並行世界の地球にて

あつしじゅん

第1話

 

 とある並行世界の地球。そこは、不思議な進化を遂げた場所だった……。。


 

 登校時間ギリギリに、学ランを着た、目鼻立ちのくっきりした少年が額に汗をかきながら走っている。学校指定の白い肩掛けカバンが大きく揺れて、何度も肩に食い込んでいる。

 颯爽と校門をくぐり、素早く靴と上履きを入れ替え、競歩で廊下を歩き、階段を上がり、自身の教室へ到着。後ろの扉をそっと横に引き静かに入る。すでにクラスメイトと担任は揃っていて、みんなが少年を見る。

「おはようございます」

 少年が発した言葉に、メガネ女子の担任が、ゆっくり時計を見てから返答した。

「おはよう、寝子島(ねこしま)君。遅刻ではないが、もう少し余裕を持って登校し給え」

「はい、分かりました」

 担任は、満足気に頷くと、手で座るように促した。

 寝子島は、一番後ろの真ん中の席に静かに座った。すると、左横から可愛らしい声がした。そこには、セーラー服のよく似合う少女がいた。

「おはよう、寝子島君」

 寝子島が思いを寄せる転雲子(てんくもこ)だった。雲子は、色白で線が細く儚げな少女で、何かと寝子島に頼ってきた。最初は面倒だった寝子島も、今は積極的に雲子を面倒見ている。

「おはよう、転さん」

 寝子島は、少しはにかみながら挨拶をした。さらに、右横からも声がかかった。

「お前はいつもギリギリだな。ギチギチ」

 親友の蟷螂田鎌雄(かまきりだかまお)だった。名は体を表すではないが、その通りその姿はカマキリだった。その姿になってからは一日中、鎌をギチギチしている。

「ああ、朝早めに起きてもいつもギリギリになっちゃうんだよな~」

「昔からお前はそうだよな。ギチギチ」

「ま、性分ってやつだ」

 そう言って、一時間目の数学を鞄から取り出した寝子島だったが、転さんの表情が曇っていることに気づいた。

「転さん、具合でも悪い?」

 転さんは、静かに首を横に振って、ポツリと言った。

「私、明日なんだ」

 最初、何の日かと思った寝子島だったが、すぐに周りを見回してその言葉を理解した。

 ちなみに、周りの例としては、前の席の委員長が水槽の中で優雅に泳いでいたり、その前の席の虚洲健太(ウロスケンタ)は下半身馬上半身は人間。外では、昨日までいじめられっ子だった寺野がティラノサウルスに変わっていて、いじめていたメンバーを追っかけ回している。すでにクラスの半数以上がこんな状態だった。

