黒い下着の

「今後は、もう少し女性のことを考えて発言して下さい。ハーフレン様」

「分かった分かった。ったく……幼馴染とは言え、ここまで遠慮の無い女じゃ無かったんだがな」

「誰のせいですか?」

「俺のせいか? 少なくとも姉たちに嫌われたのは自分のせいだろう? ノイエの部下になったのは、お前の魔法と事務能力のせいだ……俺が文句を言われる筋合いが全く無いな」

「まあ貴方はそういう人です」


 呆れつつもフレアは諦める。

 相手の"そんな"性格のお蔭で、第二王子の正室候補から外されたのだ。そう思ことにしている。


「そうそう。実質ノイエ小隊の責任者なお前には伝えておく」

「責任者は隊長です」

「誰もそう思って無いよ。結婚しても引退は許さん。事務仕事専門で働け」

「人でなしですかっ!」

「まあその話は……新しい上司といずれ話し合え」

「?」


 聞きなれない言葉にフレアは首を傾げた。

 そんな彼女の様子を楽しむようにハーフレンが見つめた。


「アルグが近衛の副団長になったのは知ってるな? 今後ノイエ小隊はアルグ直下の預かりとなる」

「どうしてですか?」

「将来的にはノイエ小隊を近衛から切り離す。完全に対ドラゴン専門の部隊として独立させる方向になるって話だ」


『政治って嫌だね~』と両手を上げてハーフレンは笑う。


「貴族たちが最近新しい不満を訴えだした。『近衛が力を持ち過ぎだ』と」

「……噂で聞いてましたけど?」

「本当に言ってる馬鹿が居る。たぶん共和国辺りから小銭を嗅がされた者だろうな」

「はぁ~」


 他国の調略に踊る馬鹿者は意外と多い。

 貴族の娘の一人として、そんな話を聞くと本当にやる瀬ない気持ちになる。


「不満が出れば対処しなきゃならん。で、兄貴との協議で『ノイエ小隊の独立化』ってことで話が纏まった。兄貴が王位を継いだ時の組織変更で独立させる。

 初代の……まあ一番偉い奴はアルグだ。どうせノイエはアイツの言うことしか聞かないだろうしな」

「そうですね。確かにそっちの方が色々と不都合は生じないと思います」


 違った意味で大問題なのだが、そのことを指摘していたら話が纏まらない。

 つまりアルグスタ王子が余計な野心を持たずに、夫婦円満で居てくれれば万事解決と言う訳だ。


「そういう訳で、今後はアルグに丸投げすっからそっちで上手くやってくれ」

「……途端に裏の事情を垣間見えた気がするのですけど?」

「いや~。ノイエ諸々をアルグに投げ出すと、日々書類が7割減るんだわ。お前ら仕事し過ぎだ」

「あはは……働かせておいて働き過ぎって何よっ!」


 バンバン机を叩いて書類の山を崩したフレアはそれで留飲を下げた。


「ふんっ! アルグスタ様の方が少なくともしっかり仕事をしてくれるから信用出来ますっ!」

「へいへい。まあ頑張って働いてくれ」


 もう帰って良しとばかりにシッシと手を振る彼にイラッとしながら……フレアは崩した書類を全て拾い上げ、机の上に新しい山を作った。


「ところでそのアルグスタ様は?」

「ああ。新しい執務室にな」

「新しい?」


 ニタっと笑う相手にフレアは嫌な予感を覚えた。


「そう。……だってお前たちの上司になるんだから、一緒の部屋の方が都合良いだろ?」

「失礼しますっ!」


 全力でフレアは駆け出した。




 すごっ……フレアさんってこんなの履いてるんだ。


 彼女の机の引き出しからとんでもない物を見つけてしまった。

 ゴミの山だった机はきっと馬鹿のだからメイドさんに丸投げした。たぶんお宝とか発見できない。カビパンとか出て来そう。


 つか下着ってオーソドックスな紐パンだけじゃ無くて、こんな細くて面積の少ないのもあるんだね……今度ノイエにも?


 プルプルと頭を振って変な妄想を追い出す。

 お嫁さんにセクシー下着を買い与える変態夫にはなりたくない。


 メイドさんにも手伝って貰い部屋の掃除は粗方終わった。

 お城にノイエたちの執務室とかあったんだ。まあどこぞの馬鹿が良く書類制作で居たしな。


 綺麗に拭いた椅子に座って……部屋の中を見る。

 前から存在していた三つの机+新しい机を二つ追加した。

 後はソファーもゴロっと寝れるように長椅子の物に変更。結果部屋が狭くなったけど……ノイエたちって普段ここに居ないし問題は無い。


 隊長用の机と椅子なんて埃を被ってたしね。

 その席は今日から僕のです。仮にノイエが来たら……僕の膝の上に座らせれば良い。


「失礼しますっ!」

「あっ黒い下着のフレアさん」

「アルグスタ様。そろそろ強化魔法をかけて埋めますよ? どれだけ土を被せられても、重く感じるだけで死ねない恐怖を味わってみますか?」

「……ごめんなさい」


 どす黒いオーラを背負って怒る彼女に深々と頭を下げて謝罪しておく。

 ため息と一緒に怒気も放出したのか、普段通りの表情を浮かべた彼女が部屋の様子を見ながら入って来た。


「綺麗に掃除したんですね」

「あれは汚れ過ぎでしょう?」

「……こっちに居ないのでつい」

「それは仕方ないね」


 普段の彼女たちは基本待機所の方だ。


「どうして机を?」

「ああ。何でも書類整理で2人ほど部下が付くらしいんでね」

「あの王子……事務仕事する気無いわね」


 否定はしない。何よりまだ怒っているのか彼女の口調が怖い。


「そうそう。小隊が僕の預かりになるって話は聞いた?」

「今聞いて飛んで来た所です」

「まっそういう訳なんで宜しく」

「はい。よろしくお願いします」


 切り替え良くフレアさんがお嬢様らしく綺麗なお辞儀を見せてくれた。




「でね……前々から提案されていた件なんだけどね」

「はい?」

「待機所の設備の変更やら増築やらってヤツ」

「……」


 それは過去何度と提案して来ては有耶無耶にされてきた案件だった。

 正直フレアとしては諦めている。


 軍とは男社会で成り立っている。小国で働き手の男性が足らず、仕事をする女性が多いこのユニバンスでもそれは変わらない。

 男性が使う物から良くなって、女性はすべからく後回しにされるのが常だ。


「近衛の無駄を削りまくって予算作るから……近日中にお手洗いはどうにかするね。あと更衣室の拡大は増設するくらいなら新築しちゃおう」

「……本当ですか?」

「うん。ノイエには良い環境で仕事して欲しいしね」


 公私混同も良い所の完全な私的理由だった。

 だがアルグスタには迷いはない。何なら私財を投入しても良いくらいだ。


「これからも何か問題があったら言ってね。出来るだけどうにかするから」

「……アルグスタ様」

「はい?」

「このフレア・フォン・クロストパージュ……ようやく心の奥底から素晴らしと思える上司に出会えた気分です。今後とも本当によろしくお願いいたします」


 綺麗すぎる彼女のお辞儀に……アルグスタは軽く引いた。




(c) 甲斐八雲

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