大将軍
本来なら休憩を挟んだ所で、その他大勢の国は帰ったりするものらしい。
『もう挨拶も終わったからこの辺でどうです? 本番は明日ですし……』と促して、各々大使館のある国はそこへ。無い国は今日の為に借り上げた貴族の屋敷などへ帰って頂く。
って説明はされたんだけどね。
「満員だな」
「ですね。むしろ増えてません?」
「かもな。さてと。俺はお前の後ろで親父の横に立つ。こっからが本番だが……まあ余程の馬鹿っぷりを披露しない限りは、後で俺たちがどうにか笑い話にしてやる。死んだ気持ちで死んで来い」
「ノイエ。そのうちあの筋肉王子殴っといて」
「おまっ! マジで死ぬからなっ!」
逃げるように馬鹿が失せた。
少しだけ溜飲とやらが下がったので気分が良い。
「あとで殴れば良い?」
「まだ殴らなくても良いよ」
「はい」
手をにぎにぎしている彼女はやる気満々らしい。アホ毛の動きが軽やかだ。
そんな彼女の回りではメイドさんたちが突貫工事で衣装の調整をしている。支度の途中で突然立ち上がって制止するメイドさんたちを引き摺って、僕の居る部屋に来たせいで準備が間に合っていない。
結果として意外とラフな感じの正装になってるけど、元々ノイエは綺麗だからこれで十分だ。
「アルグスタ様。ノイエ様。どうぞ」
これ以上は引き延ばせないと判断し、進行役の文官が声を掛けて来た。
そっと彼女の手を取ろうとして……その手を肘へと回す。
微かに首を傾げたノイエだが、何も言わずに僕の腕に自分のそれを絡めた。
「これより参りますが、アルグスタ・フォン・ドラグナイト様とその妻ノイエ様に御座います」
出て出てと合図を寄こすメイドさんの指示に従い僕らは並び歩き……彼女が視線の全てを集める。
へっ。自分なんて所詮……コンビニ弁当の中に入ってる緑色したバランですから。
『ほう』とか『若いな』とか『美しい』とか『罵られたい』とか『踏まれたい』の声が聞こえて来る。
野郎の声だったから残念売れ残りの戯言じゃ無いはずなんだけど……かなり不穏当な発言が混ざってた気がする。
ちなみにフレアさんたちノイエ小隊は、本日の午後から隊長抜きで待機場所の安全維持だ。
普段ノイエがあの場所で着替えている都合、地面などにドラゴンの血肉の匂いが沁みついて、格好の襲撃ポイントになっているらしい。
ドラゴンの捨て場は王国軍が派遣されて守られているが、あの場所は基本丸投げらしい。
……フレアさんが今頃マジギレしてそう。
まずは父親である国王様に会釈して、それから来賓の方々にホント軽く頭を下げる。
あくまで頭を深く下げる相手は国王様ただ一人と言うアピールだ。まあ普段から謝り倒している僕ですけどね。
並んで置かれた椅子……が、ちょっと離れている。寄せて座るのでも良いんだけど、僕の奇行はあとで頼りになるお兄ちゃんが笑い話にしてくれるんだよね?
だったら手では無くて、腕を組んで来た以上に仲睦まじさをアピールしてやる。
「ノイエ」
「……」
「一緒の椅子に。少しきついけど平気?」
「はい」
一人で座るにはゆったりサイズだ。詰めて座れば二人行ける。
同じ椅子に並んで座ると、薄い黄色のドレス姿な彼女が寄り添うように身をくっ付けてきた。
流石に来賓の方々も驚きまくりだ。
勝手をやってるから、怖くて背後の家族は見たくないぜ。
「……ブロイドワン帝国より金3台分。装飾品など馬車で1つ。お祝いの品として届いております。帝弟・キシャーラ様。もし宜しければ若い二人にお祝いの言葉など」
文官の言葉に謁見の間が静まり返った。
流石にどの国の代表も息を飲んでいる。
へっ? 聞き間違い? 今3台って言ったよね? 台ってこっちの単位だと台車に山と積んだ状態のことだよね? それが3つ? 装飾品も荷馬車1台分?
ちなみにこっちの世界の台車は、日本で言う工事現場やホームセンターで見る平均的な大きさの一輪車サイズだ。木製の車輪が二つ式のタイプだけどね。
そんな台車に砂金が山盛りで3つと言うことです。
大国の意地か見栄かは知らないけど、確か金2台でこの結婚式の費用が賄えるとか聞いた気が……ここに来て目録を差し替えたのか?
カツンカツンと鉄靴を響かせて歩いて来る人物は、鉄仮面をしていないフルプレート状態の騎士だ。
発せるオーラと言うか物々しい気配に全身から冷や汗が噴き出る。
怖い。
初めて見た人のことをこんなにも怖く感じたのは今までない。
これだったら返り血を浴びて立って居るノイエの方が何倍も可愛く見える。
実際に可愛いけど。美人だけど。
カツーンと大きく音を響かせて止まった相手は、中年男性だ。でもその顔には傷跡が無数に見える。
石でも削り出して作った感じの風貌は、『俺は戦場で生きて戦場で死ぬんだ』と物語っている。
「初めてお目にかかる。アルグスタ王子。そして騎士ノイエ。俺がブロイドワン帝国のキシャーラだ。なにぶん戦場育ちで礼儀を知らん無骨者故……非礼を許して欲しい」
「……いえ。大将軍と呼ばれる貴方にお越し頂いたことが最高の名誉です」
事前に教え込まれた定型文を口にする。
全身が震えて止まらないけど……僕の横には変わらず彼女が居る。
と、スススと将軍に歩み寄った何者から、彼が布で包まれた物を受け取る。
「噂に聞く騎士ノイエは……その姿からは想像できないほどの怪力をお持ちとか。どうかこの錆び付き抜くことの出来なくなった俺の戦友の形見を抜いては貰えないだろうか?」
……何を考えている?
(c) 甲斐八雲
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