第8話
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蓮がクウガにやや遅れて駆け出すと、ヘリガが蓮に向き直ってきた。己の相手を見定めた蓮はヘリガに迫り、制止する。
ヘリガは右腕を伸ばし、牽制するかのようにレイピアを揺らめかせている。迂闊に間合いに入り込むと、瞬時に刺突が飛んできそうな雰囲気だった。
(これは試合じゃない。紛れもない殺し合い。──怖い、恐ろしい。だけどここで退くわけにはいかない!)
恐怖を頭から振り払った蓮は、おもむろに一歩踏み込んだ。案の定、ヘリガは鋭く突いてきた。
蓮は無理やり身体をねじった。レイピアが左腕を掠め、道着が破れる。
(痛っ!)未経験の痛みに、思考を持っていかれそうになる。
だがどうにか堪えて姿勢を戻し、円軌道の歩法でヘリガの後ろに回り込んだ。
ヘリガはすばやく一歩退いた。そのまま左手を腰に持っていき、シュッと何かを抜き放った。
不意を衝かれた蓮は、慌てて右手を振り下ろした。
手の外側に刃物が当たり、打ち払いは成功した。だがまたしても鋭い痛みが蓮の思考を埋め尽くす。
反射的に蓮は大きく後退した。ヘリガが抜いたのはレイピアより短いダガーだった。その腹には蓮の血がわずかに付着している。
(くっ、よりにもよって二刀流かよ。一本の剣を相手にしたのもほぼ初だってのに。……勝てるのか)
弱気になる蓮の視野に、氷の礫を周囲に張り巡らせたアキナの横顔が入ってきた。戦闘中にも拘わらず、蓮は目を引かれる。
戦の場のアキナは真に凛々しく、強い覚悟が体中に漲っていた。未知数の能力を使う相手に一歩も引かずに、不退転の決意でもって戦っている。
(あれが武人。力の有無は問題じゃない。大事な人を守るために自分の命を張る。世俗の人とはあまりにも違う人間の在り方だ)
隙を感じたのか、ヘリガは小さくて軽快な跳躍をしつつ接近してくる。
(俺がやられたらこいつはアキナかクウガに行く! 二人とも余裕綽々ってわけじゃない! こいつは俺が倒す! 二人の力になるって決めたんだ!)
意思を固めた蓮はヘリガをきっと見据えた。丹田を意識しながら、大きく力強く深呼吸をする。
レイピアでの刺突が頭に飛ぶ。蓮は右腕を刀身に添えて、上方に逸らした。レイピアを制する腕を左に切り替えて、空いた右肘で脇を狙う。
ヘリガはダガーで即応した。肘とダガーの持ち手がぶつかった。ギッと小さく音がする。
蓮は右足を軸に回転。ヘリガの後ろを取って自らの左腿を持ち上げ、背中を爪先で突くように蹴る。
一瞬、ヘリガは「く」の字になり、すぐに前へと転倒していった。二メートルほど行ってから地面に手を突いて立ち上がる。
(いける! 剣が相手でも問題ない! いくら殺傷能力が高くても、全部躱せば全くの無意味だ! そして絶対に全部躱してみせる!)
己を鼓舞した蓮は、追撃をすべくヘリガに歩み寄る。ヘリガはレイピアを半円軌道で振ってきた。
しかし蓮は前に遣っていた左足を、地面をすうっと滑らせた。両脚が前後に開くとともに蓮の姿勢は低くなり、レイピアは髪の数本を切り落とすに終わる。
蓮はそのままヘリガの左手を捩り、右足を引っ掛けて転ばせた。ヘリガは肩から落ちていき、受け身も取れずに地面に激突。
ヘリガの硬直のスキを突き、蓮は素早く二本の剣を奪い取った。右足にレイピア、左手にダガーを持ち、両方をヘリガに突き付けた。
(よし、制圧完了! やればできるよ、俺! あれ、でもこの後どうする? まさか殺すわけには……)
蓮が逡巡していると、ヘリガが酷薄な微笑を浮かべた。ぞわっと悪寒が走った途端、凄まじい風が無防備な連を襲った。
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