我が家の一大事業
こっそりとノイエと二人で会場に戻る。
たどり着くまでに迷子になったり、辿り着いてから迷子になったり、ようやく見つけたら問題が発生したりと不運続きだった。
たぶん共和国と言う呪いが僕を不幸にしているに違いない。
走って来たから乱れた衣服を整え、ノイエの方は……見た限り大丈夫そうだ。
「どこ行ってたんだ?」
「執務室」
間抜けな面した馬鹿王子が軽い足取りでやって来た。
「で、綺麗に着飾った嫁に欲情して一発やって来たのか? 時間的に……二回? 三回とか言ったらおにーちゃんは弟の堪え性の無さを心配しちゃうぞ?」
「人生終わらすぞボケ~。やるなら家でやるわ」
「そりゃそうか」
いきなりの言葉が下品なネタとかどうなのよ?
僕は決して……早くないよね? あれ? こればかりは他人を知らないから胸を張って答えられないぞ?
不安過ぎて膝を抱きしめて部屋の隅に行きたくなったけど、馬鹿王子が笑いながら背中を叩いて来た。
「で、何してたんだ?」
「迷子になってただけ」
「何でまた?」
「執務室に忘れた資料を取りに行こうとして迷った」
言ってちゃんと執務室に寄って回収してきた物を見せる。
「明日からのマリスアンの予定か」
「だーね。この指示通りの場所を巡れば良いんでしょ?」
「だな」
馬鹿王子が壁に寄りかかって眠そうな顔を見せる。完全に飽きていると見た。
「魔女なんて性悪な性格が多いからからかわれたぐらいでノイエをけしかけるな」
「あはは。お酒の席だから相手が許してくれたよ?」
「相手が許しても共和国から金を貰っている貴族共が騒ぐ。それに最近のお前は評判悪いしな」
「はて? 文官さんたちからは『一生付いて行きますっ!』とか言われているけど?」
「武官たちからは『馬から落ちて死ねば良いのに』とか言われているぞ」
それは知らない話だ。言ってる奴を見つけたらノイエと一緒に遊びに行ってやる。
まあ確かに最近とある計画の為にやり過ぎてるけどね。
って、どこぞの馬鹿王子は本日一人な訳だ。
婚約者を見れるとか思っていたのに……何故に居ない?
「で、そっちのお嫁さんは?」
「来てない」
「……何でよ?」
「踊れないそうだ」
……それで来ないで良いのなら、徹夜で踊りとエッチの相手をした僕のこのやり場のない怒りは何処へ?
「まあそんな訳で来てないんだよ」
それは良いけどさ……レニーラ師匠から参加する王族の人は一応踊らないとダメとか聞いたよ?
まあ10年前の知識だから今現在も当てはまるのかは知らないけどさ。
「踊らなくても良いの?」
「あん? 一応踊らないと親父と兄貴が愚痴を言うか。面倒臭いな」
まだ義務は残っているようです師匠。
「なら誰と踊るの? 実は踊れないの?」
「あん? ……相手なんざフレアで十分だ」
「相手が居ても踊れるの?」
こっちの言葉にカチンと来たのか、馬鹿王子は何やら貴族のオッサンたちと会話していたフレアさんの元へ向かい強引に彼女の手を取り舞台の中央へ行く。
激しい抵抗に遭いながらもゆっくりと踊り出した。
くそう……本当に踊っていやがる。
体育会系なだけあって軸がまったくブレない。見ててすっごく安定感を感じる。
ただ強引に誘い過ぎたせいか、フレアさんがわざと足を踏んでるのを見ると清々する。
踊る足を止めてどこぞの馬鹿が顎で『こっち来い』とか促して来た。
この~。喧嘩を売った都合逃げられなくなったぞ。
「ノイエ」
「はい」
「……」
静かだと思ったら止まることなくお肉を食べていた。
うん。とても上品に食べているから許せる。
意外とマナーとか身に付いてるんだよね。
何となく中の誰かがノイエに躾けた様な気はするけどさ。
「僕ってば踊りが全くだから……ノイエに全部任せても良い?」
