第14話

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 その後、蓮は川に入った。少し泳ぐと、小さな泡の後にクウガが水面に浮上してきた。蓮はその体を片手で捕まえて、河川敷へと戻っていく。

 近づいてきたアキナとともに、蓮はクウガを地面に横たえた。蓮とアキナは隣同士で座ってクウガを注視した。意識こそないが、呼吸はし続けている様子だった。

「ありがとう、蓮くん! もう私なんて言ったらいいか……。ほんとにほんとにありがとう。もう、やだなぁ私ったら。いつもはあれこれ話せるのに、肝心な時にうまく言葉が出てこないや」

 アキナはぼろぼろ泣きながら、蓮に特大の笑顔を見せた。アキナと見つめ合う蓮の胸に、安堵と達成感が訪れる。

 しかしすうっと笑みは引っ込み、一転、愁いに満ちた面持ちに変わった。

「でも、これからどうしよう。クウガは上層部からの命令で動いてるってことだった。今回はどうにかなったけど、私は……私たちはこれからずうっと狙われ続ける、のかな。そんなのどうす──」

 ふいに、アキナの発言が途切れた。蓮の脳裏に疑問符が浮かぶ。

 次の瞬間、蓮の全身に悪寒が走った。直感に従い、両腕で頭を覆って防御する。

 ドガギ! 凄まじい衝撃が腕に伝わり、蓮は後方へと加速する。

 後転を強いられた蓮は、そのまま地面を転がっていく。しかしすぐに姿勢を制御し、後退を五メートルほどに留めた。

(は? 今、何が?)意味がわからず、元いた場所に視線を向けた。アキナがいた。蓮に向かって振り切った左脚を引き戻すところだった。

 蓮が混乱を深める一方で、アキナの周囲にぼんやりと黒色の何かが現れ始めた。次第に実体化し始めて、完全にアキナに定着する。

(堕天使をやった時と同じ格好だよな? 何だ? いったい何が起きている?)

 アキナの身体は、頭と手以外、漆黒の鱗に覆われていた。そして、事態はそれに留まらなかった。

 ぐっと、アキナは両手を真っ直ぐに伸ばした。するとそのすぐ前に、幅の狭い白い筋が生じた。アキナは手の甲を合わせて、それを広げるかのように内から外に動かす。

 筋は菱形に形を変えた。アキナは右手をその内に差し入れると、しばらくしてから引き抜いた。何かを掴んでいる。蓮はそれを凝視する。

 暗黒色の兜だった。上部には二つの角のようなものが見られる。額には太陽を模したような紋様があり、そこはかとなく不気味な血の色だった。

(あの兜……。さっき夢で見た、鳥形の光に包まれてた奴が被ってた……)

 蓮が想起していると、アキナはおもむろに兜を身につけた。

 刹那、アキナの頭部を中心に、漆黒の波紋のようなものが発生。水平の軌道で、三百六十度全方向に伝播する。

 蓮はとっさに右手で受けた。邪悪な波動はぴたりと止まり、円周上のあちこちにひびが入った。すぐにばらばらと黒色の破片が地に落ち始めて、波動は消失した。

 驚愕しつつも蓮は、アキナに目を遣った。クウガの手前で仁王立ちしており、兜の奥の赤い眼は蓮を見据えている。佇まいは恐ろしく不吉で、グラウゼオ戦の時以上の闇を湛えていた。

「アキナ! 聞こえるか! もう敵はいないんだ!」

 蓮は悲壮な思いで叫んだ。しかしアキナに届いた様子はない。

(くそっ! 戦うしかないのかよ)蓮が焦燥を深めていると、アキナの臍のやや前辺りに、黒色の渦が生じ始めた。直径は一メートルほど。

 次第に中央へと収束していき、人の頭ぐらいの大きさの黒球になった。クウガの白黒自在モノクロリバティーに形状は近いが、忌まわしさは比べものにならなかった。

 球はするすると地に落ち始めた。アキナの左脚が唸りを上げて、黒球を恐るべき速度で蹴る。

 黒球は瞬時に爆裂。漆黒の奔流が解き放たれて、蓮を襲った。

 水流のような軌道を描き、必殺の一撃が蓮に迫る。蓮は横に跳んで躱した。すぐさま視線を戻し、アキナを止めるべく走り始める。

 しかし、ぞくり。後ろに異様な気配が生じて、蓮は振り返った。避けきったはずの黒流が、再び蓮へと迫ってきていた。

(自動で俺を追ってくるのか?)蓮が戦慄していると、背後から物音がした。とっさに振り返るとアキナが一足飛びに迫ってきていた。右足を前に向け、蓮に蹴りを見舞う算段のようだった。

 蓮は全力で跳躍。斜め後方に大きく跳び上がりつつ下方を確認する。

 アキナは、自らが生み出した奔流と正面衝突していた。黒色半透明の流体に埋もれて、その全身がほとんど視認できなくなる。着地した蓮は、恐ろしい思いで趨勢を見守っていた。

 黒流が途絶えてアキナの姿が現れた。蓮はアキナに視線を注ぐ。

 一見して、アキナの身体に変化はないようだった。だが異変は頭部に起きていた。角は以前より伸びており、今やアキナの頭部とほぼ同じ長さだった。

 さらに額。太陽の紋様があった箇所には、一つの眼が生じていた。形状、大きさは人間のそれだが、瞳は血赤色で異常なまでに血走っている。無作為にぎょろぎょろと動いており、蓮の脳裏に「魔眼」という語がよぎる。

(どんどん禍々しく……。アキナ、君はいったいどうなって──)

 憂慮していると、再びアキナの前に黒渦が姿を現し始めた。

(同じ攻撃! 回避するか? でもまたアキナが吸収して……)

 蓮が思考を巡らす一方で、またしても渦が球体に変貌を遂げていた。額では依然として、魔眼が不気味に躍動している。

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