財務大臣

 大将軍と呼ばれる者の手に握られているのは錆び付いた様子の剣。

 これだったらこの場に持ち込んでもお咎めは無いのかな? ただマナー違反な気はする。

 って、友人の形見を錆び付かせるとかどうなの? つまり嘘だよね?


『さあどうする?』と王者の風格を漂わせる相手に……僕は結論を出した。


「ノイエ」

「……」

「あの剣を抜いて」

「はい」


 フワッと立ち上がった彼女が軽い足取りで近づく。


 ニヤリと笑う大将軍が、鞘を握ってノイエに剣の握る方を向ける。

 おかしな雰囲気は感じられない。でも用心は忘れない。


「……待って」


 囁くように発した声に、剣を掴もうとしていた彼女の動きが止まった。

 この声がこの距離で伝わるのは計算済みだ。


 考えろ。相手は何を企んでいる?


 たぶんあの剣は錆びて無い。でも抜けないはずだ。何より剣に刃があるなんて保証が無い。


 だからやることは一つ。


『抜いて抜けなかったら、おもいっきり……』


 コクッと頷いた彼女が伝えた指示を実行する。

 抜こうとしても抜けない剣を……その端と端とを両手で挟んで押し潰して行く。


 ベギベギボギボギッ!


 聞いたことも無い不快な音を発し……圧縮されて玉のようになった。


「抜けない剣は使えない。形見ならこれで良い」

「……」


 いつも通りの無表情。いつも通りの淡々とした声。

 そんな彼女が手の上に鉄屑の玉を乗せて突き出してくる様子は、普通に考えて恐ろしい。


 流石の大将軍も何も言わずただ受け取った。


 たぶん相手の狙いはこの場でノイエに恥をかかそうとしたのだろう。『ドラゴンを退治する者がこんなにもか弱いのか?』とか言って。


 そんな少女漫画の敵役みたいなことは僕が許さない。


 そもそもノイエの実力は、『ちょっとあそこで飛んでるドラゴンを捕まえて来て』とか言えば実証出来る。

 隠す意味が無いなら全力で叩き潰す。

 まあ叩き……圧し潰したのはノイエだけど。


「大将軍。妻が失礼を」

「……なに。戦場に居ればこんなこと失礼にもならんよ」


 って貴方の行為がもう十分に失礼ですからね? そんなに前回の工作が失敗したのを根に持ってるの?


「これほどの力があればドラゴンなど容易く退治出来よう。もし良ければ今度俺の国に立派なドラゴンを送って欲しいものだ」

「でしたら式の後にでもノイエに投げて届けさせます。帝宮の門前にでも? それとも中庭? 宮の中は……掃除が大変そうだ」

「……」


 物凄く怒った顔で睨んで来るけど、こっちだって物凄く怒ってるんだぞっ!

 良く良く思い返すと、こんな結婚式リベンジする羽目になったのは全部帝国のせいじゃんかっ!

 本気で嫌がらせチックに帝国のお城にドラゴン1ダースぐらい投げ込んじゃろかっ!


 やるのはノイエだけど。


 ちょびっとちびりながらも大将軍を睨んでいたら、黄色い影が視界を遮る。

 立ったままのノイエが僕らの間に立った。ただアホ毛が気持ち興奮した猫の尻尾状態だ。


 ヤバい。彼女が暴れたら止められない。

 ……おにーちゃん。そろそろヘルプしても良いですか?


「あっはは……。これはこれは帝国の大将軍と呼ばれる方が、まだ成人を迎えて間もない若者にからかわれるとは、貴重な場面を目撃出来ましたな」


 来賓の方々が固唾を飲んで見守る中、『もうここしかないでしょ?』ってタイミングでその声が響いた。


 もしかしてまだ見ぬ一番上のお兄ちゃん?

 って違うか。声は来賓の方からだし……噂に聞いてるお兄ちゃん像からすると、あとで物凄く怒られそうなほど勝手してるし。


 土下座ってこっちでも効果あるかな?


 絶妙なタイミングで出て来た人は……あれだ。キザを絵に描いたような優男だ。って誰?


「初めましてアルグスタ王子。それに美しき細君ノイエ様。

 私はセルスウィン共和国で財務大臣を務めているハルツェンと申します」


 優雅に一礼して来た男……ハルツェンに、僕の中の評価は低かった。


 ごめん。何て言うか……見た目から何から生理的に無理。まだ大将軍の方が良い。


「この様な祝いの席でおふざけが過ぎましょう? 将軍。それに王子も冗談を真に受け過ぎかと。

 祝いの席で少々悪ふざけの過ぎた……野蛮な戦争屋の悪ふざけの一環。笑って終わりにするのが彼らの作法です」


 何気に毒がすげー。

 って将軍? 睨む相手は近づいて来てる優男ね。僕はそこまで酷いこと言ってないよ?


「祝いの席は祝うものです将軍」

「……そうだな。冗談が過ぎた。許されよ王子。そしてユニバンス王」


 クルッと背を向けて将軍が立ち去る。

 と言っても帰国する訳じゃないよね? そのまま帰っても良いんですけど。


 立ち去る将軍の後ろ姿を見てクスクスと笑う優男がこっちを……ノイエを見ている。


 何か嫌だ。『ノイエ。戻って』と囁いたら、彼女はまた僕の隣に座りその身を寄せて来た。


 うん。突然のアドリブとかの無茶を聞いてくれたから……今夜は膝枕されながら頭を撫でるお互い幸せ状態確定コンボ決定だな。


「仲が宜しいようで」


 何その目は?

 僕はノイエにぞっこんですから。ああ否定しない。全力で惚れてますが何か?


「我が国はお祝いに金を6台。装飾品を馬車で2台ほど送らせていただきましょうか。面白い物を見せて頂いたお礼も込めてね」

「……」


 軽く腰が抜けそうになった。


 今6台とか言った? 何その金額? 見栄なの? 意地なの? 何なの?


「それと……」


 まだ何か無茶言うの?


「我が国は何もかも金で解決して来た商業の国。ですからこれはアルグスタ様への商談にございますが……そのノイエ様にいくらの値をお付けになりますか?

 こちらは金100台までお出ししましょう」


 薄い笑みを浮かべた優男がとんでもない無茶を言って来た。




(c) 甲斐八雲

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