「……大丈夫」
グッと両手を握って自信を見せる彼女を信じよう。
そっと彼女を誘い会場の中央へと向かう。
組んで軽く踊り出すと……レニーラと同じだ。こっちは全身の力を抜いていれば良い。
ノイエが体重移動や足捌きで僕を動かしてくれる。
本当にノイエは踊るのが上手だ。これなら僕の下手さ加減を十分にカバーしてくれる。
「ノイエ」
「はい」
「今度から僕に踊りを教えてね」
「……はい」
嬉しそうな雰囲気を出して彼女は頷いてくれた。
舞踏会は終始ノイエと踊って無事に逃げ続けた。
何人かの女性がこっちを見つめてタイミングをうかがっていたのを考えると、お嫁さんと愛を育む行為を選択した僕に間違いはないはずだ。厄介事は大嫌いです。
まあ問題は明日からあの魔女の接待をしないといけないんだけどね。
「ノイエ」
「はい」
「明日からしばらく一緒に居て」
「?」
「晴れててもドラゴン退治に行かないで」
「……はい」
余りにも憂鬱な未来に、帰りの馬車で甘えて来る彼女にそんな無茶なお願いをしてしまった。
ちょっとした葛藤を見た気がするが、ノイエは頷いてくれる。
帰宅してそのままお風呂場に直行し、化粧やら何やらを流してから夫婦の寝室へ向かう。
本日のノイエはいつも通りのスケスケキャミソールだ。もう何も言わん。
ベッドの上に座りこっちを見て来る彼女はどこか待てと言われている犬のようだ。
はて? 何かノイエに聞くことが……思い出した。
「ノイエ」
「はい」
「あれ。あの魔女が使った危ないヤツって、ノイエ知ってるの?」
「……知ってる」
軽く目が泳いだ。嘘はついて居ないはずだ。
「……使える?」
「……」
長い沈黙ののちに僕から顔を背けて彼女は頷いた。
「やっぱりか」
「使わない。アルグ様に使ったりしない。だからっ」
「違うよ」
慌てた様子で彼女が涙を浮かべる。
てっきり怒られると思ったノイエの先手はただの早とちりだ。むしろ逆だな。
「あれって目を見なければ大丈夫?」
「はい」
「もし目を見続けると?」
「……」
ノイエの目が泳いだ。たぶん説明出来ないんだろうな。
分かってるさ。でもノイエだから平気だよね?
「ノイエが使うと危ない?」
「?」
「ノイエが僕にそれを使うと、僕が死んだりする?」
「そんなこと無い」
全力でフルフルと頭を振る。
分かっていたことだ。もしそんな危険な術だったら、今頃あの魔女は生きてない。
「だろうね。なら使ってみて」
「……」
気持ちノイエが軽く引いた。上半身が後方に流れた。
そんな変なことを言ったかな?
「ノイエなら僕を傷つけないし、変なことはしないでしょ?」
「……はい」
「なら軽く。うん。軽く使ってみて」
「……」
「もしかしても軽くでも危ない?」
そうだったらあの魔女に苦情の一つも言って良いよね?
「危なくない。でも……」
「でも?」
「何をしたらいいか分からない。アルグ様に、何を命じれば良い?」
「ん~」
命じるってことはやっぱ支配する感じかな?
なら一晩中抱き締めるとか……そんな感じでどうでしょう?
「分かった」
軽く説明するとノイエがコクッと頷いて僕をジッと見る。
いつもながらにノイエは可愛くて綺麗だ。まつ毛とか長いし、祝福のお蔭でお肌とかスベスベだし……こんな素晴らしいお嫁さんにまだ子供が出来ないのはおかしい。あれだ。僕の頑張りが足らないのか? ならば全力でノイエと子作りをしないといけない。これは我が家の一大事業だ。
あはははは……この僕の全力を、年相応の男なんだと言う事実を見せてあげようっ!
(c) 甲斐八雲
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