ちょっと全力で

「はぁ……可愛い」

「クレア君。仕事なさい」

「大丈夫です。後でまとめてやりますから」

「だからって人の嫁のお菓子風景を凝視しない」

「凝視なんてしてません。ちょっと全力で見つめているだけです」


 それを普通の人は『凝視』と呼ぶはずだぞ?


 僕と一緒の椅子に腰かけているノイエは、パンにジャムを塗った物を食べている。


 こんな姿になっても祝福や術式は生きているので、扉の開け閉めで使った分の力を補充しているのだ。

 そもそも祝福の治癒がないと使えない術式って構成が本当に間違っている。


「もうノイエ。口の周りを汚して」


 指でジャムを掬ってあげると、彼女はその指を見てバクッと咥えて来た。


「はぅぅぅぅ」


 クレアがその可愛らしさに心を打たれて床に伏した。

 イネル君がその様子を見て呆れ果てた感じで、同僚に生温かな視線を向けている。


 ペロペロと指を舐めてくれた彼女は、またパンへと意識と口を向ける。

 ヤバい。確かに可愛い。やはり今日は僕の本気を見せろと言うことだな。


 机の上に書類を並べると全力で目とペンを走らせる。

 今日の分の仕事を終えさえすれば自由だ。家に帰ってノイエを愛でる!




「お帰りなさいませ。旦那様」

「はい、ただいま」

「お早いお戻りで」

「うん。ちょっと色々とあってね」

「……」


 先に降りたノイエを見つけたメイドさんの様子が一変した。

 ここのメイドたちもロリコンだったのか?


「奥様にございますか?」

「あっうん。ちょっと色々あって10日ほどこんな状態に」

「……服は前に着ていた物を手直しすれば大丈夫でしょう。急ぎ準備いたしますので」

「うん。宜しく」


 一礼してメイドさんの1人が屋敷の中へと急いでいく。

 良かった。お城のメイドさんと違ってうちのメイドさんは真面目だった。


「先にお食事……には少々お早いですか?」

「そうだね。先にお風呂かな」

「では急ぎ支度を整えます」


 と、その前に仕事仕事。




「投げる?」

「うん」

「はい」


 放出した魔力の塊を屋敷から離れた石に向けて放つ。

 ノイエが普段使う魔法らしき物……魔力の塊を投げる攻撃を喰らった石が爆発四散した。


「うん使えるね」

「……」


 あとの確認は……これってどうなのかな?


「ノイエ」

「はい」

「召喚術は出来る」

「はい」

「お願い」


 トコトコと歩き出した彼女は庭に立つ。

 庭と言うか自然そのままの状態。壁とか無いから庭と外の境界が存在してないんだよね。


 で、両手を掲げた彼女の頭上に魔法陣が現れる。

 しばらくするとそこから一羽の鳥が出て来た。


 デカい。ビックリするほど巨大な鷲だ。

 落ち着いて考えればノイエの召喚術って初めて見た。


「出た」

「出たね」


 地面に降り立った大鷲は、ノイエに嘴を撫でられるままだ。幼くなっても主は分かる様子だ。

 分かってるよね? 食べようとしないでね?


「確認出来たから戻して良いよ」

「はい」


 また魔方陣を出した彼女は、戻るのを嫌がる鷲を……力尽くで戻した。

 まさか持ち上げて魔法陣に投げ込むとは思わなかったよ。


「アルグ様。後は?」

「ん~……うん。終わり」

「はい」


 パンパンと手を叩いてノイエが僕の元に来る。

 庭遊びを終えた娘を見ている様な気持ちになる。


「お疲れ様」

「はい」


 うりうりと頭を撫でてやると彼女は嬉しそうにする。


「旦那様」

「はい?」

「お風呂の支度が出来ました」

「うん分かった」


 メイドさんの報告を受けて、提出するノイエの書類を手渡す。


「明日持って行くから朝渡して」

「はい」


 一礼して屋敷に戻るメイドさんを見送り、ノイエと手を繋いで屋敷へ入る。


「まずノイエが先にお風呂して良いよ」

「……?」


 何言ってるのこの人はって顔で見られた。

 今の君は11歳の女の子だからね? 自覚してる?


「一緒」

「はい?」

「いつも一緒」

「だけどノイエ?」

「一緒」

「……はい」


 瞳をうるっとされたら逆らえません。勝てるかっ!



 久しぶりに物凄く疲れたお風呂でした。




「……」

「ダメ?」

「凄く似合ってるよ」

「はい」


 普段ならフリフリとアホ毛を振り回しそうなのに彼女の頭にはそれが無い。

 お蔭で彼女の感情と言うか機嫌が分からない。

 でも今のノイエは上機嫌に見える。ずっと見つめて来たから少しぐらい分かるようになって来た。


 それにしても……やはりあの城のメイドだっただけはある。子供好きか!


「アルグ様」

「うっうん」

「?」


 大丈夫。自分の子供と一緒に寝る感じだって。

 ただ自分の娘がスケスケのキャミソールとか絶対に着用する訳無いけどね。


 メイドさんが手直ししてくれた寝間着を身に纏ったノイエが先にベッドに上がる。


 コロンと横になった姿は本当に可愛い。今日はこればっかりだな。

 青い果実がそんな魅力的な格好をしていると変に意識して興奮する訳です。


「アルグ様?」

「平気」

「……手伝う」


 膝立ちで近づいて来た彼女が僕の腰に手を回すとそのまま軽々と持ち上げる。

 無駄な抵抗も出来ず、ベッドに寝かされると彼女は甘えるように僕に体を寄せて来た。


「暖かい」

「ノイエもだよ」

「本当?」

「うん」

「……」


 少しだけ表情を柔らかく崩して、彼女はそっと僕にキスして来た。


 大丈夫。自分ロリコンじゃありませんから!


 悶々とした感情を抱えて……どうにか眠りについた。




(c) 甲斐八雲

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