熟れたトマト

「お帰りなさいませ。旦那様。奥様」

「ただいま」

「……」


 船酔いと言うか、たぶんトラウマでグッタリとしているノイエを支えながら馬車を降りる。

 出迎えてくれる見慣れたメイドさんたちを見ると『家に帰って来た~』と言う気分が強まり安心する。


「ドラゴン退治はいかがでしたか?」

「ノイエはこの国一のドラゴンスレイヤーです」

「そうですか」


 持って行った着替えなどが詰まった鞄も降ろされ、王家所有の馬車は護衛の騎士と共に城へと戻って行く。


「王国南部はどうでしたか?」

「まだ雨が降って無い分こっちより良いかも」

「そうですか」


 川を遡る荒業を体験して戻って来れば王都は結構な雨が降っていた。

 ちなみに上流へと船をどう戻すのか楽しみにしていたら……まさかの左右からロープを使って馬で引くと言う光景を目の当たりにした。

 ただ時間はかかるので、ノイエのグッタリ具合は半端無い。


「明日の朝、左腕を診て貰いに行くので準備しておいて貰える?」

「でしたら旦那様方の給金も届けられましたので、ご確認をお願いしたいのですが」

「あれ? もう?」


 給料日を忘れるとか僕も結構な感性になって来てるな。

 ただ当主としてはちゃんとやらないといけない仕事だ。


「ノイエ。もう少し頑張れる?」

「……大丈夫」


 反応が少し遅いけどノイエもちゃんと来てくれる感じだ。

 僕らはメイドさんと共に屋敷の金庫へ向かい中に入った。


「こっちの封は……うん大丈夫だね。今回のはこっち?」

「はい」


 金の延べ棒で支払われるノイエの給金はある意味数えやすい。

 ただ確り金貨とかもあるから……ああ。面倒臭い。


「ノイエ。やれる?」

「大丈夫」

「ならお願い」


 金貨の詰まった袋を彼女が持ち上げる。

 袋の口を限界まで広げて……その中身を天井に向かい放り投げた。


 ノイエの右手が高速移動して全ての金貨を一枚ずつ掴んで袋へ戻す。


「……全部で844枚」

「ありがとう」


 ウリウリと彼女の頭を撫でてやりながら、メイドさんが持って来た書面に目を通す。

 支給額は夫婦で……合ってるね。ちゃんと貸したお金も利息込みで支払われている。


 スラスラとその書面にサインして確認終了。


「旦那様」

「はい?」


 金庫室を出て行こうとする僕らにメイドさんが『ちょっと待ってよ』的なトーンで声を掛けて来た。


「明日の支払いの方は?」

「あっ忘れてた」


 準備するのも面倒臭いから……


「その袋で良いや」

「……宜しいのですか?」


 ノイエが数えてくれた袋を見つめメイドさんが軽く呆れている。

 胡散臭くて発言があれだけど……あのお医者さんの腕は本物だからね。それにたまにはね。


「ノイエもそれで良い?」

「はい」


 ちょっと眠たそうな彼女の発言は何も考えてない節があるけど基本ノイエは否定しない。


「ならそれでお願い」

「畏まりました」

「お風呂と夕飯が出来るまで庭に居るから」

「はい」


 これでのんびり出来る。


 二人で庭へと向かい、椅子に座ってノイエを膝枕する。

 今回も頑張ってくれた彼女の頭を撫でつついっぱい可愛がる。


 至福の時だわ~。




「約束」


 グイッと迫って来る彼女から逃れる術がない。

 仮眠を取って回復したノイエと夕飯からのお風呂を済まして、さあ寝ようとなった時にそれはやって来た。


「ノイエ……落ち着こうね?」

「約束」


 ベッドの上でいつもながらに彼女に馬乗りされている僕が居る。

 今のお子ちゃまなノイエなら全力で抵抗すれば退かせる気もするけど……やっぱり出来ない。


 ウルっとした彼女の目が僕を見る。


「アルグ様言った。怪我が治るまで我慢って。だから我慢」

「……」


 そっと自分のお腹に手を当てて彼女の赤黒ではなく碧い目に迷いはない。


「欲しい。赤ちゃん」

「……」


 分かっている。分かっているんだよ。ノイエが本当に望んでいるって。

 ただ今の君はとってもお子ちゃまな訳でして……それであれするのは色々とアウトと言うか、アウトでしょ?


「ノイエ。あのね?」

「約束」


 うわ~ん。完全に頑固モードだ。たぶんこっちの話は何も聞いてくれないパターンだ。

 もう額がくっ付かんばかりに接近して来た彼女に……諦めてチュッとキスをする。


 あはは。もう知らん。




 目を覚ましたら可愛い寝顔が目の前に居た。

 まだお子様のままだ。元に戻っていない。


 ルッテは何の異常も無く元に戻って、帰宅して行ったのに……ノイエはこのままだ。

 5年待てば美人なお嫁さんになるのは分かっているから焦らないけどね。でもアホ毛が無いのはやっぱり寂しい。


 そっと顔を動かして彼女のアホ毛があった部分にキスをする。


「……あふっ」


 えっ? 感じたの?


 もう一度するとノイエが吐息を溢す。


 つまり見えてないだけで存在はしているのか?


 何となくカラクリが分かった様な気がする。

 つまりお子様に見えるのは幻覚か何かで、実際はノイエのままなのかもしれない。


 だったら僕の行為はセーフだ。良しそう思おう!


 気が楽になったらノイエに悪戯したくなって来た。

 手を伸ばして全力で相手を抱きしめる。


「……アルグ様?」

「おはようノイエ。昨日はどうだった?」

「昨日?」


 少し考えこんだ彼女の顔が、全裸の裸が真っ赤に染まる。

 でも逃さないよ?


「あうっ! はうはうっ!」

「どうだった?」

「ああうっ!」


 恥ずかしさから逃げ出したい彼女も僕の拘束を無理やり解くことは出来ない。

 本当に優しくて可愛いお嫁さんだな。


「ノイエ……大好き」


 顔を近づけて大人のキスをした。

 唇を離すと……熟れたトマトよりも真っ赤なノイエの顔があった。




(c) 甲斐八雲

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