子供が欲しい

「えっ?」


 相手の言葉にルッテは自分の耳を疑った。


 今は休憩の時間。

 今朝から元気な隊長の頑張りで、王都近辺には目立ったドラゴンの姿が見えない。


 片目を閉じて皆と食事をしていた齢若な騎士見習いは、同じように食事をしていた隊長の言葉を耳にして……周囲に目を向けた。


 一緒に聞いていたはずのミシュは、さっさと移動して立ち木に向かい拳を突き立てている。

 こんな時に1番役に立つであろうフレアは、近衛団長から届いた手紙を読むなり太い青筋を額に浮かべ、馬に飛び乗って走って行ったまままだ戻らない。


 つまり自分がこの話を聞くしか無いのだ。


「あの……隊長?」

「子供が欲しい」


 両手に骨付き肉を持ちモグモグんくっとしている相手は、綺麗だけれどどこか可愛らしい。


 ただその顔は常に無表情だ。

 感情の欠片がその顔に宿っている所をルッテは今まで1度として見たことが無い。


「どうしたら良い?」

「あ~。それはですね~」


 相手は人妻だ。こっちはまだ恋人も出来たことの無い乙女だ。

 相談する相手を根本的に間違っている。


「えっと……男女が何してあれしてこんな感じであ~するとこうなって」

「生殖行動?」

「知ってるなら言ってくださいよっ!」


 本気のツッコミだった。

 15歳の成人も迎えていない彼女がそれを説明することは、全て聞きかじった知識で頑張るしかない。

 妄想に妄想を重ねた乙女の努力を返して欲しくなる。


「ですからアルグスタ様と……頑張ってください」

「新しい家に移るまでしないって」

「……」


 新婚さんからの衝撃的な告白にルッテの思考は停止した。

 たぶん相手が王子様だから特別な意味とかあってに違いない。そう違いない。聞いたらダメだ。たぶんきっと後悔して引き返れなくなる。


「……どうしてですか?」


 だがルッテは募る好奇心に負けた。


「メイドに見られたくない。聞かれたくない」

「っ!」


 衝撃的過ぎて自分の顔が熱いくらい赤くなっているのを感じる。


 見せたり聞かせたりするんだ。やっぱり王族とかすご~いとしか思えなかった。


「新しい家なら大丈夫。それまで我慢」

「な、なら我慢で」

「……子供」

「えっ?」

「暖かかった。笑ってた」


 食べ終えて残った骨を手で叩く様にして粉々にして川に撒く。

 異様な光景だが……ノイエのその行動のお蔭が、この近辺の川魚はどれも大きくて美味しく育っている。


 パンパンと手に残る骨を叩き落し、今度はパンに手を伸ばす。


「抱いてたら……胸の奥がキュンとした」

「だから欲しいんですか?」


 コクコクと頷く彼女に迷いはない。


「だったら早く引っ越してアルグスタ様と頑張るしか……」

「はい」


 パンを飲み込み水で水分補給を済ませたノイエは、キッと西の方角に目を向ける。

 ルッテの閉じている目にも西から来るドラゴンの姿を捕らえていた。

 祝福にも負けない探知能力だ。ドラゴンのみ限定だが。


 残像を残し走って行った彼女の動きを、閉じた目の中で追い続ける。

 人間離れした移動速度と跳躍力を発揮して、ドラゴンとの距離を見る見る狭めて行く。

 接敵する寸前に魔法を放ち頭部を吹き飛ばして胴体部分を確保する。手近な死体放置場に向かい投げ込むと次の獲物を求めて移動を開始した。


「ってミシュ先輩?」

「なに? 一緒に世の男性を呪う?」

「わたしはまだ売れ残り確定じゃ無いんで」

「私もよっ! そろそろ購入希望者が長蛇の列を作るからっ!」

「そうですね。ミシュ先輩なら」

「素直に応援するくらいなら、むしろけなして~」


 どうしろと言うのか?

 そんな屈折した思考を持っているから男性に好かれないのでは?


 浮かんだ思いを飲み込んで、ルッテはそもそもの質問を口にした。


「隊長って子供作れるんですか?」

「へっ? 何で?」

「だってわたし……1度として隊長の月1を見たことが無いです」




「この変態団長! もう少し女性のことを考えなさいっ!」


 扉を蹴破らんかの勢いで、上級貴族のご息女が殴り込みに来た。

 上から順番に書類を眺めて居たハーフレンは、やれやれと手に持つ紙を山の上へと置く。


「えらい噛みつくな? あの日か?」

「違いますっ!」

「なら何でそんなに怒ってる?」

「当たり前ですっ! 『先日の隊長ノイエが倒れたことに関して何か知っているなら言いに来い。命令ね』ってどんな命令ですかっ!」

「結構国防に関係した重要案件だぞ? それと余り机を叩くな。書類の山が崩れる。あと俺、王子だからな?」


 バンバンと激しく机を叩き抗議気味な口調だったフレアが軽く咳払いをして、気持ちを落ち着かせた。


「団長の質問が余りにも失礼な物だったので。だから舞踏会に参加しても女性たちがシュニット様の方に行くのだと理解しました」

「おいおい。俺の良さはベッドの上だぞ? あそこなら誰にも負けん」

「そんなことを言っているから正室も決まらないのです」

「決まらないんじゃない。決めないだけだ。……で、訳は?」


 はぁ~とため息を吐き、胸の中のモヤモヤとした物を放出して……フレアは身を正した。


「隊長が女性だと言うことです」

「そうだろう? あれで男だったらアルグの色んな部分を疑うぞ?」

「では無くて……もう! 月1です。隊長だって子供を作れるんですから」


 ハッキリと言わないようにしていたのに察しの悪い上司だ。

 これがアルグスタ様ならきっと気づいていただろう。彼は妻に関してだけは察しが良い。


 だが察しの悪い判定を受けた団長ハーフレンも妾を5人持つ身だ。多少なりとも知識はある。


「なら3日も4日もいつ倒れるのか分からない状態なのか?」

「違います。隊長の場合は長くて1日。早ければ半日です」

「……」

「月1の方にも祝福が反応するみたいです。それに隊長の場合は苦痛や不快を何とも思いませんし」

「……そうか。参ったな」


 頭を掻いてハーフレンは肩を竦める。


「何だかんだで俺たちはノイエのことをあまり知らないんだな」

「ええ。だからこそアルグスタ様は進んで会話をして知ろうとしているのでは?」

「本当に夫の鏡みたいな奴だな」

「はい。……そういう点では隊長が羨ましくも思えます」


 婚約者がいる身でも……そう思うほど、アルグスタはフレアから見て理想的な男性なのだ。

 本当に理想としている人物は、近くに居てとても遠くに居るのだが。




(c) 甲斐八雲

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