盛ったな?

 マリスアンは朝から視線だけで此度の獲物を探し続けていた。


 報告によればノイエ・フォン・ドラグナイトは夫であるアルグスタの命令には絶対服従らしい。つまり『将を射んとする者はまず馬を射よ』と言うことだ。

 なのだが……式典会場に姿を現した彼は、眠そうな目を擦り続け余りの態度に隣に立つ兄から叱責を受けるほどだった。


『出世などに目も向けず、毎日部下たちとゆったりまったりと仕事をしている』


 その報告に嘘偽りはなかった様子だ。本当にやる気の欠片も感じられない。

 あれでハルツェンと言い争ったのだから、よほど大臣が嫌われていただけなのかもしれない。


 挨拶をと思ったら人込みに紛れて姿を消していた。


 マリスアンは軽くため息を吐いて気持ちを入れ替えた。

 相手は滞在期間中に自分の接待をする役目を担っているのだから、いくらでも話す機会はある。



 そして舞台は舞踏会へと移って行った。




 黒を基調としたドレス姿は……まあ自分の色となっているから諦めざるを得ない。

 マリスアンはユニバンスの上級貴族たちに囲まれ談笑をし続けていた。


 エスコート役に指名した『彼』は、その妻を伴いこの場に向かっているはずだ。

 ただ参加している者たちの表情はやはり渋い。

 ドラゴンスレイヤーの実力と人気は、ユニバンス王国一と言っても過言ではない。

 目立つ者は嫌われる……それはどの国に行っても生じる問題だ。


(その辺りを口説き文句に出来ないかしら?)


 くだらない話とは別に頭の中で素早く思考を巡らせる。


「お姉様……わたしとしては挨拶よりも~」

「良いから黙って来なさい」


 良く似た姉妹らしき者たちが軽く会釈を寄こして通り過ぎる。

 社交界の舞台によくある景色だ。

 若い者にはこの場で顔と名を売ると言う意味が分からないのだ。


(どこの世もその枠組みは変わらず……その差は広がるばかりね)


 呆れつつもマリスアンはそれを待った。




「はい。ノイエ」

「……」


 先に馬車を降りて彼女が降りるのを手伝う。

 普段なら逆なんだけど……本日はドラグナイト家の当主夫妻だ。マナー的な物が幅を利かせる。


 嫌われ傾向にあるノイエの登場を面白く思わない人たちが居るのは知っている。だからってうちのお嫁さんは舞踏会場の隅に置く花とする訳にはいかない。

 メイドさんに命じて贅の限りを尽くさせた。主役である共和国の魔女を喰ってやる勢いで。


 恐怖の対象である彼女が馬車から降り姿を現すと、周りの空気が一変した。


 相手が『黒』と分かっているからこちらは対になる色を選んだ。

 ノイエの髪の色と同じ白銀だ。

 銀の靴。白銀のドレスと肘まである手袋。髪は背中に流して宝飾品を纏わせている。


 結婚式の時よりも全力勝負状態のノイエに……世の男性たちの視線は釘付けだ。

 あはは。鼻が高いよ全く!


「行こうかノイエ」

「はい」


 手では無く僕の肘に腕を通して来た彼女は……ヤバい。何て美人なんでしょう?




 会場入り口から伝わって来るざわめきにマリスアンも自然と視線を巡らせる。


『自分以外に来賓でも居たのか?』


 掴んでいる情報では、次子の婚約者が王都に来ているとか。

 本日の参加は未定だったが……もしかして連れて来たのか?

 そうなるとお祝いの品や言葉など急いで準備しなければいけない。


 品の方は良いとして、言葉の方は……マリスアンは内心息を吐いた。

 あれだけ人の胸を見つめておいてこの仕打ちだったとしたら明日からの衣装は考え直すしかない。

 細やかな仕返しくらいしたくなるものだ。


 と、その次子が妹らしき少女を連れた女性に怒られている姿を見つけた。

 場に相応しくない格好を叱っている様子だ。


 ならいったい誰が?


 答えは開かれたドアの向こうから静かにやって来た。


(雪ね)


 マリスアンの第一印象はそれだった。

 真っ白な雪だ。純白と言う言葉がしっくりと来る……でも彼女は人妻だ。

 ユニバンスが誇るドラゴンスレイヤーは、白銀の衣装を纏って姿を現した。




 うむ。完全に場を支配した。そして完全に空気読めてない子だ。

 玉座に座る王様がやれやれと頭を振っているし、近くに居るイケメンお兄ちゃんは……興奮しているキャミリ―を制している。出来たらそのまま押さえておいてね。


 と、筋肉王子がこっちに来た。


「アルグスタ」

「はい?」

「……盛ったな?」


 失礼な言葉を吐いた馬鹿が背後から来たフレアさんの一撃を受けて運ばれて行く。

 クレアが蕩けそうな笑みを浮かべているが、ある意味通常運転だ。


 本日のノイエはちょっとだけ寄せて上げてをしているだけだ。

 おぱーいの大きさで評価する人たちの評も得られるようにの配慮だ。

 良くやってくれたメイドさんたちよ。この恩はお菓子となって帰って来ることだろう。


 静々と歩くノイエを伴って向かう先は、共和国からの使者である魔女の所だ。

 正直言うと行きたくはない。結構本気で嫌だ。何かが告げて来る……厄介事が起こるって。


「初めまして。ドラグナイトご夫妻様」

「初めまして。マリスアン様」


 互いに挨拶を交わし様子を伺う。


 やはり相手は黒を基調とした服装だ。ガッと開いた胸元が、下品に見えないのだから凄い。

 でもノイエだって負けない。今日は普段より大きくしてあるしね。


 こちらの様子を見つめた魔女が……クスッと笑って一歩踏み込んで来た。


「アルグスタ様」

「何か?」

「はい。もし良ければノイエ様を私に譲っていただけませんか?」

「……」


 これって共和国共通のネタなの? 本当に失礼だな!


 クスクスと笑う彼女はもう一歩踏み込んで来る。


「もし譲っていただけるのでしたら……私がユニバンスに参りましょう」

「へっ?」


 今何と?

 また笑った彼女がその怪しげな視線を向けて来た。


「もし譲っていただけるならば、私がこの国へ亡命すると……そう言っています」




(c) 甲斐八雲

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