一夫一婦制

「どんな手を使っても、ノイエとの仲を周りに知らしめたいんですけど」

「……恐ろしいくらいにやる気だな。どうかしたのか?」

「理由は良いんです。で、どうなんですか?」

「こっちもやられっ放しは性に合わん。兄貴が筋道を作っている」

「で?」

「……黙って金を貸せ」

「金利は五分で。一年返済で」

「……確りしてるな」


 一割だったのを半額にまけたんだ。こちらの譲歩は最大限のはず。


 やれやれと肩を竦めた兄が、机の引き出しから書状を取り出した。


「それは?」

「帝国から来ているお前に宛てた書簡の中身だ」


 チラッと見ると確かにそれっぽい。

 第八王女との結婚とか……最悪幼な妻ですか?


「確か8歳だったかな?」

「僕の居た世界だと完全に犯罪者扱いです」

「こっちの世界なら問題無いぞ?」


 わ~い。ロリコンの皆さん。異世界に行くと堂々とロリコンを堪能できますよ。


「の、わわわわっ!」

「どうした?」

「何で破るんですかっ!」

「は? 当たり前だろ? こんな書簡……こっちに届いて無いんだから」


 つまりそれは相手が使った手を、丸ごとお返しするって作戦ですか?


「でも帝国の大使たちが居ますよね?」

「ああ」

「その人たちが黙ってませんよ!」

「そうだな」

「……余裕は何処から?」

「騒ぎたいなら騒がせておけ。向こうはあくまで駐在の大使だ。本国の指示の無しに無茶は出来ん。たぶんこっちのこの動きを察して本国にお伺いを立ててる頃だ」


 千切った紙を皿の上に乗せると、瓶から透明な液体をその上に掛けた。


「あとはこうして……灰にして終わり」

「うおっ」


 火種と呼ばれる小さな縄がジワジワと燃えている物を使って皿に火を点す。

 見る見る書状は灰になった。


「さて弟よ」

「はい?」

「お前の晴れ舞台だ。せめて遺言……希望は聞くぞ?」

「遺言と言い間違えた意味を問いたいっ!」

「全国民と言っても大半はこの王都に暮らす者だが、そんな大観衆の中で結婚式とか……俺だったら恐怖で縮み上がっちまうかもな。

 そんな拷問染みた場所に喜んで行く弟様の希望ぐらい聞いてやるのが兄としての優しさだろう?」

「この憎たらしい兄を亡き者にしてください」

「却下だ」


 変なプレッシャー掛けやがって!


「ならそうですね……」


 特に希望なんて無いんだよね。


 出来たら小規模でとか根底を覆したいけど無理だろうし。

 だったら何かな……希望か。したいことじゃ無くて見たい物か。ああ良いかも。


「ノイエのドレス」

「おお」

「何着かこう……途中で着替えとか出来ませんか?」

「……花嫁のドレスを式の途中で替えろと?」

「はい」

「何でまた?」


 そんなに呆れるようなことは言ってないんだけどな。


「一度だけの結婚式……何故か今回で二度目ですけど、折角の晴れ舞台なら綺麗な姿を何度でも見たいじゃ無いですか」

「まあな」

「それに……どうせノイエの貯金でやる結婚式だし」

「……痛い所を突くな」


 ほれほれ。何か言い返して見ろ。


「分かった。兄貴との相談になるが善処しよう」

「宜しく」

「ただ余計にかかるドレス代はそっち持ちな」

「……良いですよ。僕の負担で」


 ごめん。あとで返すから今は貸しておいて。

 無一文な旦那さんで本当にごめん。


「あとの希望は?」

「しいて言うなら、今後こんな馬鹿な話が出て来ない様にして欲しいです」

「それはこっちも同じ気持ちだよ」


 椅子から立ち上がった彼が背伸びをする。


「向こうから正式な使者が来る前に、後戻りできない段階まで進める。

 たぶん向こうは文句を言って来るが、こっちには書簡が届いてなかった訳だしな。

 それを理由に突っぱねる」

「相手は納得するんですか?」

「する訳無いだろう? だからたぶん別の手を使って来る」

「別の手?」

「今度は、お前の側室にと娘を送り付けて来るだろうな」

「……解決が見いだせて無いんですけど?」


 それって結局順番が入れ替わるだけで、ノイエ以外のお嫁さんが来るってことじゃん。


「ただその話なら断れる」

「何故に?」

「ノイエは独占欲が強くて、側室や妾を得ることを許さないと公言する」

「……」

「お前は生涯ノイエだけを愛せ。以上だ。それしか解決策が無い」


 済まなそうに言って来る彼の気持ちが分からない。

 別に僕的には一人で……


「この世界ってお嫁さん何人でも得られたんだ」


 完全にそれが抜け落ちてた。

 この世界は一夫多妻制だったんだ。


「どうした突然?」

「言い忘れてました。僕の居た世界と言うか、僕の住んでた国では一夫一婦制なんです」

「いっぷいっぷ? なんだそれ?」

「つまり僕一人に対して公式に得られるお嫁さんは一人だけなんです。

 二人目三人目は『重婚』と言って犯罪になります」

「……住みにくい世界だな? 一人だけかよ?」

「はい。……実際満足できずに女遊びする人もいますけどね。

 でも公式に許されているのは一人だけなんです」

「はぁ~。つまりお前は、元々ノイエ以外の嫁を得る気は無かったと?」

「無いですね。それにノイエは美人だし、可愛いし」


 つい惚気ちゃったぜ。

 引くなよ兄よ。僕も言ってやや後悔気味だ。


「ならノイエただ一人だけを愛して行くってことで良いんだな?」

「構いません。僕はノイエ以外にお嫁さんを得る気は無いです」




(c) 甲斐八雲

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