その2

 神妙な面持ちで、マシューはフィリップの家の玄関に向け、段を上がる。扉を前にしてマシューは大きく息をついた。思い返せば、狩りで帰れなかった仲間の家に行くときも、いつも同じことをしていた気がするな。まったく、何年たっても俺は変わらんな。そんなことを考えて少し気を紛らわせたマシューは、意を決したように扉を三度ノックした。


「ごめんください、猟師のマシューです。娘さんの件で伺いました」


 声をかけるとすぐさま扉の向こうから、男の声ではい、と返事がくる。おそらくフィリップだろう。普段の来客と変わらない声の調子のように、マシューには聞こえた。

 すると扉が小さく開き、中から彫の薄い顔の、マシューと同い年くらいの男が顔を見せた。彼の年恰好に親近感を覚えたマシューは、同輩として話を聞いたほうがいいかもしれない、と考えた。マシューはその男と目を合わせると、深く頭を下げた。


「はじめまして。この度はこのようなことになって……」

「ええ……話はハンスじいさんから聞いてます。家長のフィリップです。さあどうぞ、あがってください」

「どうも。あと差し支えなければ、うちのせがれとパトリックの息子も来てるので、この二人も一緒に話を聞かせてもらっていいだろうか」

「ええ、構いませんよ。どうぞ」


 フィリップは悲しげな様子をいささかも見せずに、一行を家の中に招き入れた。さすがに客を前にして露骨に暗い顔はできないか。その複雑な気持ちを、マシューは彼なりに感じ取った。そして促されるままに、家の中に足を踏み入れた。

 クマヨシとアランもフィリップに頭を下げると、マシューに続いた。




 フィリップの家の中はほとんどマシューのそれと変わりなかった。扉から入ってすぐに居間があり、奥や右手にいくつか他の部屋に続く扉がある。もっとも、野っ原のど真ん中に立っている民家は、どこも同じような間取りなのだろう。

 マシューたちが入ると、勝手仕事をしていたフィリップの嫁が振り向き、こちらに挨拶をした。おそらく彼女が娘の喉を縫い合わせた本人だろう。やはりというかなんというか、目がうつろでひどくやつれているように見える。そして部屋の奥からは、小さな子どもたちらしき騒ぎ声が聞こえてくる。

 フィリップが、部屋の真ん中にあるテーブルを差し、座るように促した。クマヨシとアランが椅子を運んできて座り、マシューも続こうとしたその時、ふと後ろの壁に鮮やかな桜色のワンピースがかけられているのに気づいた。幼い子たちのものにしては大きいし、母親が着るにしてはかなり派手なように見える。


「あの服は……」


 マシューが玄関を背にするように椅子に座って聞くと、フィリップは静かに答えた。


「ええ、お察しのように、一番上の娘の形見です。あの子のお気に入りで……。弔いの時もあれを着せてやりたかったんですが、神様のもとに行くには少し派手すぎるって、牧師さんから言われましてね」


 フィリップは小さく笑いながら言った。そのきれいな空色の瞳は、心なしかうるんでいるように見えた。

 マシューの娘、ミカの瞳は父親譲りの暗いブラウンの瞳だった。もしかしたら、マノンの瞳も父親譲りの空色だったのだろうか。もしそうだったのなら桜色のワンピースとは双方の色を引き立たせ、より魅力的に見えたことだろう。

 ――願わくば、こんなことになる前に一度会ってみたかったものだ。

 若者二人もワンピースに視線を向け、ひどく切ない顔をしている。どうやら思うことは同じらしい。それにふたりとも若い分、より強くそう思っていることだろう。

 だが、いつまでもそんな思いにとらわれているわけにはいかない。マシューは気持ちを切り替え、優しくもはっきりとした物言いでフィリップに言った。


「それじゃフィリップ、単刀直入に聞くが、事件のあった日のことを聞かせてほしい。話せる範囲で構わない」

「はい、それでは……」


 そう言ってフィリップは、事件当日のできごとを話し始めた。


「あの晩は家族みんなでこの部屋にいたんです。そこでみんなでたわいのない話をしたりして……そうしたらマノンが裏口から離れのトイレに向かったんです。私は用心のために、そこの裏の窓からマノンがトイレに入っていくのを見ていました。そうしたら、玄関先の鶏が突然騒ぎ出して……」

