愛するって、何?

「隊長? どうかしたんですか?」

「……」


 掴まえたドラゴンを抱えて戻って来た彼女が、お城の方を見つめて動きを止めていた。


 気持ち首を傾げている。


「ご飯には早いですよ?」

「……」

「隊長?」

「……愛するって、何?」


 突然の言葉にミシュは、全身から血の気が抜けるのを感じた。


 今聞いた言葉はきっと幻聴だと……そう自分に言い聞かせる。


「隊長?」

「教えて。愛するって、何?」

「幻じゃ無かった~っ! うわ~んっ!」


 突然走り出した小さな副隊長が、皆の制止を振り切り遠ざかって行く。

 代わりに来たのは……金色の髪をした副隊長だ。


「どうかしましたか隊長? ミシュが『裏切り者~』とか叫んでましたけど?」


 相手の言葉の意味が良く分からない。

 それでもノイエはまた同じ言葉を口にする。


「教えて。愛するって、何?」

「……いやん。隊長ったら」


 クネクネと体を揺する彼女の様子を眺めながら、手に持っているドラゴンを視界に入った物に投げつけておく。

 グチャッと混ざり合ったそれは、地面に墜落して行った。


「教えて。何?」

「……そうですね。男女だけとは限りませんが、主に男女が用いる言葉です」

「……」

「えっと……仲良くなった男女、本来ならアルグスタ様と隊長との関係なら、言い合っておかしくない言葉なんです」

「本来なら?」

「はい。結婚とはお互いを好きになった、もしくは愛し合った者同士がするので……アルグスタ様と隊長は普通なら愛し合った者同士と言うことになるんです。

 でもお二人の場合は、政治的な部分が強いですからね」


 上級貴族の娘として考えれば、本来のフレアもまた愛した者との結婚など不可能なはずだった。


 ただ好きになった相手が術式魔法を学ぶほどの実力者であり、一般的に見て強い魔力を持っているので両親からは反対されずにむしろ好意的にとらえて貰えた。


 しかし姉たちなどは完全に政略結婚をしているので、だいぶ恨まれた結果が今の仕事に反映している。


「私はアルグ様を愛している?」

「その答えは隊長の心に聞いて下さい。私には分かりません」

「……」


 そう問われてもノイエには『愛する気持ち』が分からない。

 そもそも『心』が分からない。


「アルグ様は……私を愛してる?」

「たぶんですけど。愛していらっしゃると思いますよ」

「そう」


 分からない。だからノイエは思考を止めた。

 分からないなら……


『聞けば良いのよ。分かるまでね』


 そう教えてくれた。彼女が。




 本日も帰宅をしたらお嫁さんがベッドの上で正座していた。

 流れるような動作で相手の後ろに回って抱き締める。


 何気にノイエはこれ気に入ったのかな?


「アルグ様」

「なに?」

「アルグ様は……私を愛してる?」


 誰だ~。またノイエに変なことを吹き込んだのは? 売れ残りか? でもたぶんこのパターンはフレアさんな気がする。


 意外と真面目に恋愛肌だからな……あの攻め好きさんは。


「あ……愛してるよ。うん。愛してる」

「そう」


 めっちゃ恥ずかしいことを言わされたら超クール対応なんですけどっ! 何気にノイエってドSですか? 僕を精神的にいたぶって楽しんでる?


 ただアホ毛がへんにゃりとしてる。


「……どうしたのノイエ?」

「分からない。私にはその感情が分からない」

「そっか」

「私はアルグ様を好きなの? 愛しているの? 分からない」

「うん。今はそれで良いよ」

「……」


 きっとあれだ。今の彼女はマリッジブルーってことで。


「ノイエは僕を護ってくれるんだよね?」

「はい」

「それで良いよ。その気持ちが分かってるから平気」

「何故?」

「……ノイエは誰でも護るの?」


 フルフルと彼女の頭が左右に揺れる。


「アルグ様だから」

「うん。分かってる。たぶんそれがノイエの中にある"好き"とか"愛してる"とかの気持ちなんだよ」

「……」

「今は分からなくても、それを教えて行くのが僕の役目だよ」

「……はい」

「だからノイエも何かあったら正直に言ってね」

「はい」


 本当にノイエは素直で良い子だ。

 今日も僕の全力の頭なでなでを披露してあげよう。


 うりうり……本当に可愛い奴め。


「アルグ様」

「ん?」

「頭……こうされると、胸の奥がポッとなる」

「うん。そっか」

「はい」


 それがたぶん"好き"って気持ちなんだろうな。


 普通なら子供の時からそう言ったことを体験して普通に学ぶんだろうけど……彼女が過ごした日々は普通じゃない。それすら覚えられない環境に居たんだ。


「大好き。愛してるよ」

「……はい」

「今日は一緒にお風呂に入ろっか?」

「はい」

「その後は夕飯食べて……で、またここで頭を撫でてあげる」

「はい」


 フリフリとアホ毛が機嫌良さそうに揺れている。

 現金と言うなかれ……これが彼女へ出来る僕からのご褒美だ。


「アルグ様」

「ん?」

「生殖行動は新しい屋敷が出来てから?」

「誰だ。ノイエに変なことを言ったのは!」

「皆に聞かれる。アルグ様との生殖行動はどうだったと?」


 あの小隊の面々めっ!


「引っ越してからね。その時は頑張るから。僕の本気を見せるから」

「……はい」


 そこで頷かれると、ただの変態野郎な気分になるっすっ!




(c) 甲斐八雲

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