子供たちの英雄

 本業が暇になったとは言ってもフレアには仕事がある。

 出来ることならこちらを本業にしたいと思う気持ちすら最近は強くなって来た。

 分かっている。絶対に無理だと。

 それでもそう願ってしまうのはここで過ごす時が穏やかで心地良いからだ。


 扉を開けて中に入る。


「先生。おはようございます」

「「おはようございます」」

「はい。おはようございます」


 日直なる制度を始めたら増々子供たちのやる気が増した。


 順番で回って来る責任者と言うのは、子供たちの情操教育に良いらしい。

 嫌がる子も確かに居るが、周りの仲間たちが必ず手助けする。


 本当に素晴らしい。

 嬉しさに体を震わせて……フレアは教卓に立つ。


 最前列はいつも通りの上司だ。

 もう小言や不満は言わないと決めている。彼の助言で子供たちの成長は目を瞠るほどの物がある。

 だが……流石に今日はその頬が引き攣るのを感じた。


 彼の隣には、これまた上司で少女となってしまっているノイエが居る。見た目だけなら彼よりも問題無いから我慢出来る。

 そのノイエに抱き付く様にして頬ずりしている少女の存在は黙っていられない。


「アルグスタ様」

「はい?」

「ちょっと……宜しいですか?」


 表に出ろと言う気持ちを全力で視線に込め、フレアは自ら進んで外に出た。

 怯えた様子で飛び出して来た彼の襟首を捕まえて締め上げる。


「どうして次期王妃様が、隊長に抱き付いて頬ずりしているのか……お伺いしても良いですか?」

「これって伺う態度? うげげ……締まる締まる」

「お話願いますか?」


 笑えないほど恐ろしい気配を発する相手に、アルグスタはガクガク震えて頷き返す。

 とは言え簡単な説明しか出来ない。


「お兄ちゃんから頼まれたんだよね。あの子って何でも屋敷の中で育てられてて、同世代の子供と余り接点が無いから『人付き合いを学ぶために参加させて欲しい』って。

 で、僕が一応保護者として一緒に出れる時は参加させる方向でって。

 ノイエに抱き付いているのは、子供たちには大人気なのであれが普通かと」

「……そんな大切な話を当事者たる私を無視して勝手に決めないで下さい」

「でもここって参加は自由でしょ?」

「参加する人にもよります」


『はぁぁ』と深いため息を吐いてフレアは諦めた。

 何だかんだでこの国の王族は大らかすぎるのだ。


「良いです。分かりました。

 私は教えるだけですので、何か問題が起きたら責任はそっちで取ってくださいね」

「了解です」


 話を終えて部屋に戻ろうとすると……ノイエがドアの隙間から顔を覗かせていた。

 本当に旦那様のことを愛しているのだと知り、フレアはつい笑ってしまう。


「話は終わりました。隊長も静かにしててくださいね」

「はい」


 クルッと背を向けた彼女は、腰に抱き付いた次期王妃をズリズリと引き摺り元の場所に戻る。

 室内の子供たちは露骨に甘える素振りを見せるキャミリーに対して羨ましそうな目をしていた。


 大人たちに恐れられる存在でも……こうして国の中核をなして行くであろう子供たちから見れば、ドラゴン退治の英雄だ。

 今が最低なだけでこれからノイエの待遇は変わって行くことは間違いない。


「子供たちの英雄をお嫁さんにしたアルグスタ様?」

「ふぇ?」

「そのご気分はどうなんですか?」

「……うん。最高かな」

「そうですか」


 そう言い切れる彼はやはり強い人なのだろう。

 どんな苦難があってもそれを受け止めて共に進む意志を持っている。


 それに引き換え……


「さあ皆さん。今日はこの国の政治について勉強しますからね? ちゃんと聞くんですよ」

「「は~い」」


 フレアは気持ちを入れ替えて教卓に立つ。

 ただ自分が愛した人は彼のように強い意志を持てなかっただけなのだと……心の中を悲しくさせて。




「絶対です~。今度絶対にお屋敷に遊びに来て下さいです~」

「はいはい」


 ブンブンと全力で手を振って来る少女に、僕とノイエは小さく手を振り返す。


「大丈夫?」

「少し……」


 グッタリとしたノイエが珍しく泣き言を口にした。


 終始少女に抱き付かれて甘えられ続けていれば確かに疲れる。

 ただノイエに対して臆することなく甘えられると言うことで、今日一日で教室内のキャミリー株は高騰した。


「アルグ様」

「ん?」

「あの子の家……行く?」

「いずれね。そう嫌そうな顔しない」

「……してない」


 視線を逸らして小さく息を吐いているのにそんな嘘を言いますか?


 ここ最近のノイエは本当に甘えん坊が過ぎるくらいに甘えて来る。

 別に嫌って訳じゃないけど……こっちが甘えられない。


「ねえノイエ」

「はい」

「今日は帰ったら……膝枕して」

「……はい」


 嬉しそうに手を握って来た彼女が僕の腕を引く。


 もしかしたらノイエも甘えて欲しいと思っていたのかな?


「ならさっさと仕事を終わらせて今夜はのんびりしようね」

「はい」


 グイグイと僕の腕を引くノイエはまるで子供の様だ。


 もし子供が出来たらこんな感じなのかな?


 これはこれで結構幸せだけど、ノイエとの子供か……甘えん坊二人に引きずり回されるビジョンが思い浮かんだのは、僕の心の中で闇に葬ろう。

 大丈夫。ノイエは優しい子だからその子供もきっと良い子になる。




(c) 甲斐八雲

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