居るかなって

「フレアせんぱ~い」

「?」


 ノイエの休み明け、今後の休みの組み合わせを考えていたフレアはその声に顔を上げた。

 本当に珍しく仕事中のルッテが片目を閉じて丸太小屋から顔を出している。


「どうかしたの?」

「はい。ちょっと」

「また背中に蜘蛛とかだったら止めてね。今日はミシュが休みなんだから」

「違いますよ~」


 前に背中を這いまわる蜘蛛がくすぐったいと訴えられて嫌な思いをした記憶がある。

 その時は近くに居たミシュがそのまま叩いて違った意味で惨事になった。


 仕方なく座っていた、ただ横にしただけの丸太の椅子から立ち上がり小屋へと向かう。


「なに?」

「えっと……中の方が良いですかね」

「ん?」


 聞かれたくない話なのか、ササッと小屋の中に戻る後輩に続いてフレアも入った。

 小屋の中はいつも通り彼女の仕事場と化している。椅子と机と大量のお菓子だ。


 上半身裸のルッテは全身から汗を滴らせながら、閉じていた片目を開く。黒く落ち窪んだその目は、彼女の祝福が発動されていることを物語っている。


「それでどうかしたの?」

「ん~。どこか今日の隊長の動きが悪いんです」

「隊長の?」

「はい……少し動いては休むみたいな?」

「……」


 フレアの記憶上……そんなことはあり得ない。


 休み明けで1日追い払われるだけだったドラゴンは、その数を増やして今日を迎えている。

 釣りなどで言えば入れ食い状態だ。

 何より昨日休んで旦那様と共に過ごした彼女が絶不調だなんて……


「まさかの夫婦喧嘩ですかね?」

「止めて。そんな事態になったらこの国はかなりの確率で滅ぶから」


 どんな形を想像しても国が亡ぶ未来しか思いつかない。


 対処策をと必死に過去の記憶を思い返してみるが、月一が来ても普通にドラゴンを千切っていたはずだ。該当するべき記憶がない。


 フレアは諦めた様子で頭を振ると、机の上に置かれているお菓子を手にした。先にモグモグと食べているルッテは、栄養補給をしていないと倒れてしまうので仕方ない。


 祝福を持つ者なら常識だが、持たざる者には知られていない知識だ。

 故に祝福を持つ者に肥満の者はいない。使用するだけで大量の体力などを持っていかれるからだ。


 魔法使いのフレアから見れば本当に羨ましい話だ。

 魔力は限界まで使ってもお腹が空いたりなどしない。虚脱感に襲われて気絶するくらいだ。


 お菓子の食べ過ぎは良く無いのだが、ルッテは給金の大半をお菓子に注ぐお菓子好きだ。

 城下のお菓子屋さんで彼女が訪れなかった店は無いと言われるほどに。


「お昼の休憩に戻って来たら聞いてみましょう」

「はい」

「それよりもルッテ?」

「はい?」

「……また膨らんでない?」

「言わないで下さい」


 両手で自分の胸を隠して……ルッテは顔を真っ赤にした。




 戻って来たノイエは川辺で足を止めて空を見つめている。

 空腹状態なのは分かるが、もうその場から動きたくないという雰囲気が漂い出ている。

 やはりらしくない。普段ならそこまでになる前に戻って来るのにだ。


「隊長。どうぞ」

「はい」


 受け取った骨付き肉を両手で持ってモグモグと食べ始める。

 しばらくフレアはそうやって彼女に食べ物を与える。


 どこか初めて会った頃のことを思い出す。


 ハーフレンに紹介された全体が白い感じだった少女は、可愛いのに無表情で何も喋らなかった。

 会話など成立することは無く、何より彼女は自分のことすらろくに出来なかった。


 王城の離れでの生活はメイドたちが面倒を見てくれるが、この待機所には彼女たちを置けない。

 相手がドラゴンとは言えこの場所は前線だ。拒否権は無くてノイエの面倒を見る役目は、ハーフレンの結婚相手候補だったフレアと、彼の趣味の馬繋がりで連れて来られた売れ残り……ミシュとなった。


 本当に大変だった。

 ドラゴンを退治するしか出来ない彼女の相手は熾烈を極めた。


 それでも今は多少なりとも生活が出来るようになり、何より無事に結婚までしたのだ。

 娘を嫁がせた気分すら湧いて来るが、彼女は自分と4つしか変わらないのだ。


(私も早く結婚して……)


 思いフレアは何とも言えない表情を浮かべる。


 黙々と食べ続けるノイエと先輩の様子を遠くから見つめていたルッテは思った。

 今日も平和だなって。




「変?」

「そうです。隊長の動きが今日は変です」


 仕事に戻ったフレアに代わり、ルッテがそのことを確認する。

 ただし先日のことがあってから、ルッテは自分の胸を片腕で押さえている。


 まだ骨付き肉をモグモグとしているノイエは、アホ毛を軽く傾ける。


「時折立ち止まってお腹を触ったりして……何かあったんですか?」

「……」


 そう言われると思い当たった。


「赤ちゃん」

「はい?」

「アルグ様としたから」

「……」

「赤ちゃん居るかなって」


 サワサワと自分のお腹を触りノイエは無表情で告げる。

 代わりにルッテの頬が見る見る真っ赤に染まり上がった。


「うわ~っ! わたしの専門外でしたっ! フレア先輩出番ですっ!」

「……頑張りなさい。何事も勉強よ」

「この勉強はまだ早いですっ!」

「赤ちゃん出来た?」

「知りませんっ! わたしはまだそう言った体験すらしてないですからっ!」


 上司の暴走に、年少者たるルッテは顔を真っ赤にして頭を抱えるしかなかった。

 幸いなことに……今日ミシュが休みだったことだけを、彼女は自分の傍に常に居る何かしらの存在に感謝した。




(c) 甲斐八雲

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