第15話
15
(避けない! 消滅させる!)覚悟を決めた蓮は、クウガの時同様に龍爪掌の左手と牛舌掌の右手を組んだ。
アキナが黒球を蹴った。球が爆ぜ、邪悪な何かが放出される。一瞬遅れて蓮も白龍を生み出し、即座に射出した。
二人の中間地点で黒流と白龍が激突。周囲に衝撃波を撒き散らす。すぐに双方とも宙に溶けるように消失した。
間髪を入れずに蓮は地を蹴る。三発目を撃たせる前にアキナを止めたかった。
魔眼が赤く輝く。(身体が──)蓮の全身は固まり、すぐに動くようになる。
アキナが目の前に来た。滑るような挙動だった。身体を横に倒し、顔面目掛けて右足を振るう。
反応は追いつかない。顎に蹴撃をもらう。ぐんっと後方への力が加わり、蓮は勢いよく吹っ飛んだ。
地面を五、六度跳ねてから、蓮は止まった。致命傷とまではいかないが、損傷は決して小さくなかった。
(一瞬硬直したせいで対応が遅れた! 時を、止めてる? あの眼の力なのか? そんなでたらめな!)
狼狽える蓮に構わず、アキナは跳んだ。低い軌道で宙を行き、跳び蹴りを放ってくる。
蓮は右手を構えた。アキナの脚が迫ると、その側面を上腕で捉えて逸らした。
アキナ、蓮のすぐ後方に着地。蓮はすばやく向き直った。全力で四肢を駆動し、しゃがむアキナに向かって手を伸ばす。狙いは頭部。邪悪を湛える兜をどうにかしたかった。
しかしアキナの対処は速い。起立姿勢に戻りつつ、振り返る勢いを利用して左足で薙いでくる。
瞬時に読み切り、蓮は左脚を地に滑らせて低姿勢になる。アキナの後ろ回し蹴りを掠めるに留めた。
(好機!)蓮はすぐさま身体を起こし、兜へと右手を持って行く。
だが、蓮の動きはまたしても止まった。なんと、兜の後方に魔眼が移動しており、蓮を凝視していた。
(なっ!──)驚愕する蓮にアキナは肘を打ち下ろす。蓮は回避も叶わず、ゴガッ! 額に痛打を食らってしまった。
脳が揺らされ、蓮はよろめいた。しかしアキナに容赦はない。先ほどとは逆足、逆回転で回し蹴りを撃つ。
(ぐあっ!)脇腹にもらった蓮は、何の抵抗もできずにすっ飛んだ。
十メートルほど行きようやく止まった。蓮は腹部に激痛を感じながらも、どうにか立ち上がった。視線の先ではアキナが、感情の読めない佇まいで蓮を見つめていた。
(アキナを助けたい。でもあの魔眼は厄介だ。──どうする)
蓮は丹田呼吸をしつつ、目を閉じて瞑想する。するとすぐさま瞼の裏に、夢で見た
龍の目が輝く。蓮は啓示を得る。ただちに目を開くと、両眼に何かが漲るのを感じた。
(向こうが魔眼なら、こっちは
己自身を探究していると、アキナが駆け始めた。凄まじい速度で接近してくる。
蓮はアキナを強く見据えた。カポエイラの技だろうか。アキナは頭から飛び込んできた。しかし、龍眼が発動する。
アキナが左にスライドした。明らかに人間の動きではない、不可思議な変位だった。
蓮は右へと踏み込む。最小限の動きで頭突きから逃れ、蓮は手を伸ばした。兜まであとわずか。
しかし蓮は硬直し、アキナには触れられない。またしても魔眼の力だった。
アキナが真横を通過した。それを見届けた蓮は、静かに分析を始める。
(龍眼の機能は、視認したものの瞬間転移、か。方向は三次元全方位。移動先で物体が重なった場合は、転移した物体が元あった物体を押して場所を変えさせる。距離は……全力で行使しても二尺〈約六十センチ〉。一見地味な力だけど、高速戦闘の最中にそれだけずらせれば御の字だ!)
