クーリングオフで

「おはようノイエ」

「おはようございます。アルグ様」


 完全に朝の一風景になった。

 ただこっちに気づかれずに、どうやって彼女は毎朝僕の上を跨いで座って居るんだろう?


 いつも通りメイドさんの手を借りて着替えてから食事を済ませる。

 二人仲良くお城の門まで行って、そこから徒歩で職場に向かうノイエを見送る。

 こちらを振り返ることなく通りの角を曲がって……行っちゃった。


「さて仕事だ。仕事」

「お前って意外とマメなのな」

「ぬおっ!」


 どこから湧いたっ! この筋肉王子?


 背後から声を掛けられてビックリする僕をよそに、馬鹿王子がむんずと僕の顔を掴んで来た。

 完全なるアイアンクローだ。


「何ですか!」

「急ぎの仕事だ。ちょっと来い」

「これは誘いじゃ無くて強制だからっ! 痛い痛い。まず手を離せっ!」


 顔面を掴まれたまま……運ばれて行った。




「何するんですか?」


 キョロキョロと見渡してしまうのは、いつもの執務室じゃ無かったからだ。


 お城の入ったことの無い区画にある個室。

 いずれこのお城も探索してみようかな。ダンジョンとか……普通に考えれば無いか。


「前に言ったろ? お前に魔力があるかどうかの確認だ」

「そんな話もありましたね」

「忘れてたのか?」

「結婚式の準備が忙しくて」


 僕は良いのよ? 書類仕事なんていざとなれば山積みにしておくだけのこと。

 ノイエなんてあっちこっちの仕立て屋さんを回って採寸から何から大忙しだ。で、その後仕事だし。

 衣装直しなんて提案しなければ良かったかな?


「で、どうして突然?」

「先日貴族の馬鹿息子どもの確認をしてな……準備が揃ってるから一緒にと」

「何その解りやすい理由」


 だから突然の今日なのか。まあ良い。


 椅子に座らされている僕の前には小さな机がある。

 その机の上に薄いお皿の様な銀板が置かれた。


 全くもって意味が分からない。


「その銀板の中に両手を入れて、手の平を置け」

「それで?」

「あとは水を入れておしまいだ」


 水差しの水が注がれる。

 溢れない程度の量で止まり、広がる波紋が落ち着くのを待つ。


「水面にお前の顔が見えるだろ? しばらく見つめていて色が見えたら言え」

「は~い」


 鏡の様にも見える銀板に僕の顔が映っている。高梨匠さんとは全くの別人だ。


 眺めて居るとモヤモヤと色が見えて来た。


「見えたか?」

「見えました」

「色は?」

「黒と白です」

「……」


 映る僕の回りを、黒いモヤモヤと白いモヤモヤが揺れている感じだ。

 でも決して混ざらない。何なんだろうね?


「そうか。二色見えたか」

「はい」

「なら仕方ないな」

「はい?」


 肩に置かれた手がゆっくりと僕の首へと……うおっ! 何故この状態で首絞め? ヤバいヤバい。完全に入ってるから!

 ムキムキな太い腕を叩いてタップするけど、これって異世界でも通じるのかな?

 あれ……視界が段々と暗く……あれ?




 ぬがぁっ! 目が覚めたと同時に物凄い怒りの衝動が!

 どうした? 何があった? ここは何処だ?


 真っ暗な場所に僕は居た。立って居るのか座っているのかも分からない。


 全身がフワフワとして……まさかまた死んだ?


『あはは。その反応は珍しいわね』


 ……誰ですか?


『なぞなぞです』


 唐突だな!


『私は私。私は貴方。いつも側に居て決して離れない。でも見えない時もある。さてな~んだ?』


 えっ? そんな簡単な問題なの? 大丈夫? 実は引っ掛け? パッと浮かんだのは"影"だけど?


『正解。それが質問の答え』


 ……つまり影であると?


『そんな感じだと思ってくれれば良いわ。実際には姿形は無いし、この声だって貴方と話す為に作ってる物だしね』


 何だろう……異世界に来て異世界らしい出来事に遭遇した気がする。


『うふふ。貴方は異なる世界に何を求めているの?』


 ……ワクワクハラハラな大冒険?


『そんな死を共にした人生を歩めるほど、貴方の居た世界は殺伐としていたの?』


 殺伐とは無縁かな?


『なら無理よ。敵を前に怖気づいて殺されてしまうのが関の山ね』


 普通に考えればそうだよね。


『何事も平和が一番よ』


 僕もそう思う。


『でも貴方はこれから平和とは無縁な力を得る』


 お断りします。


『諦めてくれるかな? もう実際に渡しているし』


 全力でクーリングオフを実行したいです。


『無理よ。でも別に使わなければ良い話だし』


 そうなの?


『うん。この力は……特にかな?』


 何故に疑問系?


『使える力だと思うんだけど……貴方はとても嫌いそうな気がする。ちょっと人選をミスしたかな? でも凄く使える力なのよ。本当に』


 悪魔の誘惑にしか聞こえません。


『うふふ。悪魔も天使も表裏一体。つまり貴方の指摘は間違って無いわ。

"祝福"も"試練"もその力を得た人がどう使うかによって枝分かれする。貴方の大切な人は、"試練"になってしまったようだけれども』


 祝福? 試練?


『そうよ。貴方には"祝福"と呼ばれる力を与えた。でもそれは貴方を苦しめる"試練"にもなり得る。その力を貴方がどう捉えるのかなんて分からない。でもきっと苦しむでしょうね』


 そろそろイラッとして来たんですけど?


『あら? ごめんなさいね。なら与えた力を説明するわ。その力は……』




(c) 甲斐八雲

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る