「そうか、つい転さんも十五歳になるのか……」

「うん、私は何になるかわからないから不安で……」

 寝子島は、雲子の憂いを秘めた瞳にドキドキしながらも、慰めの言葉を掛ける。

「大丈夫、みんな一年間はこうなるんだから。何になっても仲間だよ」

「ありがとう。なんか安心した」

 そう言って、雲子は微笑みを返したのだが……。



 翌日、珍しく早めに教室についた寝子島だったが、雲子の机に虫がいて、後ろ足で器用にテニスボールを転がしているのを発見する。

「も、もしかして。転さん?」

 雲子は、弾かれたようにこちらを見て答えた。

「お、おはよう寝子島君」

 どこから声を発しているのかわからないが、確かに雲子の声がした。

「う、うん、おはよう」

 それは、スカラベ、もしくはタマオシコガネと呼ばれる虫。つまり、フンコロガシだった。

「私、どうしたら良いのかしら……ううっ」

 声をつまらす雲子に、寝子島はかける声も見つからないでいると、雲子が急に囁いた。

「実は私、寝子島君、あなたのことが好きなの」

 寝子島は、あまりの状況と急展開にめまいを覚えた。だが、そんな心情と裏腹に、口をついて出た答えはしっかりとしたものだった。

「ありがとう、君がどんな状況でも、僕が何に変わっても、必ず君を守るよ!」

 その言葉を聞いた雲子は、頬を赤らめ(寝子島視点による)嬉しそうにより一層早く、テニスボールを転がすのだった。



 放課後、二人は初めてのデートをするため、公園へ向かっていた。

「寝子島君、重くない?」

「大丈夫、転さんの鞄のほうが重いくらいだよ」

 寝子島は、右掌に雲子とテニスボールを乗せ、左手に二人分の鞄を持って歩いていた。雲子が、夕日に煌めいている。

「それならよかったわ」

 そうこうしていると、学校にほど近い“新化公園”についた。公園には遊具が一通り揃っており、大抵が小学生に占拠されていた。そんな中、一つだけあるベンチが空いていたので、そこに座ることにした。

 寝子島は、そっと雲子とテニスボールを自分の横に置き、自分もゆっくりと座った。そして、寝子島が雲子に唐突に切り出した。 

「……実は僕、明日なんだ」

「そ、そうなんだ」

 当然、寝子島の明日というのは“進化”のことだった。

「不安だけど、大丈夫。約束は守るよ……」

 しかし、その答えに雲子は答えなかった。気づくと、テニスボールを残して雲子は消えていた。

 寝子島は、焦って辺りを見回すと、ベンチのすぐ横に雲子がいた。雲子が向かう先には、カリントウ状の物体が落ちていた。

「だ、駄目だよ!」

 寝子島は、急いで雲子を取り上げた。

「は、離して! 転がさないと!」

「しっかりしろ! 君は人間なんだぞ!」

「で、でも、今はスカラベだから」

「駄目だよ。あれは汚いよ!」

「なら、寝子島君がう◯ちしてよ!」 

 そこで雲子がハッとしてプルプルと震えて言った。

「私、なんてことを……」

 寝子島は、雲子を手の平に乗せて優しく雲子に囁いた。

「今日は、もう帰ろう」

 帰り道、二人は無言だった。



 この世界の地球人は、十四歳になると別の生物に一定期間変化するという、変わった進化を遂げていた。その変化はランダムで、予測不能。それが故に、一年で色々な物語が生まれる。



 翌朝。フンコロガシの左横の席には、雑種と思しき白黒の猫がいた。心なしか、フンコロガシの顔色が悪い。

「その、寝子島君。大丈夫よね?」

「う、うん。僕がいくら猫だからって、じゃれついたり、かじったりはしないよ」

 そう言いながらも、寝子島は、雲子とテニスボールを転がしたくてたまらなくなっていた。

 目は完全に彼女たちをロックオンし、左右に揺れている。手も振りかぶったり引っ込めたり忙しい。

「そうだよね。信じてる」

「だ、大丈夫さ!」

 とは言ったものの、寝子島の目は転がるボールと転がす雲子に釘付けだった。

「も、もちろん! せい! あ!」

 一瞬のことだった。寝子島は反射的に、テニスボールへ猫パンチを繰り出していた。テニスボールはもちろん、くっついていた雲子も吹っ飛ばされた。

「ひゃー」

 雲子とテニスボールは机から落下し、教室の木製の床に落ちた。

「ごめん! 大丈夫?」

 と言いながら、寝子島は弾むボールへ右左とパンチを繰り出し止まらなくなる。

「ちくしょう! 止まらない!」

 暫くテニスボールと楽しく遊んだ寝子島は、あることに気づく。

「あ! 転さん!」

 転がっている雲子に、心配そうな顔の寝子島が走り寄り……猫パンチ。

「ひー」

 転がる雲子、追撃する寝子島。このままでは雲子の命が危ない。そこで、担任が入ってきて二人をつまみ上げる。

「早く席につけ」

 担任は、寝子島の背中に雲子とテニスボールを乗せた。寝子島は、雲子の机にテニスボールと本人を乗せると、自分の席にふさぎ込んだ。

 数学、国語、理科、社会と、時間は進んだが、その間に二人が話すことはなかった。ただただ、水槽の委員長が水の中で器用にノートをとっていた記憶しか、寝子島には残らなかった。

 