希望が生まれた。蓮は両手を龍爪掌にし、白色の光を纏わせる。アキナの兜を排除するために、射程距離を伸ばしたかった。
今度は蓮は、自分から打って出た。アキナからローキックが来るが、すうっと引いてすれすれで回避。間髪入れずに左手を下ろし、蹴り脚を払いのける。
アキナに隙が生まれた。すかさず蓮は右手を突いた。狙いは当然、アキナの兜。
もう少しというところで蓮は身体が動かせなくなる。だが(想定内だよ!)蓮はアキナに龍眼を適用。蓮に向かって転移させ、固まったまま、右手での兜への接触に成功する。
触れたところから、兜が消え始めた。すぐにアキナの頭部が現れる。どういうわけか目は閉じられていた。
(アキナ……)眠っているかのように穏やかなアキナの表情に、蓮は胸を締め付けられるような思いになる。
アキナを助けたかった。今回のような不条理な出来事から離れて、心穏やかに生きていってほしかった。
自己犠牲的な生き方をしなくても良い、アキナがアキナらしくいてくれれば、それだけでみんな幸せなんだよと、わかるまでずっと、ずっと伝え続けたかった。
蓮が感慨を覚えていると、腿に打撃が来た。アキナが放った膝蹴りだった。蓮は再度吹き飛ばされるが、受け身に成功してこれまでより早く体勢を整えられた。
(もう一歩! もう一歩なんだ! 限界を超えろ! 俺!)
己を鼓舞した蓮は、力強く踏み込んだ。一直線にアキナに向かって走り寄る。兜はすでに元に戻っていた。
魔眼が光った。蓮は固まった。アキナの蹴りが来た。龍眼でアキナを後ろにやった。
蓮の腹にアキナのつま先が刺さる。蓮はわずかに呻く。だが後方への転移が奏功して、大した威力はなかった。
しゃにむに蓮は前進する。アキナは右足を大きく上げると、踵落としを撃ってきた。
今度は避けなかった。脳天にとてつもない衝撃がきた。
(がはっ! けどこれでっ!)
吐血しつつも、蓮は全身全霊で地面を蹴った。踵落としの軌道は上から下。食らってもアキナとの距離は離れない!
左手を突き込んだ。右腕で逸らされた。右手を突き込んだ。首を振り避けられた。龍眼発動。アキナはわずかに横に転移し、兜が蓮の手に触れる。
兜が消え始めた。一瞬遅れて蓮は、左手をアキナの背中に回した。抱きしめるような格好だった。
「もう大丈夫だ。大丈夫なんだよ、アキナ」
めいっぱいの愛情を込めて、蓮はアキナに語りかけた。自分の何を捨ててでも、アキナに言葉を、想いを届けたかった。
みぞおちに激痛が走った。一秒も経たないうちに同じ箇所に痛みが生じる。ムエタイの首相撲の要領で、アキナが連続で膝蹴りをしてきているのだった。
「追手が来ようが関係ない。俺は、俺だけは、ずっとアキナを守る。ずっとアキナのそばにいる」
膝は人体の中でも鋭利な箇所である。ゆえに膝蹴りは、射程距離こそ短いが威力は極めて高い。
恐ろしい痛みに気が狂いそうになりながらも、蓮は決して、絶対にアキナの頭から手を離さない。
やがて、アキナの兜が完全に消えた。次に蓮は、アキナの肩に優しく触れた。
蓮はすぐさまアキナの様子を確認した。外傷はなく、呼吸も穏やかだった。
(……終わった、か。いや何も終わっちゃあいない。すべてはこれからだ。でも、良かった。本当に良かった)
深い安堵に包まれた蓮は、ふうっと大きく息を吐きだした。
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