平気
夕暮れも近づいているので城下を行き交う人たちの数も多い。
馬や馬車などと歩行者のすみ分けは暗黙の了解で成立している。
乗り物は通りの真ん中を、人は端を歩くようになっている。
最初は歩いて帰ろうかとも思ったんだけど、お城から屋敷までは結構な距離がある。
城門を出てからノイエに運んでもらうくらいなら最初から馬の方が良い。
そんな訳で乗馬して帰路につく。
ただ……これって結構いいかも!
僕の前に横向きなノイエが居る訳です。寄れる度にこっちに抱き付いて来るのです!
幸せだ~。これはもう明日から馬で行き来しよう。
「ノイエ? 平気?」
「はい」
返事をしつつも彼女の目はずっと行き交う人たちを見ている。
大半が彼女に気づき手を合わせて来るのだが、何も知らない人も中に入る。
きっと他国から訪れた商人たちだろう。ドラゴンのお蔭で商売するのも大変だろうけど、彼らが居ないと僕たちの生活もままならない訳です。
「アルグ様?」
「ん?」
「……私は人ですか?」
「大丈夫。ノイエは人だよ」
「はい」
人として扱われることの少ない彼女は、いつもその不安を抱えているのかもしれない。
だからこうして質問して来るのかな?
「ノイエは人だよ。僕の可愛いお嫁さんだ」
「……はい」
チラリとこちらを見た彼女が、身を寄せて来てそっとキスをしてきた。
いつの間にノイエがこんな大胆な子にっ!
って周りの人たちの沸き具合が物凄いんですけど!
逃げ出すようにして馬を操りその場から退避した。
「まっなんですかね。ようやく屋敷が出来ました。これからは我が家のようにのんびり暮らしていきましょう。って我が家じゃんっ! ……はい。かんぱーい」
「「かんぱ~いっ!」」
だから僕はアドリブとか全くダメなのに!
滑り倒したことを隠すように、コソコソと逃げ出しテーブルに向かう。
先に食べ始めていたノイエの隣に着陸さ。
僕らの後で食事会もあれだから、全員ひっくるめて引っ越し祝いパーティーの形にした。
テーブルには料理人たちがお昼から準備してくれた料理が山と積まれ、メイドさんや雑用係の人たちも立場など関係無く全員が集まり各々が好き好きに料理を楽しんでいる。
こう言う空気は嫌いじゃない。
あっちこっちで話の輪が広がり、ワインで口が軽くなった者がメイドさん相手にワンナイトラブを申し込んで股間を蹴られている姿とか見ていると昔の……高校生時代を思い出す。
慌ただしいクラスだったからな~。
「アルグ様?」
「ん」
「みんな……笑ってる」
「そうだね」
食べる手を止めてノイエが食堂の楽し気な雰囲気を見つめている。
「笑っている。これは楽しいこと?」
「そうだね。だから笑っているんだと思うよ」
「はい」
コクッと頷いて彼女はまた食事に戻る。
物覚えに難はあるけれど、ノイエの学ぼうとする姿勢は人並にある。
だから自分なりに"感情"を学ぼうとして努力をしているんだ。
「ノイエ」
「……はい」
「美味しい?」
「はい」
微かに表情を綻ばして彼女は食事を続けた。
さあ困ったぞ?
ついにこの時が来てしまった。
本日はパーティー形式にしてしまった都合、湯浴びが後回しになった。
先に僕が入って次にノイエだ。
『一緒に?』と誘ってくれた彼女には悪いけど、こうして覚悟を決める時間が欲しかったんです。
ちなみにお風呂は前よりだいぶコンパクトになった。お湯を沸かす都合……仕方ないんだけどね。
お湯も雑用係の人たちが薪で沸かしてくれるので、前みたいに好きなタイミングで入れなくなった。
城の離れのお風呂は、常に沸かしたお湯が待機しててそれを循環させて使っていたっぽい。
雑菌とかって大丈夫なのかな? 沸騰させれば平気なのかな?
まあこっちのお風呂に関しては毎回入れ直しになるのでその心配は無いはずだ。
コンコンッ
「旦那様。奥様をお連れしました」
メイドさんの案内で部屋に入って来たノイエの寝間着が変化してるっ!
何そのキャミソールみたいなの? 初めて見たんですけどっ!
「旦那様がお運びになった婚礼の品の中に混ざっていましたので」
皆まで言うなとアイコンタクトを飛ばして来るメイドさんにマジ感謝です。
って僕がそんな趣味の人だと思われたと言うことですか?
構わんよ。変態でもエロ助でも好きに呼ぶと良い!
淡い黄色の色合いがとってもいい感じです。
全くもってこんな服見た記憶がないけど……まっ良いか。
「何かございましたらお呼びください」
「はい。お休み」
パタンとドアを閉じてメイドさんは待機部屋へと向かう。
一応ドアを開いて左右を確認したけど……メイドさんは居ない。完璧である。
部屋に戻ると軽く体を振って着心地を確認しているノイエと目が合った。
「どう?」
「とっても似合ってる。ノイエはどう?」
「……着やすい」
彼女の服の選び方って基本それでしたね。
まあいい。とりあえずそっとノイエの手を繋いで一緒にベッドへ。
慣れ親しんだベッドに変化は無く、枕とかもそのままだから違和感も無い。
一緒に横になって、ふ~っと息を吐いていると……音もなくノイエの体が突然僕の上を跨いだ。
「アルグ様」
「ん?」
完全にマウントポジションを取られている。
格闘技ならこのままタコ殴りに合いそうだ。
「約束」
「分かってるよ」
「良かった」
体を倒して顔を近づけて来た彼女にキスをする。
でも……これだけは言っとかないとね。
「ノイエ」
「はい」
「僕は……その~初めてだから失敗するかも。間違えたらごめん」
する前に言い訳するのは恥ずかしいけど……失敗してから言い繕う方が嫌です。
でもノイエは、『平気』と言ってその赤黒い目で僕をジッと見る。
「私は何も知らない。アルグ様が失敗しても分からない。だから平気」
「うん。ありがとう……ノイエ」
「はい」
そっと彼女を抱きしめて……体勢を入れ替わった。
(c) 甲斐八雲
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