「娘さんが離れてから鶏が騒ぎ始めた、ということか」

「ええ。なので私は妻と子どもたちに見張りを頼んで、ナイフを手に鶏小屋に向かったんです」

「鶏小屋の状況はどうだった?」

「確か……二、三羽ほどやられていましたね。他の鶏も血を浴びて真っ赤になっていました」

「……というと、つぶされていたのでなく刃物か何かで切り裂かれていたと?」

「はい。今思えばそんな気もします」

「そのやられた鶏は、まだ残っていますか?」

「いえ、もう処分してしまって」


 マシューは残念に思った。もしかしたら鶏の傷から犯人の得物を絞りこめたかもしれなかったからだ。


「わかりました。では続けて」

「それで不安に思ったので物置のあたりを見回っていたんです。そしたら家の中から、一番下の娘の叫び声が聞こえて、家に戻って話を聞いたら『おねえちゃんが狼にもっていかれた』って……」


 話を続けるうちに、フィリップの言葉は震えていった。このままでは冷静な証言が聞けなくなるかもしれない。マシューはフィリップに落ち着くための時間を作るため、妻にも話を聞くことにした。マシューは極力刺激しないように、フィリップの妻には丁寧な言葉で話しかけることにした。


「なるほど……ありがとう。奥さんはその時、何か見られませんでしたか」

「えっと、私は特に……」

「末の娘さんと一緒にいたのでは?」

「あの子が叫んではじめて一緒に窓の外を見たので。でも私が見た時にはもう……」

「では末の娘さんが叫ぶまで、何かをしていたんですか。旦那さんの話では一緒に見張っていたとのことでしたが」

「あっ、そうです」


 フィリップの妻は言うと、言葉が続かなかったのかしばらく口を開けてから、ゆっくりと話し始める。


「その時、何か物音がしたんです。それで不安になってそこの窓を覗いて……」


 そう言って彼女はマシューの左側の壁にある換気用の小窓を指した。とはいっても天井に近い場所にある窓なので、フィリップの妻の身長を考えると、おそらく椅子に上って覗いたのだろう。


「その時ほかに何か見たり聞いたりしませんでしたか。あとは匂いとか」

「いえ、物置の屋根と家の屋根の間の壁に作った窓なのであまり見えなくて。それ以外も、特に……」

「ちょっと、窓の外を見てもいいですか」


 フィリップの妻が、はい、答えたその時。

 奥の部屋から女の子の騒ぎ声が聞こえた。おそらく末娘の声だろう。元気な子だ。それを聞いてフィリップの妻は、奥の部屋に歩いて行った。静かにさせるためだろう。


「すみません、うるさくて……」

「いえいえ、おかまいなく」


 マシューは窓に近づき、背伸びをして天板をあげ、その向こうをのぞいた。確かにフィリップの妻の言う通り、見えるのは物置の屋根だけだ。

 ただマシューは少し気になっていた。この窓から物音がしたということは、犯人は物置の天井に登って家の裏手に向かったと考えていいだろう。フィリップが物置の周りを見ても犯人の姿を見なかったわけである。

