ぬくぬくだ~
「はふぅ~」
フワフワと立ち昇る湯気を見つめると……どうしてこう幸せな気分になるんだろう?
あ~暖かい。でもちょっと温いから肩まで浸からないと寒くなる。
全身をフルオープンな感じで大の字になって、全身で湯を味わう。
王都から近い場所に温泉があっただなんて知らなかった。
「ぬくぬくだ~」
「アルグスタ様。お湯加減は?」
「ちょっと温いかな」
「でしたら源泉の方から湯を流し込みますので湯口からお離れください」
「は~い」
たら~と流れ出ていたお湯が、ぐはっとばかりに一気に出て来た。
「あ~。もう良いかも」
「はい。何かございましたらお声がけ願います」
「は~い」
ふ~。極楽極楽。
先日の襲撃で怪我を負った僕は、そのまま休養となった。
左腕はボッキリと骨折してるし、肋骨も何本かやってる。打ち身や擦り傷、何より背中の切り傷など結構酷い状態だった。一番危なかったのは折れた肋骨が肺に達していたことだ。
それを聞かされた時は『自分死にますか?』と不安になったけど、戻って来たらしい筋肉王子が医者の手配を済ませてくれてた。『病気じゃ無ければどうにかなる』と言って紹介された医者は、見た目が胡散臭く言動がマッドなタイプの医者だった。
でも実は祝福持ちの名医で、心霊手術の類と呼ばれる技法で折れた骨をくっ付けてくれたし、肺の傷も塞いでくれた。
ただ相手の手がね……ズブズブと自分の体の中に入って来るんですよ。種も仕掛けも無くね。
一度受けたらトラウマ間違いなしの衝撃治療のお蔭で、とりあえず骨折と肺はどうにかなった。
残りは自然治癒力を高めて治すのが一番と言うことで、紹介されたのがこの温泉だ。
王家に連なる者たちだけが使える保養所。言うなれば別荘だ。
「はふぅ~。しあ~わせ」
温泉のあの独特な臭いって大好きなんだよね。
地球に居た頃は、田舎に住んでた事もあって近所に温泉とかあったので良く入ってた。
その度に匂いを嗅いで満喫したものです。
ぼんやりと空を見上げる。
露天の醍醐味だ。夕方から優雅に温泉とかどれほどの貴族様かと思う訳です。
自分貴族ですけどね。それも王族ですからね。
と、控えめな足音がして……彼女が入って来た。ノイエだ。
ドラゴン退治やら何やらで、彼女がここで泊るのは今日からとなる。
三日前から滞在している僕とはプチ別居状態だったのです。
まあ基本王都から離れられない彼女は、朝晩全速力で戻らないといけないんだけど。
この3日間も挨拶に来る程度だった。
彼女は一度かけ湯をしてからお湯の中に入ってきた。
でも……あの日から二人の間に目に見えない壁が居座っている。
僕としては壁なんて作っていない。でもノイエが自然と僕から離れるのだ。
「ノイエ」
「はい」
呼べば返事が来る。
違う……彼女は呼ばれたらすぐに返事が出来るように身構えているんだ。
「こっち来て」
「……はい」
恐る恐る迫って来る彼女を隣に置いて、その肩に頭を預ける。
ビクッと震えたのは、どんな反応何だろう?
「ねえノイエ」
「はい」
「最近……距離が遠いよ」
「……」
だからせっかくの機会だ。
夫婦で腹を割ってちゃんと話をするべきなんだ。
「どうして僕から離れるの?」
「……」
「ノイエ?」
「……怖い、から」
「えっ?」
意外な言葉に本気で驚いた。
確かに彼女は震えていた。
「怖い。私はアルグ様を護れなかった。約束も守れないダメな子。ダメな子は居なくなる。みんな居なくなった……怖い」
カタカタと震える彼女の肩から頭を外して、そっと正面に回ってその手を握る。
今日もドラゴン退治で使ったのであろうその手は、細くて綺麗な指をしている。
そっか。ノイエは怖かったんだ。だから必死に恐怖に抗ったんだ。
「ノイエ」
「……」
「ありがとうね」
「えっ?」
「護ってくれてありがとう」
その言葉に彼女はポロポロと涙を溢して嫌々と頭を振る。
「護れてない。アルグ様怪我をした。私何も出来ずに」
「違うよノイエ。この怪我は僕のせいだから」
「でも!」
ちゃんと動く右手で彼女を抱き寄せて、元気を無くしているアホ毛にキスをする。
「ノイエは約束を破ってないよ」
「……」
「僕を助けに来てくれたんだから」
「でも」
「うん怪我はしちゃったね。でも僕はここに居る。どこにも行かずにノイエの傍に居る。だからこうしてノイエに甘えられる。ノイエが護ってくれたからだよ」
「……」
だから泣かないでノイエ。
僕は本当に幸せなんだから。
「ノイエがあの時来てくれたから僕はこうしてここに居る。ありがとうノイエ。僕のことを護ってくれて」
彷徨うように視線を動かす彼女の目は、普段通りに赤黒い。
「ノイエ。約束して」
「約束?」
「うん。これからも僕を護るって」
「はい」
「それと……辛い時は全部話してね」
「はい」
柔らかく手を伸ばして僕に抱き付いて来た彼女は、その顔を僕の胸に押し当てた。
「アルグ様」
「なに?」
「ごめんなさい」
「うん」
「……ありがとうございます」
「僕の方こそね」
もう一度相手を抱きしめ返して、ピコッと立ち上がったアホ毛を啄むようにキスをする。
『んっ』と吐息を溢して体を揺す振る彼女の胸が、生おぱいが、ガンガンに触れるのです。
「アルグ様」
何かに気づきそれを見つめたノイエが顔を上げる。
「する?」
「医者に止められてるんです。骨が付くまで無理はするなって」
「分かった。ならしばらく我慢」
ぐっと拳を握って我慢宣言したノイエは、そのまま僕に抱き付き甘えて来た。
うん。やっぱりノイエは根っからの甘えん坊だ。
(c) 甲斐八雲
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