呼ばん

「お前……ノイエに何か言ったか?」

「前にも似たような質問をされたけど、一体全体何事かと問いたい」


 結婚式の準備で暴力的なまでに増えた書類の山と日々戦うこっちの身になれ。そんな状態でノイエに変なことを吹き込んだら、僕の首が間違いなく締まる。そうでなくても忙しいのに。


 ってそもそもなんで自分の結婚式の裏方に駆り出されるのかな?


「不満が多いぞ馬鹿弟。諦めて仕事しろ」

「へいへい。で、ノイエが何したの?」

「最近とにかくミシュをイジメているらしい」

「……売れ残りでも覚えたかな?」


 それだったら確かに身に覚えがあり過ぎる。素直にごめんなさいな気持ちだ。


「それは言って無いな。主に『私……若い』と『薄いの』だな」

「何そのミシュ殺しの的確な言葉は?

 それって僕じゃ無くて、小隊の人たちが全員で吹き込んだんじゃ無いんですか?」

「その可能性は否定できん。

 でも流石に毎日のように言われるらしくミシュが発狂して『ルッテが大きすぎるんです! 隊長だってあれから見れば小さいです!』って……変な方向に飛び火して、仲裁役のフレアが『胃が痛い』と騒ぎ出して大変らしい」


 何故だろう? 話を聞いてたら仲が良さそうで平和に思えてしまうのは?


「でもミシュの言葉は正しいです。ルッテのは大きすぎるかな」

「馬鹿だな弟よ。大きくて何が悪い?」

「僕としてはノイエくらいの大きさが良いです。特に形が素晴らしいので」

「はんっ! 形が良いとか言うのは、小さくも無い大きくも無いどっちつかずの中途半端な胸をした奴の言い訳だ!」


 なるほど。そう来ますか。


「大きいだけの胸なんて、ただの脂肪の塊じゃ無いですか? 無駄に重いから垂れるの早いし……そもそも大きいのが揉みたいならお尻でも揉めば良いんです」

「お前は分かっていない。大きいからこそ、こう下から持ち上げて揉む楽しみがあるんだ。それに尻は揉むもんじゃない。触って撫で回すものだ」

「お尻についての考えに文句はありません。でも胸については一歩も譲れませんね」

「ほほう……ならどうする?」


 そんなの決まっている。


「美乳を愚弄する者を僕は許さないっ!」


 全力で巨乳派しゅくてきに殴りかかった。




「で、ドレスの方はノイエの寸法を測り終えて作成中だ。

 それと近いうちに親父が王都に居る将軍と貴族に対し、お前たちの正式な結婚式を執り行うことを宣言する。各国の要人も呼んで派手にやるぞ」

「……はい」


 兄の足を背中にグリグリと受け、僕はシクシクと泣き続けていた。


 負けた。美乳の良さは巨乳の脂肪には勝てなかった。


「で、帝国はどうするの? 色々と文句言いそうだけど?」

「ああ。あそこね。呼ばん」

「へっ?」

「だから呼ばん。だって仕方ないだろ? 書簡は届かないし使者も立ち往生してるしな。だからあの国にはそれを理由に招待状を送らない。

 替わりに共和国に対しては、国王の隣と言う特等席を準備して招待する」


 いやぁ~。絶妙な力加減で背中をグリグリしないで。


「えげつないですね」

「何が?」

「そんなことされたら帝国の面子が丸潰れじゃ無いですか」

「仕方ないだろ? 連絡取れないんだから」


 確かにそうだけど……それで波風起ったら大問題な気がする。


「……大丈夫なんですか?」

「一応な。たぶん帝国は自分たちの非礼を、一部の文官のせいにして首を刎ねて終わらせる。

『彼らが勝手にやったことで、我らは知らないことだ』ってな」

「うわ~」


 何その身勝手な理論?


「それが帝国の手口だ。だから我々も招待しろと上から見下ろすように言って来るぞ」

「どうするの?」

「仕方ないから招待状は出す。でも席順は共和国の下だ」

「波風起つやん」

「それも仕方がない。こっちにも準備って物がある。外交上の連絡手段を断ってた向こうが悪い」


 言いたいことは分かるけど、そんなことをしたら帝国の反感買いそう。


「帝国怒りますよね?」

「怒るだろうな」

「そっちはどうするの?」

「だから共和国だ。彼らはこっちの現状を把握しているから、必ず助け舟を出して来る」


 その舟が泥舟じゃなきゃ良いけどね。


「こっちに恩を売るって感じですか?」

「兄貴の考えだとそうだな。実益を求めてきてくれれば良いが……確実に恩を売るだろうな」

「厄介ですね」

「厄介なんだよ全く」

「うげげ。痛い痛い」


 最後のひと踏みをして足を退けてくれた。


 もう戦いを挑むのは止そう。ほら争いって不毛だしね。


「まあそれで外交問題は一先ず解決のはずだ」

「本当ですか?」

「一先ずな。ただ帝国も共和国もノイエを欲している。次はどんな手を使って来るか……想像するだけで頭が痛いな」


 椅子に座った兄が、やれやれと肩を竦める。


「お前は結婚式を無事に済ませろ」

「はいはい」

「それと……本当に生涯の嫁はノイエだけで良いんだな?」


 本当にしつこいな~。


「何度も確認しなくて良いですよ。

 逆に複数持てと言われる方が無理です。長いこと一夫一婦制に親しんで来たんで、複数とか言われると物凄く嫌な感じになるんです。精神が拒絶します」

「そこまで嫌うのかよ?

 まあ良い。なら親父が宣言する時にお前は、『ノイエ以外誰も娶らない』と言う一文を加えるからな? 国王の宣言は絶対だぞ?」

「もうさっさとどうぞ。何なら国王様に言って今日にでも宣言して貰ってください。

『アルグスタはノイエだけを妻とする』ってね」




(c) 甲斐八雲

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