 となると、犯人は鶏をおとりに使ったり、人間の動きを先読みしたりする程度の知能はもっていることになる。

 だがそれだけではふりだしから一歩も進めていない。正直なところ、もう少し手掛かりが欲しい。

 マシューはフィリップに向き合うと、頼むように言った。


「……あの、もしよろしければ娘さんにも話を聞かせてくれませんか」


 だがフィリップの答えには、明らかにため息がまざっていた。


「いや……実はあの日以来、あの子は少しおかしくなってしまって……」


 と、その時だった。


「痛い、痛い、やめて!」


 奥の部屋から母親の横をすり抜けて、半泣きの声で男の子がこちらに向けて走ってきた。そしてその後ろを、もう一人の子どもがシーツを被って追いかけていた。

 シーツの下から聞こえてくる声は、女の子の声だ。男の子はおそらくフィリップの息子だろう。そうなるとシーツを被っているのが、末の娘だろうか。

 女の子は男の子に追いつくと、何やらうなりながら何度も頭をたたき始めた。


「こらっ、やめなさい!」


 しかし、フィリップが叱るのも聞かずに、女の子は叩くだけでは収まらず、うずくまった男の子の上に馬乗りになって、何度ものしかかりはじめた。


「すみません、こんなところを見せてしまって……」

「いえいえ……」


 マシューはこの様子を、女の子がかんしゃくを起こしているだけの、よくある光景だと思っていた。自分にも娘がいることもあって当初は元気な子だ、とのんきに見ていたマシューだったが、次第にその顔から笑顔が消えていった。じゃれあって遊んでいるだけとも思えない、どこかいびつで、おかしなものを感じ始めていた。

 そうしているうちに女の子の暴力はさらにエスカレートし、男の子の髪をひっぱり、ひきずりはじめた。男の子はあおむけになって女の子の手をつかみ、泣き喚いている。女の子の唸り声は、どんどん大きくなる……。

 異様な行動のその本当の理由に気づいた瞬間、マシューの背筋は凍った。


 この子は、自分の姉が連れていかれる瞬間を再現しているんだ。


 小さい子どもは、自分が大きな衝撃を受けた経験を『ごっこ遊び』として再現することがあるという。それは自分の身に起きたことを『ごっこ遊び』という嘘としてなんとか処理しようという、一種の防衛行動であった。

 目の前で自分の姉が得体のしれない者に暴力を振るわれ、暗闇の中に引きずられていく。……幼いこの子の目には、その光景がどれほど恐ろしいものに映ったことだろう。

 この子からは、話を聞く必要はない。もう十分だ。


「やめなさいと言ってるだろう!」


 フィリップは一喝するように言いながら、女の子のかぶっているシーツをひっぺがす。その中では女の子が、父親に強く言われてびっくりしているのか、目を真ん丸にしてポカンと口をあけて立っていた。

 女の子の姿が見えた瞬間、クマヨシが、


「あっ!」


 と小さく言った。


「本当にすみません、あの日以来ずっとこんな調子で……」

「いえ、元気な子にはよくあることです、仕方ないでしょう」


 フィリップとマシューがそんなやりとりをしている横から、クマヨシが女の子に手を振った。


「おーい、覚えてる?ほら、おっきなお兄ちゃんだよ!」


 だが女の子はうつろな目でクマヨシたちを見つめるだけだった。

 クマヨシの奴、どこかでこの子に会ったことがあるのか……?そうマシューが思った、その時だった。


「ギャーッ!」


 今までぼんやりとマシューたち一行を見つめていた女の子が、突然顔をゆがませ、ガラスも割れそうな甲高い声で泣き叫び始めた。まるでふたたび、あの夜の悪夢を目の当たりにしたかのように。

 あまりのことに言葉を失うマシューたち一行をよそに、女の子は父親の胸に顔をうずめ、頭を撫でられながらひたすら泣き続けていた。


「……すみません、今日のところはこれくらいでいいですか。私も家族も、もう少し時間が必要みたいです」


 涙交じりのフィリップの言葉に、マシューは小さくうなずくことしかできなかった。




 家を後にしようとするマシューたちを、フィリップは娘を妻に預けて見送りに来てくれた。フィリップは扉を閉めると、マシューのほうを向いて頭を下げる。


「今日は、本当にありがとうございました」

「いやいや。もうしばらくは家の周りを調べようかと思う。また何かあったら言ってくれ」

「はい、娘のために、ここまでしてくれるなんて……」

「おたくのほうこそ話をしてくれてありがとう。辛い思いをさせてしまったかもしれないのに」


 マシューはフィリップに手を差し出す。フィリップもその手をつかみ、ふたりは固く握手を交わした。するとフィリップの眼から、ポロポロと涙が零れ落ちた。この涙は家族には見せられまい、ずっとそう考えてきたのだろう。


