新人君

 ユニバンス王国の王都"ユニバンス"


 丘陵地に作られた城は代を重ねるごとに増築と改築を繰り返し、面白みは無いがとにかく落とす手段が容易に想像できないと言われる堅牢な物だ。

 その城を中心に城下町が広がり、幾重にも壁と門を擁する。


 彼女はその城下を家の馬車を用いて通過し、城の正門を潜り下馬を求められて馬車を降りた。


 今日の日の為に拵えたのは薄い紫のドレスだ。

 姉たちのお古ではなく、『お城でのお仕事なんだから買ってよ~』と父親に泣き付くこと3日……あくまで重ねた交渉の成果であり、根負けした父親が娘の我が儘に屈した訳では無いと彼女は信じている。


 来城の理由を兵に告げ、確認の後に城の中へと案内を受ける。

 道案内を務めるメイドの後ろを歩き……彼女は決して豊かではない胸を撫でて、自分の気持ちが高ぶらない様に務める。


 上司となる人物は……あの第三王子様だ。


 結婚式で帝国の大将軍と共和国の財務大臣と正面から言い争った血の気の多い人物。

 何よりその人は……この国の恐怖の代名詞たる"ドラゴンスレイヤー"を嫁にする御仁だ。


 聞いた話では、そのドラゴンスレイヤーをまるで猫のように撫で回すとか。

 噂話だろうと思いつつも珍しく王都の屋敷にやって来た"姉"に確認してみたら、『そんなこともあったわね。あの2人は……本当に色々と凄いから』ともっと興味を引くことを言われた。


 ああ! 早く会いたい。


 浮かれてしまいそうな足取りを必死に宥め、彼女は迫りくる対面の時に想像を膨らませる。


 血の気が多いという話だから……きっとこう甲冑とかが似合いそうな逞しい筋肉質な男性なのかしら?


 噂話の確認と共に、姉に外見くらい聞いておけば良かったと後悔する。

 でもお城での務めは姉には秘密なのだ。


 良く分からないが……とにかく姉は妹たちが城で働くことを嫌う。

 もっと上の姉たちから一方的に嫌われ、嫌がらせのように近衛の大変な仕事に回されたと言う話を聞くから、もしかしたら妹たちにはそんな辛い目に遭わせたくないと思っているのかもしれない。


 本当に綺麗で優しくて"淑女"の見本たる自慢の姉なのだ。


「こちらのお部屋となります」

「ありがとう」


 畏まりドアの横に立つメイドに軽く会釈をし、彼女は1度ドアの前で深呼吸をした。

 ここから……今から自分の新しい第一歩が始まるのだ。


 コンコンッ


「失礼します」


 最初は勢いが大切と、ドアを開け元気に中へと飛び込んだ少女が見たのは……上半身裸の筋肉質な男性が何やら力んで瓶の蓋を開けようとしている姿だった。




 話は少し戻る。




「甘い物が食べたい」

「甘い物ですか?」

「うん。こう頭を使っているとそんな気分にならない?」

「いえ……ボクはちょっと」


 恥ずかしそうに頬を掻くボクっ子のイネル君の反応に露骨に肩を落としてみる。

 これだから今どきの若いのは……ガッカリだ。


「なっ何か食べたいのなら急いで買ってきます!」


 こちらの露骨な反応に慌てふためく様子が可愛い。


 齢は14歳でとても小柄な男の子だ。名前は"イネル・フォン・ヒューグラム"

 昨日から僕の下で働くことになった新人君1号だ。2号は今日から来るらしい。


「あるんだけどね」

「あるんですか?」

「うん。ただ蓋が開かないんだ」


 困ったちゃんな瓶を机の引き出しから取り出す。


 木の実のジャムだ。木苺っぽい物を煮詰めて作った酸味の効いて美味しい。

 これをビスケットに塗って食べるのが最近のマイブームなんだけど……先日買って来たこのジャムがとにかく開かない。


「封がされているとか?」

「どうぞ」

「……されて無いですね」

「でしょ? でも開かない」


 こんな時にノイエが居てくれれば一発解決なのに。

 最悪瓶ごと破壊しかねないが……その時はその時だ。


「他の物を頂くのは?」

「ん~。目の前にこれがあるのに食べられないのが腹立たしい」


 お預けを食らう犬な状態は嫌なのだ。


「アルグ~。ちと大至急この書類を纏めてくれ」


 フレンドリーな感じで間違いなく難題を持って来た馬鹿に瓶を投げつける。

 ひょいと簡単にキャッチしやがった。


「それ開けて」

「……こんな蓋も開けられんのか?」

「つべこべ言わずに開けるが良い。替わりにその書類を見てしんぜよう」


 踏ん反り返って言ってやったら、右ストレートで書類を殴りつけて来やがった。

 何と心の狭い兄だろう。そのうちノイエに告げ口してやる。


「……地方巡視の見積もりか」

「概算だがな。兄貴がさっさと出せって煩くて」

「何よこれ? 『貢物』って?」

「挨拶回りには要るだろう?」

「この酒樽は?」

「情報集めは家の使用人が1番だぞ?」

「……『俺の自由裁量で使える分』って?」

「その物だな」

「はい却下。一昨日来やがれ馬鹿兄貴」

「おまっ……それをこう上手く誤魔化して見積もりを作るのがお前の仕事だろ!」

「違うわボケ! うちはノイエ小隊の運営担当! それに色々と金額が多過ぎ! あのお兄ちゃんが応じないって」

「……ったく。兄貴は真面目過ぎるんだよな」


 悪態を吐きながらも……彼の持つ蓋は今だ微動だにしていない。


「で、いつ開くの?」

「どうやら俺の本気を見せる日が来たらしいな!」


 突然服を脱ぎ筋肉をバリバリ全開でパンプアップさせた近衛団長が……開かない瓶の蓋に本気を見せ始めた。




(c) 甲斐八雲

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