殺戮姫グローディア

 朝から王都を覆う分厚い雲は、まるで何かを覆い隠すかのように広がっている。

 空を見上げていた彼は目深までローブを被り直し、準備の進む場所へと向かった。

 この日の為に国中から集めた信の置ける部下たちのみでこの場所を見張らせている。

 普段から人の訪れる場所では無いのだが……場所が場所なだけに何重にも警戒をした。


「本格的に降り出す前に始めよう」


 気の抜けた様な宣言で作業が始まる。

 地面へとスコップやツルハシの先端が突き入れられ、土が掘り返されて行く。


 それを腕を組み眺める人物……ハーフレンは何とも言えない気分だった。


「これがもし……ただの勘違いや書類上のミスだったとしたら、俺はどれほど酷いことをしているのだろうな?」

「そうね」


 横に立つ人物も目深までローブで顔を隠している。

 ただ微かに見える鼻筋や唇の形から、相手が誰だか迷うことなく判別できる。否、声だけで十分だ。

 苦笑染みた笑みを浮かべて、ハーフレンは綺麗に形作られた石に目を向ける。


『グローディア』


 その石に唯一刻まれているのはその名前だけだ。

 名前の後に続くべき家名は、罪を犯した時点で剥奪されている。

 だがハーフレンは彼女を知っている。


"グローディア・フォン・ユニバンス"


 現国王ウイルモットの妹……王妹マルクベルが産んだ娘の一人。

 天才的なセンスを持つ稀代の魔法使いの一人だ。


 そしてあの日偶然にも彼女は、王城の宝物庫から魔道具を盗み出し異世界からの魔法を得ようと試みて失敗したという。その儀式のために自分以外の屋敷に居た者たちの命を犠牲にしたとも。

 故に人々はそれを知り恐れ、何より貴族たちは笑いの種にと彼女に『殺戮姫』と言う不名誉極まりない称号を陰ながら与えたのだ。


 彼女に才能があり過ぎたが為に起こった悲劇であるとも言われているが。


「なあフレア?」

「はい?」

「そんなにも異世界の力って言う物は魅力的なのか?」

「……」


 普段聞かせないその声音は、どこか寂しげて辛そうだった。

 ギュッと胸の奥を締め付けられる感覚を得ながら、そっと息を吐いて答える。


「魅力的ではあるわ。もしそれを操れれば間違いなくこの大陸中に名を馳せることは出来る。全ての国々を、自分の祖国すら敵に回すけれども」


 分かり切ったことだ。

 召喚術式を"原則"禁止にしているのはこれ以上この世界に危険を持ち込まない為だ。

 当たり前だが危険を持ち込めば、大陸全ての権力者たちから"敵"と認識される。

 名前を残すことは出来るはずだ。命と引き換えにして。


「私は彼女が何を望み欲したのかは知らない。でも少なくても強い力を望むのには、多かれ少なかれ理由があるはずよ」

「結果として家族全てを殺すことになってもか?」

「ええ。でもそれはあくまで結果よ。彼女が望みそうしたという証拠は見つかっていないわ」


 この日の為にフレアは、グローディアに関する調査書の全てに目を通した。


 確かに天才だったのだろう。彼女から貰った魔法書の但し書きなどはどれも当を得ていた。

 何より王位継承権を持つ姫の一人として、どこに出しても恥ずかしくない知識と教養は持ち合わせていた人だ。

 綺麗で優しくて王妃の前ではいつも笑っていた。


「心の中が覗けたら……この世から迷いは無くなるのかしらね?」

「無理だろう。決まっている」

「そうね」


 二人は黙り進む作業を見つめた。


 カツーンとツルハシの先端が石室を打ち、ようやく処刑され埋葬された彼女だと言われている人物を見つけ出した。




「これは……」


 開かれた石室の中を覗き込んだ数人の部下が眉をしかめる。

 確認するように手を動かし、指で中に収められている骨の長さを端的に測定する。

 あくまでそれは確認でしかない。


「我が主」

「結論だけ聞こう」


 年配の部下はその声に迷いを捨てた。


「骨盤の形状や大腿骨の長さからして、この骨は成人の男性で間違いありません」

「間違いないな?」

「はい。そもそも骨盤がどう見ても男性の物です。これでは腹の中で子を育むことも産むことも出来ません」


 経験からの自信で迷いの無い発言だった。

 ハーフレンは一度頷くと、"彼女"では無かった者に対して軽く祈りを捧げる。


「丁寧に元に戻し埋葬しろ」

「宜しいのですか?」

「……ここに埋まっていたのは『グローディア』であった。それだけだ」


 最近あまり見せなかった"執行者"と呼ばれていた頃の表情を見せる彼に、フレアはそれ以上の言葉を止める。

 元から抗うことを知らない彼の部下たちは、黙々と石室を正し土を戻して行く。


「作業が終わり次第、痕跡を消して各自任務へ戻れ」


 返事など求めず立ち去ろうとする彼の後に続く。

 用意されている馬は一頭だけだ。行きもそうだったが、帰りも同じらしい。


 簡単に跨る彼の腕に引かれ、抱かれる様に馬の背に乗る。

 横向きで不安定だが、そっと腰に回される太い腕に安心感を思い出す。

 正室候補だった頃は良くこうやって馬で城を抜け出しあちらこちらに出向いていた。結果ドラゴンに追い回されて死にそうになったことなど何度もある。


「いてて……何故抓る?」

「嫌なことを思い出して腹が立ったのよ」

「過去の話だろ?」

「ええ。だから今、抓ったのよ」

「……そうか」


 気の抜けた様な笑い声にフレアもローブに顔を隠して笑う。


 あの頃の自分は、死にそうになっても相手に対して文句など言う訳が無かった。言えなかった。

 もし言えていたら……ふとそんなことを思いため息で胸の中のモヤモヤを吐き出す。


 全ては終わったことだ。




(c) 甲斐八雲

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