「安心してくれ、俺にも……」


 ここまで言いかけて、マシューは言葉を止めた。俺にも娘がひとりいる。だからあんたの気持ちだってよくわかる。犯人はかならず見つけ出してその罪を償わせるから、あとは俺たちに任せてくれ。そんなありがちな台詞を、マシューは慰めの言葉にかけようと考えていた。この時までは。

 そんな言葉が、いったい何の慰めになるというのか。フィリップは自分の娘がさらわれた場所から十メートルと離れていない場所にいながら、何もできなかったのだ。彼は何度も悔いたことだろう。何度も自身を責めたことだろう。その心中を察すると、どんな言葉でもむなしいもののように思えてくる。


 マシューは左手をフィリップの手に添え、両手で包み込むように握った。励ましになれるようなことは、このくらいしかできない。あんたは強い男じゃないかもしれんが、それでも一家の長ならば、残された家族のためにもどうか強く生きてくれ。

 握った手に思いをこめると、フィリップも強く握り返した。そして顔をあげると、ふり絞るように声を出した。


「マシューさん、ひとつ頼みがあります」

「なんだ」

「私も、夜回りに参加していいですか」

「でもあんた、まだ喪に服してないと……」

「あなたやほかの皆さんがこうして戦っているのに、私だけこんなことをしているわけにはいきません。私は……自分の手でこの件を終わらせたい」


 声を震わせ、睨むようなまなざしで訴えるフィリップの姿に、マシューは人の強さを見た。この男はけじめをつけようとしている。自分の守るべき家族を守れなかった、自分自身に対して。これはフィリップ自身の、一世一代の決意だろう。

 そして、そのような男の決意には、何人たりとも口出しはできない。


「……よし。ハンスじいさんの水車小屋はわかるな?」

「はい」

「夕方になったらそこに夜回りの連中が集まる。ただ強制はしない。もし辛ければ、無理せず全部俺たちに任せて、体を大切にしてくれ。家で家族を守るのだって、亭主の大切な務めだ」

「本当に、どうもありがとうございました」

「それじゃ、またな」


 マシューは励ますようにフィリップの肩をたたくと、鶏小屋の前にいる若者ふたりのもとに歩いて行った。ふたりとも一足先に挨拶を済ませて鶏小屋の調査にむかっており、互いにああでもないこうでもないと話をしている。

 そんなふたりに、マシューは声をかける。


「アラン、普通の人間でも小屋の上に登れそうか?」

「ええ、小屋には建付けを丈夫にするために斜めの筋かいが入ってるので、そこを足場にすれば……」


 言いながらアランは筋かいに足をかけ、まるで猿のように小屋の天井の端をつかんで登って見せる。


「動けるやつなら誰でも登れると思いますよ。でも小屋自体もそこまで丈夫な訳でもないので、逆にオークみたいに体が大きいと登ったところで壊れちゃうかもしれませんね」

「ありがとう。ところで物置の上には何か見えるか?足跡とか」

「ちょっと見てみます」


 そう言うとアランは、かがんだ姿勢のまま小屋の木の枠を通って物置の上に進んでいった。その間マシューは、クマヨシにフィリップの末娘のことを尋ねた。


「ところでクマヨシ、この家の子のこと、知っていたのか」

「うん。教会に本を読みに行くと、いつも中庭で遊んでいたんだ。たぶんお母さんの買い物の待ち時間だったのかも。人懐っこい子でね、よく一緒に遊んでたんだけど……まさか僕のことを見て、あんなに怖がるなんて」

