彼女は処刑されています

「最初と今で証言が変わっている理由は?」

「あは~。あれです。色々と衝撃的なことがあり過ぎて気が動転してたんですよ~」


 引き攣った笑みを浮かべて全力に何かを誤魔化している様子の少女に、ハーフレンは苛立った様子で指で机の天板をトントンと叩く。その様子に彼女の上官であるフレアがキツイ視線を飛ばして来たので、彼はやれやれと強い追及を諦め肩を竦める。


 現在彼女たちを預かっているのは、近衛副団長の弟だ。

 彼自身が大怪我を負って休養している現在、その代わりを務めているのは隊長のノイエでは無く副隊長のフレアだ。


 そんなフレアは包帯を巻かれた姿の本来の上司からただ一言だけ命じられている。


『ルッテの事情聴取には必ず付き添い、過剰の権力を使って彼女から発言を引き出そうとしたら報告して。急いでノイエを向かわせるから』


 つまりそれは、彼がルッテの発言を自身の権力で封じている証拠だ。

 何を護る為……など考える必要も無い。彼が常に考えるのは自分の"最愛の人"のことばかりだ。

 その為だったら誰にでも喧嘩を売る。国を敵に回しても一歩も引かないだろう。


「ノイエが笑っていたと最初に言ってたみたいだが?」

「あはは。敵の大きな女の人が笑っていたのを隊長と言い間違えただけですよ~。うちの隊長が笑うだなんて普通に考えたらあり得ないじゃ無いですか~」


 全力で目を泳がせ必死に言い訳を募る相手に、ハーフレンは『もう分かった。帰れ』とばかりに手を振って部屋からの退出を許した。


「失礼します~」


 いそいそと逃げ出して行く少女を追うかのようにフレアも席を立つ。


「なあフレア」

「はい」

「お前の報告書……この"切り裂かれた跡"ってあるよな?」

「ええ。そんな跡があったから書きましたが」

「狂人染みた笑い声。切り裂かれた跡……そんな話を街中ですれば、ある一定の年代は震え上がって一人の人物を口にするはずだと思うんだが?」

「血みどろファシーですね」


 自分とてその二つの事柄を聞けば想像するのは彼女だ。でも、


「彼女は処刑されています」

「そうだな」

「罪人墓地への埋葬に立ち会った王族は?」

「叔父だ」

「ならそれが全てでしょう」


 そう。フレアとてそう思うしかない。

 殺したはずの罪人が生きているなど……それは国としてあってはならないことなのだから。


 だがハーフレンはその表情を苦い物へと変えた。


「彼女の処刑を担当した将軍ってさ……例の施設の関係者なんだよ」

「隊長が居たと言う?」


 少なからずフレアも驚いた。

 そんな事実は今まで一度として公になっていない。


「兄貴がこの数日で関係書類をほじくり返して調べて来た。それと」

「まだ何か?」

「ああ。それ以外にも複数の罪人の処刑に関わっている事実も判明した」

「……」

「有名どころで言えば、"魔眼カミュー"や"殺戮姫グローディア"なども含まれている。それ以外にも有名どころがゴロゴロだ。お前に関係するあの人もな」

「……」


 フレアは一度視線を逸らして心を落ち着けた。


「それらが生きていると?」


 言った自分でさえうすら寒さに腕を抱く。

 先の二人の名前は、王妃暗殺未遂事件の実行者に王妹一家皆殺し事件の首謀者だからだ。


「まあカミューの方も問題と言えば問題だが、グローディアの方は本当に不味い。外されてはいるが王位継承権を持つ"姫"だからな。共和国辺りが知ったら死に物狂いで探し出すぞ」


 力無く笑う相手の様子から、彼が配下の密偵を動かし捜索していることが伺える。


「でも確か処刑されたはずでは? 彼女の処刑は、国王陛下と王弟様も出席なされたはず。首実検にも立ち会ったと聞いてます」

「ああ。でも今回の一件で再調査をすることになった」

「……」

「もし何かあれば一大事だ。この件は信用出来る者以外には公表したくない」

「だから私、ですか……」


 やれやれと頭を振ってため息を吐く。

 彼のこんな我が儘を聞いてきたお陰で自分が普通の人生を歩めなくなったのに、だ。


「何か出て来たら言ってください」

「ああ。でもちゃんと"自白"させるんだぞ?」

「あら? 私は一度として証言の強要などしたことは無いですよ? 皆様が進んで自白してくれるのです」


 可愛らしい表情に天使のような笑みを浮かべる。


「自分の行った行為を悔い改めながら……ですけど」


 クスクスと笑う幼馴染の様子にハーフレンはやれやれと頭を掻いた。


「と、ミシュは戻ったか?」

「さあ?」

「……臨時とは言え今はお前が上司だろ?」

「そんなに心配でしたらまた首輪でもしておけばいいんです」


 フレアは小さく舌を出す。


 そもそも彼女との接点は、この問題児な王子と言う一点だけだった。


『実行部隊と後方支援』


 互いに身を置いていた場所が違っていたから"現役時代"に顔を合わすことも無かった。互いの素性を知ったのもここ1・2年のことだ。それだって『そうなんだ』程度に受け流したが。


「ミシュならそのうち戻って来ますよ。彼女の取り柄は図太くてなかなか死なないって所なんですから」

「……そんな風に言うのはお前ぐらいだよ。他国からはその名を聞けば震え上がる存在なのにな」

「一層のこと正体を明かしてしまったらどうでしょう?」

「ん?」


 クスッと笑いフレアは扉へと足を進める。


「ますます婚期が遠ざかって拗ねますよ」




(c) 甲斐八雲

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