怒った猫のように

「どうだ弟よ? 素直な感想を述べよ」

「何か凄いですね」

「もう少し語彙を見せろよな」


 知らないよ。凄い物は凄いんだから仕方ないじゃないか。


 ドラゴンを追い払った部下さんたちが、怪我の有無を確認している。

 あれ? 怪我の治療に魔法は使わないの?


「治癒魔法? あれは膨大な魔力が必要だから大規模術式の支度をしないと無理だ」

「何で?」

「あ~。それはあれだ。何だったっけフレア?」


 丸投げかよっ!


 突然振られたフレアさんは、慌てた様子で飛んで来た。


「この大陸で治癒魔法を個人で使える可能性があるのは、おそらく隊長くらいなものです。とにかく膨大な魔力を必要とします。なぜ膨大な魔力が必要かと言いますと……魔力はそもそも治療に向いていないのです。

 決まった形の無い力と言われているように、基本は相手を傷つけたりする物です。ですから治癒に使う時は、何重にも術式を張り巡らせて相手を傷つけないように配慮した上で使用します」

「ご説明ありがとうございました」

「いえいえ。私は仕事に戻ります」


 ペコペコと頭を下げてフレアさんがまた仕事に戻る。

 普通に歩いて部下さんたちを見て回っているちっさい売れ残りの馬鹿も仕事をしているっぽい。


「納得したか?」

「納得と言うか……理屈が分かったって感じかな」

「それで良い。それ以上は考えるな」


 だから大病を患って大規模術式を使った僕の記憶がおかしくなったと言われて、皆が納得するんだ。

 その可能性があるくらい危険な物だと理解しているからっ


 不意に凄い力で吹き飛ばされて地面を転がった。


 痛い痛い。何かあっちこっち擦った気がする。

 こんな事をするのは絶対に馬鹿兄貴の仕業だっ!


 怒りに任せて身を起こしたら、その兄が一撃を受けて宙を舞っていた。


 へっ?


 ズザザと背中を地面に擦り付け、それでも彼は一点を見たまま剣を構える。

 その視線の先に居るのは……羽の無い二本足の恐竜の様な生き物だった。


 あれもドラゴンだ。初めて見るのに僕は知っていた。

 ドラゴンには色んな形があることを。


 クェェと吠えたドラゴンが兄に向かい突撃する。

 体を捻り地面を転がることで間一髪で回避すると、そのままの勢いで立ち上がった。


「柵があるはずだろう!」

「あの手の種類は飛び越える場合もあるんです」

「……」


 怒鳴った兄が馬鹿のツッコミに沈黙した。

 いやいや。間違いを指摘されたからって、子供みたいに石とか投げないの。


「全員で包囲する形で対処。相手が疲れたら一方向だけ穴を開けて逃がします」

「「おうっ!」」


 ミシュの指示に部下さんたちが迷うことなく動く。

 あの人……自称じゃ無くて本当に騎士だったんだ。


 僕もどうにか立ち上がると、ふとそれに気づいて後ろを見た。


 何とも言えない生暖かい空気。

 そんな空気を纏い木々の間を抜けて来るのは……さっき追い払った蛇の様なドラゴン。


『物陰で見えませんでしたっ!』


 警告より先に言い訳が届いたよ。


 あっこれ……間違いなく直撃コースだ。

 人間って本当に死にそうになった瞬間って、全ての動きがゆっくりに見えるんだな。

 ウネウネと動くドラゴンの鱗の一つ一つもハッキリと見える。

 そんな大きく口を広げなくても……すっごい細かな牙が見えるんですけど!

 あれでモグモグされたら物凄く痛そう。


 前回死んだ時は寝ている所を一酸化炭素中毒だったからあまり覚えてないんだよな。

 でも痛いのやだな。苦しいのも嫌かな。何より、


「ノイエ……」


 彼女に会えなくなるのが一番嫌だな。




 ドラゴンのあぎとが音を立てて閉じられた。




 ん? あれ? 痛くない? うおっ!


 目の前にドラゴンが居る。居るね。口を閉じた状態で空中に居る。


 何より怖いのは……そのドラゴンの尻尾を掴んでいるノイエだ。

 あれ~? 気のせいかアホ毛が怒った猫の尻尾みたいに膨らんでいるような?

 冷や汗が止まらない。良く分からないけどとにかくヤバい。


「み」


 言葉が喉に張り付く。でも絞り出せっ!


「みんな伏せてっ!」


 言いながら僕も地面に倒れ込んだ。


 あとはとても形容しがたいことが起きた。

 うん。何て言えば良いのかな? 片腕で全力でタオルを振り回している感じ? 普通振り回しただけで生き物の皮とか剥けていかないと思うんだけど、ね?


 あっ次のターゲットに移った。

 うわっ……全力で頭を地面にダンクシュートからのサッカーボールキックだ。

 グチョッとミンチが出来上がってる。


 流れる動きでドラゴン二匹を要モザイクなことにしたノイエが、クルッとこっちを向いた。


「アルグ様。大丈夫?」

「うん。ありがとう」


 と、ツツツと近づいて来た彼女が微かに頭を下げたこっちに向けて来る。

 何だろう? 頭突きだったら僕の顔面が一発で粉砕だし。

 高さとしては……これかな?


 手を伸ばして頭を撫でてみる。


 しばらくそうしていると『っん』と吐息を吐いた彼女がやんわりと満足げだ。

 アホ毛がフリフリと機嫌良さそうに揺れているしね。


 ただ周りの人たちの様子が……なぜ夫婦のスキンシップをそんな恐怖映像でも見た様な目で見ているのかな? 少なくてもノイエのお蔭で今の僕は生きている訳だよ?


「ありがとうね。ノイエ」


 頭ナデナデで喜んでくれるなら安い物です。

 何十、何百と言う野良猫を撫でて来た僕の本気を見せてやる。




(c) 甲斐八雲

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