「仕方ないさ、この事件であの子も傷ついてるんだ。俺たちにできるのは、事件を解決することだけだ。それがあの子の慰めになるかは、わからんが」

「どうかあの子が、もとの明るい子に戻れますように……」


 元気のない声でそう言うと、クマヨシは小さく十字を切った。クマヨシにも心を開いてくれていた子だけあって、大きなショックを受けているようだ。

 その時である。


「マシューさん!見てくださいこれ!」


 物置の上から声がしたと思うと、続いてアランが鶏小屋がきしむのも構わず急いで飛び降りてきた。

 その手には、なにか毛玉みたいなものが握られている。


「屋根の端にひっかかってたんです。手掛かりでしょうか」


 マシューはそれを受け取ると、指先でつまんでじっくり見つめた。毛は灰色で、人差し指の先から第二関節くらいの長さのものがひとかたまりになっている。


「狼の毛だな。それも年季の入ったやつの、か……?」


 手触りは生きた狼のそれと違ってパサパサしている。それが年老いた狼のものだからなのか、それとも抜けて時間が経っているからなのかはわからない。

狼なら小屋の上に跳ぶこともできるが、あの末っ子がしたように叩いたりひきずったりするだろうか……?だとしても、これが貴重な手掛かりなのは間違いない。


「アラン、これ以外に何か見つかったか?足跡とかは?」

「いえ、特にありませんでした」

「わかった、ご苦労さん。ほかに何か手掛かりがないか探そう」


 続いてマシューたちは実際の誘拐の現場である家の裏手に回った。もしかしたら足跡でも残っているのではないかと思ったが、残念ながら裏手は草原であるために一面草が生え、足跡のできる環境ではなく、わずかに草の生えていないところにも足跡はなかった。

 その後一行はトイレや家の周りもくまなく探し回ったものの、結局手掛かりになりそうなものは狼の毛以外見つからなかった。

 一通り探し終えたころには、もう太陽は西側に傾きかけていた。マシューは天を仰ぐと、シャツの袖口で汗をぬぐった。


「このあたりが潮時か……」


 小さくそうつぶやいたマシューのもとに、近づいてきたのはアランだった。おそらく土がむきだしの地面もはい回って探していたのだろう、藍色のデニムの膝は土埃で白くなっていた。


「マシューさん、自分そろそろ戻ります。あまり遅く帰ると、また親父になに言われるかわからないので」

「ああ。おかげで助かったよ。膝が白くなるまで手掛かりを探すのにつきあってくれて、どうもありがとう」

「はい、でもあの姿を見てたら、自分も本気でやらないといけないと思いまして」


 アランはそう言いながらふり向き、家の側に目をやった。マシューも続いて見てみると、クマヨシが大きな体を動かして、せまい家の床下から塵まみれになりながら這い出てきていた。


「クマヨシさんも、あの家の子となんらかの関わりがあったことは、なんとなくわかります。村の人たちもみんな、顔には出さなくても事件の犯人を恐れています。この事件が本当にたくさんの人に影響を及ぼしていると考えると、自分も何かしないとって思えてきて」

「気持ちはよくわかる。でも忘れないでほしい、君は君のできることをしろ。俺は俺のできることをする。人それぞれ、できることにも限界があるんだからな」

「はい」


 返事をしたアランの目を、マシューは信頼のまなざしで見た。同じまなざしが、彼の目から返ってきたような気がした。


「それじゃ、父さんにもよろしくな」

「いや、それはやめておきます。それでは」


 アランは挨拶をすると、床下からはい出てきたばかりのクマヨシにもひとこと告げてから、来た道を戻っていった。

 マシューは、アランが最後に残した言葉が気になっていた。パトリックは人を貶すようなことを本人の前でさえ平気で言うような男だ、おそらく家族の前でも平気でそのようなことを言っているのだろう。現にアランも、家では言い争いが起きてると話していた。だが逆に、外では他人をごみのように扱いながらも、家族の前ではまるで聖人のようにふるまうような奴もいる。そのような者のことも考えると、はたしてマシなのはどちらだろうか。

 しかし、そんな不毛な考えは芝生の上に座りこむクマヨシのそばに着いたときには、もうどこかにふきとんでいた。


「ご苦労さん」

「結局あまり手掛かりは見つからなかったね。この後どうしようか?」

「そうだな……俺たちも一度家に帰るか。飯を食おう」

「うん!」


 クマヨシは巨体に似合わずすばやく立ち上がり、体の塵を落とした。

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