威力や効果はそれほどでもありません。

 なら強い術を使うなら?

 その答えが術式です。私の様な強力な術を使う者は皆自分の体の中に術式を隠すのです」


 真面目に出来るんだこの人。

 腐っても共和国屈指の魔女だったな。いや大陸屈指だっけ?


「体の中にですか?」

「はい。術式を削り書き込んだプラチナの板を皮膚を斬り肉を避け骨に巻き付ける。それを詠唱で発動させて使用する。

 強い力を振るう魔法使いは自分の身を割いてプラチナの板を埋め込んだ者と言うことです」


 少々辛そうに笑い魔女は視線を外に向けた。


「私の父親は実力の無い魔法使いでした。自分の身を割く勇気もない男で、代わりに自分の娘の身を割いて強い力を与えました。

 まあ埋め込まれた術を使えるほどの実力もあったから、今ではこうして"魔女"と呼ばれる地位を得ましたが」


 何となく分かった。彼女はノイエの治癒力が欲しいんだ。

 どんなに傷つけても傷跡が残らないノイエなら、それこそ何度でも埋め直し実験することが出来る。


「だったら別に体に埋め込まなくても?」

「ええ。そう言う使い捨ての術もありますね。確か貴方の所の弓使いが変わった矢を使うとか。

 あの様な使い捨ての術式は便利です。だって……誰でも使えるのですから」

「そう言うことね」

「ええ」


 誰でも使えると言うことは奪われると言うことだ。

 それを防止するために体内に埋め込むのか……狂っているけど合理的ではある。


「地域によっては術式を自分の肌に刻み込む所もあるそうです」

「入れ墨か」

「はい。ですがその場合は皮膚を剥いで奪われます。ちなみに私のように体内に埋め込んでいると、捕まり奪われる時は最悪です。基本的にバラバラに解体されますから」


 うわっマジか?


「それ程新しい術式や強い術式は貴重なのです」

「なるほどね」


 ん? あれ?


「だったら別に手に持って術を試して使える術だけ埋め込めば良いんじゃ無いの?」


 わざわざ埋めて出してする意味とか無いよね?

 一度試してから……って魔女の視線が遠くを向いた。


「もしもし?」

「……言ったでしょう? 私は同性の苦悶する表情を見ると激しく興奮すると」

「激しくって部分は今初めて聞いたけど?」

「……そんなに可愛い女性が痛がり苦しむ表情とか想像するだけで興奮するでしょう?」

「開き直ったな!」

「ええ。でも事実よ。貴方だって初めてを奪った時なんて痛がる表情を見て興奮したでしょう? しなかったの? どうなの!」

「……黙秘します」


 それは決して言えない。うん言えない。

 表情は変わらないけど仕草とか……だってノイエはどんな時でも可愛いのだから!


 魔女が衝撃を受け、食って掛かって来た。


「したのねっ! ああ……一度で良いからブスッと脇腹刺して良い? 臓器は避けるから? ダメ?」

「発言が犯罪者過ぎるだろっ!」

「自分の欲望を満たせるのなら、私は犯罪者と呼ばれても構わないわっ!」

「本当に忠実だなっ!」


 興奮して飛びかかって来そうな雰囲気の魔女を落ち着かせている間にドラゴン加工場に到着した。


 馬車から降りる時には毅然とした魔女に戻っていた。

 って、共和国にはまともな人間はいないのかっ!




(c) 甲斐八雲

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