懐かしいモノを見た

「……釣るか」

「はい?」

「良し。あれを釣ろう」


 大型ドラゴンに対して警戒しているノイエを別にすると、僕の話し相手はルッテのみ。

 何故そんな不審そうな目で見つめて来るのか問いただしたいが。


「アルグスタ様?」

「ん?」

「……正気ですか?」

「比較的」

「だったらどうすればあれが釣れると思うんですか?」


 指を差すな指を。こっちに気づいたらどうする?

 でも気を取り直したノイエが魔法攻撃をしているが……あまり効果がなさそうだ。

 小型のドラゴンなら一撃で屠るのに……大きいだけあって外皮とか分厚いのかもしれない。


「大丈夫。古来よりドラゴンは、お酒と女の子があれば大概捕まえられるはずだから」

「はぁ」

「ルッテを餌にすれば寄って来るはず?」

「って、近寄られたその一歩で潰れて死んじゃいますよっ!」

「大丈夫。骨は残ってたら拾うよ?」

「……」


 両目に涙をたっぷりと貯めて、ブルブル震えている彼女を見ていると弱い者いじめをしている気になる。

 でも日本昔話的なあれだと、竜ってお酒とか女の子とかでどうにかなりそうなんだけどな。


 仕方ない。別プランを考えよう。


「って本来僕を警護するはずの近衛の人たちは?」

「あっはい。えっと……あっちに居ます」

「……何故?」

「コンスーロさんが何か言ってますが……完全に腰が引けてますね。まあどこの隊も新兵はあんな感じです。特に隊長が居ると丸投げしちゃうんですよね~」


 諦めきったベテラン口調で祝福を解いたルッテが目を開いた。

 ノイエ小隊に加わってから強制的に毎日前線に居る彼女は、下手な熟練兵よりも実戦経験は豊富だ。


「そうなると僕らでやっぱりどうにかするしかないのか」

「ですね」

「ルッテを餌にして」

「扱いがミシュ先輩過ぎやしませんか~っ!」

「同族でしょ?」

「嫌です! わたしは贅沢なんて言わないから、普通に結婚して普通に過ごしたいです」

「普通って実は凄い贅沢なのよ?」


 王子様の僕がどれ程その普通を望んでいるか知らないでしょう?


 グゥオオオォォォォ~!


 と、大型ドラゴンの咆哮に僕らは同時に顔を向ける。


 魔法を投げ続けて来るノイエの行為がカチンと来たのか、大型ドラゴンがその口から大量の水を吐き出した。

 鉄砲魚的な攻撃に、ノイエは大ジャンプで回避する。


「あの水ってお腹の中に貯めてるのかな?」

「そんなことを疑問に思うアルグスタ様の肝の太さにビックリです」


 ノイエがこっちに水が来ないように気を配っていてくれたのか、ドラゴンの吐いた水は……こっちには来てない。

 不思議と男たちの悲鳴が聞こえたが、戦場で敵の攻撃に備えていない兵士が悪いってことで。


 ルッテのツッコミを受けつつも、必死に頭の中で色々と考えるんだけど素晴らしいプランが全く浮かんでこない。

 何より巨大怪獣なら通例に漏れず上陸して来いよ。何でまだ腰まで海水の中に居るのかね?



『口から噴き出す海水を尻尾から吸い込んでいるのよ。だから海水から出れない。あの手の大型ドラゴンは一見強そうに見えるけれど、ただ外皮が硬いだけ。攻撃方法なんてあの海水の噴出と踏み潰すくらいしか出来ないわ』


 全く……勝手に沸いて来るな。ボウフラか?


 ギョッとした視線でルッテがこっちを見る。

 その顔色は血の気を失い真っ白だ。


 また混線してるぞ?


『別に構わない。"あの子"にだけ伝わらなければ周りに聞かれても困るのは貴方だけ』


 嫌うのは良いんだけど後処理まで丸投げするな。


「ルッテ。このことを誰かに告げたら……分かってるね?」

「……何も聞こえませ~ん」


 耳を塞いで彼女は蹲った。

 塞いでもこの声は頭の中に直接響くんだけどね。


『良い方法を教えてあげる』


 お断り。


『貴方が祝福を使えば良いのよ。ほら解決』


 あ~。何も聞こえませ~ん。

 本当に腹立たしい。僕はこの力を使いたくないんだ。


『どうして? そうすればあの子はドラゴン退治をしなくて済む。人同士の争いに使われそうなら貴方の持っている権力でねじ伏せれば良い。簡単なことよ』


 確かに簡単だ。でも……ずっとノイエと係わって気づいたことがある。


『なに?』


 彼女はあの力を失いたいと思っていない。


『……』


 むしろ大切にしている。使えることを喜んでいる節すらある。


『気のせいよ。そんなことはっ』


 ふざけるな!


『……』


 あれはきっとノイエの大切な物だ。

 たとえそれが"術式"の形をしていてもノイエが大切にしている物だ。

 それを悪く言う者は誰であっても僕が許さない。


 気絶寸前の様子でルッテが砂浜にひっくり返る。

 僕が怒鳴りつけている相手を知る彼女だからこその反応だろう。


『……馬鹿ね。本当に馬鹿な子よ』


 ノイエの悪口だったら許さないよ?


『……なら貴方に言ったことしておいて』


 それはそれで普通にむかつく。


『砂浜に転がっている小型ドラゴンに貴方の祝福を使いなさい』


 ……。


『それを彼女に全力で投げて貰うのよ。大型のドラゴンは気難しい一面を持っている。小型の死骸を投げつけられるだなんて屈辱的なことをされれば海水から上がって来るわ』


 それだったら普通にドラゴンを投げれば?


『届く前に千切れてしまう。あくまでぶつかるまでの補強みたいな物よ。軽くで良いはず』


 で……どんな気まぐれだ?


『……懐かしいモノを見た。ただそれだけよ』


 一方的にその声は消えた。




(c) 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る