巨乳だった
「こう気兼ねなくのんびり出来るのは良いな」
「ハーフレン様?」
「そう渋い顔を向けるな。コンスーロ」
隣で馬を操る副官の視線にやれやれと肩を竦め、ハーフレンは最後の目的地である王国南東部へ来た。
王都を出てまず南に向かい、そこから時計回りで巡った地方巡視もこれにて終わりだ。
途中各所の砦や街、貴族の館などで足止めを食らい随分と時間を食ってしまったが……部下の報告を信じる限り王都の方は平穏無事だ。若干一名を除き。
自分の代わりに主要会議に出席したあの
報告を聞いた時は、笑うことしか出来なかった。
「帰ったら物凄く厄介な仕事が待ち受けていそうで、帰りたくなくなるんだよな~」
「仕方ありませんな。留守を預けた弟君が……まあその……」
「アルグは基本良い奴なんだけどな。真面目と言うか、ノイエのことで少しでもカチンと来ると手が付けられなくなる」
「まあそうですな」
初老の副官も困った様子で白髪の増えた髪を撫でる。
結婚式での帝国大将軍と共和国財務大臣を相手にして正面切っての言い争いは、半ば武勇伝として知れ渡っている。貴族たちの中には『彼を次期国王に』と企む者も当初居たが、その騒ぎ以降誰もがそのことを口にしなくなった。
暴君になり得る存在をこの国の王としたく無いのだ。
「ったく。少しぐらいノイエのことでからかわれたぐらいで、大将軍にまで喧嘩を売るなよな。それも心の傷口にこれでもかと塩を塗りやがって……アイツは本当に馬鹿だ」
「それにしてはどこか嬉しそうですが?」
「そうか? 気のせいだろう?」
カカカと笑い馬を操る彼を見て副官は思い出す。
ハーフレンが近衛の
冷徹で冷酷な執行者。
それが彼がこの数年、被り続けて来た仮面の正体だからだ。
「お久しぶりにございます。ハーフレン王子」
「久しいな」
出迎えたミルンヒッツァ家当主に彼は気兼ねなく近寄り握手を交わす。
この辺りは王家が信頼する上級貴族が多い土地柄だ。
ミルンヒッツァ家が支配する領土の隣は、クロストパージュ家の領土である。
それ程、本来この一大穀倉地帯はユニバンス王国にとって生命線なのだ。
屋敷の中へと通されて応接間へと案内される。
当主と二人きりとなり、ハーフレンは王子としての仮面を外した。
「噂はお聞きしておりますぞ」
「どの話だ?」
「フルストラーで少々揉めたそうですな」
渋面のハーフレンに、ミルンヒッツァ家当主がクククと笑う。
もうここまで話が伝わっているのかと呆れつつ、彼はそのことを思い出した。
「親父があそこの当主と喧嘩した訳が分かったよ」
「でしょうな。あの家は塩田と言う後ろ盾があるので常に強気だ。それ故に他の貴族たちからも煙たがられている」
そう。だから貴族の間で浮き気味のフルストラー家は『王家』との関係を強く望んだ。
結果として毎晩のように過度の接待と露骨な賄賂攻撃に……ハーフレンがキレてぶん殴ってしまったのだ。
「当主はその話をどこで?」
「……ご存じないのですか? 先日王都にてドラグナイト家が結婚式で得た装飾品の販売を行いまして、その時にほぼ全ての関係者の耳に」
(アルグの馬鹿めっ! 後で泣かす)
弟への罰を胸中で考えながら、兄への言い訳も必死に模索する。
まあやってしまった物は仕方がない。
それに何より……相手の娘が全くダメだったのが一番悪い。
噂では美しい娘だと事前に聞いていたが……まあ確かに顔は良かった。
ただその高飛車な性格と何より薄い胸に彼のやる気は地に落ちた。
「親子代々あの家とは縁が無いんだろうな」
「その言葉でシュニット様がお許しになって下されば宜しいが」
本当に痛い所を突いて来る。
それから世間話やドラゴンの事。麦の発育など色々と話……日が沈み始めた頃には互いに酒を飲みながら下世話なことに花を咲かせていた。
ミルンヒッツァ家は決して力のある上級貴族では無いが、国の重要な役職を歴任してきたほど頼りになる。実際ハーフレンも色々と世話になった来た過去もあるだけに、こうして昔話も織り交ぜながらの会話は十分に楽しめる。
「ココノの奴は無事に仕事をしている様子で」
「ああ。兄貴の下で良い仕事をしていると聞く」
「それは本当に良かった」
自分の跡を継いで王都で働く息子の話に彼もその表情を綻ばせる。
家族の話を持ち出した今が頃合いだ。
「そうそうハーフレン様」
だが相手に先手を打たれた。
「何だ?」
「今回の地方巡視は……巡視だけが目的では無いのでしょう?」
分かっていると言った様子で彼は何度も頷く。
「ですがうちの娘は……親の私が言うのもあれですが、貴方の正室に相応しいとは思えない」
『恥ずかしい話ですが』と前置きし、彼は自分の娘への不満を並べる。
「まず一か所に落ち着いていることが出来ない。暇さえあれば馬に乗りどこかへ行ってしまう。注意をしてもどこ吹く風だ。それに礼儀もあまり出来ていない。
……妻を亡くしてから好き勝手にさせてしまった私のせいでもあるのですがね」
力無く頭を振って彼は深く息を吐いた。
普通ならそれを聞いて敬遠するのだろうが、ハーフレンは逆に興味を覚えた。
だから『折角来たのだから挨拶だけでも』と申し出たのだ。
『無礼は大目に見てくださいね?』と何度も念を押され、ハーフレンは彼の娘と対面した。
緑がかった青い髪の女性だった。着慣れていないのかドレスの具合に不満げな表情を見せている。
見える腕はうっすらと日に焼け健康的で、何よりその顔は美しいと言うより可愛らしい感じの物だ。
日々野を駆け回っているのが似合っているそんな感じが全体的に漂う。
「初めまして王子。わたしがリチーナ・フォン・ミルンヒッツァです」
「初めましてリチーナ」
ヅカヅカと近づいて来た巨躯の王子に、まだ齢の若いリチーナは一瞬身を竦ませた。
だがハーフレンは彼女の手を取ると、その場で片膝をついた。
「リチーナ。良ければ俺と結婚してくれ」
「……えっ?」
誰もがその言葉を疑った。
だが言った本人はいたって真面目だった。
リチーナは……巨乳だったのだ。
(c) 甲斐八雲
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