Main Story 03

雨期が来た

 雨期が来た。

 ノイエが窓の外を見つめて……アホ毛がへんにゃりとしている。


 トカゲっぽい性質を持つドラゴンたちは長雨のせいで体温調節が出来なくなり半冬眠状態になる。

 余程近づかなければ襲って来ることも無くなるが、そこはドラゴン……気まぐれで襲って来る。

 ただ今までみたいに活動する期間が減るので、基本ノイエは暇になる。


「ノイエ」

「……はい」

「とりあえずお城に行こう」

「はい」


 支度を整えノイエの手を借りて馬に乗る。

 彼女を僕の前に座らせ、ドラゴンの皮で作った防水用の合羽みたいな物を纏って動き出す。


 護衛の騎士は居ない。ノイエと一緒の時は普通に考えて要らない。


「アルグ様。大丈夫?」

「うん」


 ただ新しく借りた馬があまり言うことを聞いてくれない。前に使っていた馬は、前回の襲撃事件で怖い思いをしたせいか人を見ると暴れるようになってしまった。

 代わりに借りた馬は……ノイエを怖がってあまり言うことを聞いてくれない。


「この雨期の間にミシュの実家に行って馬でも買おうか」

「……はい」

「その時はノイエも一緒だからね」

「はい」


 最近の彼女は僕にベッタリだ。今まで以上に距離が近い。

 今日は合羽をしているから見られないけど、普段の状態だと市民の方々が大興奮でこっちを見て来る。

 僕に甘えるノイエの様子が余りにも可愛すぎるのが主な原因だと思うけどね。


 のんびりと馬を歩かせお城へ着く。

 城門の警備をしている兵士に馬と合羽を預けて城へと入る。


 ノイエは僕の右手を掴んで離さない。


 左腕はまだ木の板と包帯でガッチリと固定されている。

 この世界にギプス固定と言う概念は無いらしい。ついでに言うと三角巾の概念も無かったのだが、やっぱり辛いから僕がメイドさんに頼んで布で作って貰った。


 右手にはノイエの温もり、左手には骨折の現実を味わいながら執務室に入る。


「「おはようございます」」

「おはよー」

「……」


 最近ノイエがこっちに来るようになったせいで、クレアとイネル君がどこか嬉しそうだ。

 古い世代はノイエを怖がる傾向があるが、今どきの若い世代はノイエを尊敬する傾向が強い。


 つまり彼ら彼女らからすると、ノイエ・フォン・ドラグナイトは……一市民から騎士となりドラゴンを退治する英雄でしか無いのだ。

 それに王子と結婚したとか物語としてはこれ以上のラブロマンスは無いしね。


 いつも通りに席に着く。ノイエの為に一人掛けだった物を二人掛けにした。

 つまり同じ椅子に並んで座る。

 僕は良いんだけどね。別にソファーで寛いでて良いんだけど、ノイエが本当に離れてくれないのだ。


「で、とりあえず今日の分は?」

「机の左側の山になります」

「右側は何?」

「近衛からの」


 申し訳なさそうに言って来るイネル君が悪い訳じゃない。

 分社化ならぬ分隊準備は進めているが、現在僕らはまだ近衛の所属だ。


「そろそろあの馬鹿兄貴に文句でも言いに行くかな」

「一緒に」

「だね。行く時は一緒にね」


 グッと手を握ってやる気を見せるノイエが可愛い。


 これクレアよ。何故こっそりと何かに祈りを捧げている?

 ただの話し合いだよ。たぶん。




「おはようございます」

「おはよー」


 フレアさんが入って来ると部屋の空気がピリッとする。

 流石攻め好き。その存在だけで場を正すとはっ!


「今日の休みは?」

「ミシュです。そろそろ長期で休みとなるので帰郷の支度で今日は休みです」

「その次がフレアさんだっけ?」

「はい。最後にルッテです。私とルッテは王都に居ますので何かあればお呼びください」


 家族共々こっちに来ているルッテは分かる。

 でもフレアさんって全く実家の話をしないな。


「クレア」

「はい?」

「クレアの実家ってどんな感じなの?」

「……それをわたしに聞く意味を教えてください」

「だってフレアさんに聞いたら怒られそうだし」

「怒りませんよ」


 と、額に太い青筋を浮かべた彼女が言う。怒ってるやん。


「実家には姉たちが出入りしているので帰り難いのです」

「壮絶に嫌われてるんだっけ?」

「絶縁的に嫌われているだけです」


 同じやん。


「そんなに好きな人と結婚することって許されないの?」

「……私の場合は結構好き勝手やって来ましたからね。家の言うことを聞いて来た姉たちからすれば腹立たしいことこの上ないでしょう」


 どこか諦めた様子で彼女はそう言った。


 まあ親が勝手に敷いたレールの上を必死に歩いて良い学校を出て国家公務員になったのに、下の子が好き勝手やった挙句にメジャーデビューしてトップアイドルにでもなろうものなら……殺意を抱くわな。


「まあ本当にキツイな~と思ったら言ってね。元第三王子の権力を使ってどうにかするからさ」

「……そうやって他者を慮る気持ちが"あれ"にあったら良かったのですが」


 苦笑いを浮かべてフレアさんは仕事を始める。


 あれってたぶん筋肉兄貴のことだよね?


 確か今回の地方巡視でお嫁さんを決めて来たとか聞いたな……って、帰って来てからまだ会ってない。

 そろそろ殴り込みに行って文句を言ってやるか!




(c) 甲斐八雲

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