 その日の一時間目は体育だったが、いろいろな生物に分かれているので、半ば自習に等しい状況だった。

 水棲生物はプールでひたすら泳ぎ、昆虫は天敵同士を分けて虫かごに入れられ、他の生物は、肉食草食大きさ等で分けられて校庭で自由に遊んでいる。

 寝子島は、サッカーボールを転がしながら、女子側の虫カゴを遠目に見ていた。すると、豆柴の犬田が話しかけてきた。

「どうした、浮かない顔して?」

 寝子島は、手を止めて犬田の方を向いた。犬田は舌をちろりと出し首を傾げていた。寝子島は、事の顛末を犬田に話した。

「なるほど。それを挽回するには、良いところを見せるしかないな」

「具体的には?」

「うーん、ピンチに陥った彼女を助けるとか……そこんところは自分で考えてくれ。じゃ!」

 面倒くさくなった犬田は、他の犬仲間の方へ走って行ってしまった。

(うーん、どうすればいいのか……)

 寝子島は、箱座りで遠くの虫かごを眺めながら考え続けたのだった。



 時は流れ、体育祭の日になった。未だに寝子島と雲子は、よそよそしい関係にあった。

 雲子はあれ以来、身内の人が送り迎えをするようになり、寝子島と話す機会も減っていた。しかし、寝子島は、体育祭こそ何かチャンスが有るのではないかと睨んでいた。

「おう、寝子島。乗せてってくれ」

 隣席の蟷螂田が、自慢の鎌をギシギシ言わせながら体を反らせた。その背中には、赤組を示す食紅が塗られている。寝子島は、ハーネスのような形で、タスキを掛けている。委員長は、小さな赤白帽をきつそうに装着していた。つまり、種類ごと状態ごとに分けて赤色の物を身につけている。

「わかった。乗れよ」

 寝子島は、ストンと蟷螂田の机上に降り立ち彼を乗せてから、一瞬だけ雲子の方を向いた。

 雲子は、寝子島を避けるようにテニスボールの影に隠れた。明らかに寝子島を避けている。

 寝子島は、いたたまれなくなり、その場を逃げるように後にした。


 競技は、十五歳の動物生徒だけ分別され、普段の体育の授業のように種別に行われる。だが、玉入れだけは人間を含めた組別の合同で競技を行うことになっていた。なるべく共通の思い出を共有すべきという教師の心遣いによるものらしい。

 寝子島は、その玉入れにこそチャンスがあると見込んでいた。どういうことかというと、雲子の今の状態ではまともに参加できないだろうが、元来頑張り屋の雲子はなるべく参加しようと試みる。それにより、競技中に踏まれそうになったり、玉と間違われて投げられたりと、危険が迫るのではないかと考えたのだ。つまり、犬田の言っていた彼女のピンチを救う作戦が実行可能なわけである。 

 そして、三分の二が人間、残りの三分の一が色々な生物で構成されているカオスな開会式も滞り無く終わり、いよいよ各競技が始まった。

 徒競走では、他の組のライオンに犬田が喰われかけ、大玉転がしではティラノサウルスの寺野が大玉を噛み割ったりと多少のハプニングが起こったものの、それ以外は恙無く進んだ。そして、寝子島にとって正念場の玉入れが始まる。


 全員参加の玉入れは、開会式以上に混沌としていた。なぜなら、各種の動物が大小構わず、玉入れのカゴの前に一同に集結しているからである。そんななか寝子島は、雲子にほど近い場所に陣取り様子をうかがっていた。

「寝子島、チャンスなんじゃないか?」

「いいとこみせろヨ。ギチギチ」

 背中を包帯でグルグル巻きにされた犬田と、その背中に乗る蟷螂田が話しかけてきた。

「ああ、わかっている。というか、お前噛まれていたけど大丈夫なのか?」

 犬田は、“わん”と一声高い声で鳴くと、

「問題ないぜ。元気だけが取り柄だワン!」

「そっか、ならよかった」

 若干の緊張があった寝子島は、二人の友人の励ましにより緊張が解けた。と同時に開始のピストルが鳴る。

 各チームが目の前のカゴに対し、一斉に玉を投げる……と思いきや、満足に玉を投げられる人材が殆どいないため、えらく低レベルな争いになった。しかし、そんな中で躍進したのは白組だった。なんと猿が二匹もいたのだ。猿二匹は小気味よく玉をカゴに投げ入れ、赤組と青組に大差をつけていく。

