旦那様

「あ~疲れた」


 ベッドに倒れ込んで弛緩する。

 あ~枕に染み込んでいるノイエの匂いが心地良いな。


 お祝いの品は国王様の提案で、貴族や商人を相手にオークション大会の開催が決まった。

 場所はそのままお城の謁見の間。開催日は5日後。で、場所代やら何やらで金の甲冑一式を取られた。

 僕としては高く売れれば良いのでどうでも良い。


 何より『お祝いの品を売ったりしても良いの?』と言うツッコミは問題無かった。

 お祝いの品は、売っても捨てても文句を言わない物をあげるのが基本らしい。だから要らない物が多い場合は売ってしまうのが普通なのだ。


 国王様から各所に出された招待状は各国の珍しい物を欲する好事家にとってはまたと無い機会になる。

 本当にどうでも良いんだけどね。


 残す物は全て屋敷に運び込んで、メイドさんたちにお任せして配置して貰った。

 ついでに国庫……つまりお城の金庫に預けておいたノイエの今までの給金も引き上げて、屋敷の金庫へ全部移した。

 金の延べ棒で支払われる給金ってどうなんでしょうね?


 お蔭で実費で警護の人とかも今後雇って行かないとな。

 まあこの国で最も恐怖の対象とされるドラゴンスレイヤーの自宅に盗みに入る命知らずが何人居るのかは知らないけどね。それに施錠の術式をなされているあの金庫は早々に破れないと思うよ? 僕の意見で床や壁には鉄板で補強されているしね。


 コンコンッ


「旦那様」

「ん?」

「そろそろお時間ですが?」

「あれ? もう?」

「はい」


 部屋の中に入って来たメイドさんの言葉に枕から顔をあげる。


 って屋敷に引っ越して来た瞬間から僕の呼び方が『旦那様』にクラスチェンジした。

 お城だと本来一番偉い王様が『旦那様』ってことになるので、そんな中僕のことをそう呼ぶ訳がない。

 結果として目出度く一番偉い人となった本日から僕が旦那様だ。物凄く恥ずかしいけどね。


 体を起してドアを出て、一瞬どっちに進むのか忘れちゃうけど……メイドさんは迷うことなく『こちらです』と案内してくれるので大助かりだ。


 屋敷を出て準備された馬に乗る。

 まだ日が出ているので警護の騎士が4人待機していた。

 彼らを伴い向かう先は王城だ。


 ノイエは新しい屋敷の位置を覚えていない。これからしばらく二人で一緒に帰宅する必要がある。

 その記念すべき1日目だ。


 正門で馬を降りて警護の兵士に預ける。この馬は王家の馬だ。

 自分の馬をいつかは飼う気で居るけど今はまだ良い。それに馬を買うならミシュの所で買ってやらんとならんしな。普通に乗れるようになったのも彼女のお陰でもあるしね。


 正門で待つこと暫し……普段通り帰って来たノイエが真っ直ぐと離れに向かい歩いて行こうとしている。

 ある意味やっぱりだ。足に迷いがない。


「ノイエ」


 ピタッと止まって迷うことなく僕の方へ来る。

 視界に入って無かったと思うんだけど……良く見つけたな。


「アルグ様。ただいま戻りました」

「はいお帰り」

「アルグ様? どうしてここに?」

「今朝言ったよね?」


 フラフラと迷うアホ毛が何かを思い出したようにビクッと動いた。


「大丈夫。終わったのか見に行こうと」

「ノイエ?」

「……忘れてました」

「めっ」


 額を軽く小突く振りをしてから彼女の手を取り握る。


「どこへ?」

「明日は休みだから、明後日からは帰って来たらこっちに来て」

「はい」


 並んで向かう先は僕の執務室と化した元ノイエ小隊の執務室だ。




「「……」」


 まだ残っていた二人がこちらを見て凍り付いている。


 失礼だぞ?

 一応この部屋はノイエたちの執務室を兼ねているんだからこうやって訪れることもある。


「アルグ様」

「なに?」

「この部屋は?」


 本来の部屋の持ち主がそんなことを言い出す訳です。


「普段ここに居るから仕事が終わったらここに来て」

「はい」

「……覚えた?」

「メイドに聞きます」


 自慢気に言わないの、もう。


「で、そこの二人が僕の部下です」

「はっ初めましてノイエ様っ! わたしはクレア・フォン・クロストパージュです」

「ボクはイネル・フォン・ヒューグラムです」


 直立不動で挨拶を寄こす。

 不思議なことに初めて僕と会った時よりも緊張してない?


「宜しく」

「「はいっ!」」


 心なしか嬉しそうだし。


「ちなみにそっちの気の強そうなのがフレアさんの妹ね」

「……」

「金髪さんの妹」


 分かったと言いたげに彼女のアホ毛がポンッと反応した。


「……お世話になってます」

「いえいえ。あんな姉でもノイエ様の役に立つならもう……ええ本当に」


 どうも姉が『黒い下着の攻め好き』と判明して以来クレアがふと黒い気配を見せるようになった。

 こうして大人の世界の嫌な部分を学んでいくんだね!


「イネル君は特に関係者は居ないからね」

「……済みません。小さな家で」


 申し訳なさそうにしているけど、彼だって一応上級貴族の出だ。ただその家は『王家に対して厚い忠誠を示した』と言うことで特例として彼の一族が存続する限り上級貴族から外れることが無いらしい。

 何をしてそうなったのかは知らないけどね。知ってるのは結構貧乏ってことくらいかな?


「僕がここに居なかったら二人に居る場所を聞いてね」

「……」

「僕がここに居なくてノイエが来たら、僕の居場所を教えること。何なら案内もして」

「「はい」」


 ノイエが覚えてる訳無いよね。部下に振るのが正解だったね。


「そんな訳で僕らは帰ります。明日は休みなんで宜しく」


 殺意染みた視線を寄こすクレアもノイエの前では口も開かない。


「で、5日後の話なんだけど……国王様に呼ばれているので、お城には居ると思うけどここには来れないかも? 終わったらここに来るようにするからね」

「っ!」


 クレアがギリッと奥歯を噛み締めてどうにか堪えた。

 あわあわしているイネル君が可愛いわ~。




(c) 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る