「勝負にならんな。ギチギチ」

 蟷螂田が、玉にじゃれている犬田の上で独りごちる。

「そうだな……いや、待て」

 玉入れも終盤に差し掛かった時、ティラノサウルスの寺野が一声嘶くと、玉を鼻頭で集めて一気に口に含む作戦に出た。

「そんなのありかワン!」

 驚愕する犬田を横目に見ていた寝子島があることに気づく。雲子がいない。

 不安げに辺りを見回す寝子島だったが、すぐそこでテニスボールを転がしていたはずの雲子が影も形もない。だがそこで、もしやと見上げた先にあった寺野の口の横から、赤い玉に混じって黄色い玉が零れ落ちた。

 何も考えず寝子島は走った。校庭の砂利を蹴立て、小さな砂煙を上げて、大きくジャンプ。そして、テニスボールから剥がれ落ちてきた雲子を肉球で包み込みながら地面に不格好に着地した。

「あ、あ、うえ~ん。怖かったよ~」

 寝子島の肉球の上で泣く仕草をする雲子。

「良かった、間に合って」

 寝子島は、溜息を付きながら安堵した。そこへ、犬田と蟷螂田が駆け寄ってくる。

「大丈夫かワン?」

「ああ、ギリギリセーフにゃ」

 寝子島が、笑顔で答える。

「ありがとう寝子島君。グスン」

 そう言いながら雲子が、寝子島の背にカサカサと登る。

 その日は、久しぶりに二人で仲睦まじく下校したのだった。



 やがて雲子が元の姿に戻った。クラスの半数近くが人間に戻っている。しかし、寝子島は、まだ猫のままだった。

「寝子島くん、ほ~らほら」

 昼休み。猫じゃらしを持ったクラスの女生徒が、寝子島を囲んでじゃらしている。

「クソッ! じゃれたくないのに!」

 初めこそ乗り気だった寝子島だが、さすがに毎日はキツくなってきていた。

 こういう時は、図書委員をしている雲子の所に逃げるのが通例となっていた。

「隙あり!」

 寝子島は、口で女生徒の持っていた猫じゃらしを次々に口にくわえて、脱兎のごとくその場から逃げた。

 教室を出て素早く生徒の足元を縫って廊下を駆け、階段を駆け上がり、図書室へ駆け込んだ。そして、入ってすぐのカウンターに雲子を発見。カウンターに飛び乗り、彼女の膝の上に下り、丸まって不貞寝を決め込む。

「また、じゃらされたの?」

「……うん」

 雲子は、それ以上何も言わず、寝子島を撫で続けた。



 更に時は過ぎ、寝子島も元に戻った。今日も仲良く二人で下校する。

「来週の連休どこか行こうか?」

「うん」

「どこか行きたい所はある?」

「どこでもいいよ。寝子島君となら」

「わかった、考えておくよ」

 そう言った時、二人の足元にサッカーボールが転がってきた。その方向を見ると、夕日を背に公園でサッカーをしていた少年達がこちらに手を振っている。

 雲子が、そのボールに後ろ向きに跪き、足を掛けようとした。

「まだ、癖が抜けないの?」

 寝子島が優しく雲子の肩に手をおいてフンコロガシだった時の癖を知らせる。

「またやっちゃった」

 雲子が恥ずかしそうに頭を掻きながら立ち上がる。その時に雲子の足がボールに当たり転がった。

「せい!」

 寝子島がそのボールにじゃれつく。それを見た雲子が笑いながらボールを拾い上げて少年たちに投げ返した。

「……面目ない」

「お互い様」

 二人は見つめ合い、暫く笑った。



 



                                 (終)


                                                    


 






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