第16話 天空絡繰ノ塔

 剣華は乾き始めた手拭いを桶に汲んだ水で絞り直し、『かりん』の小さな額に乗せてやった。

 剣華が目を覚ましてから一日半が立ち、すでに新たな朝を迎えていた。障子越しに差し込む淡い陽光が、未だ眠ったままの『かりん』の青白い顔を照らしている。

 剣華の顔には疲労の色が濃く見受けられた。

 しばらくして、眠気に耐えられなくなったのか、うつらうつらと舟を漕ぎ始めた剣華であったが、四半刻ほどそうした後、不意に瞼を開いて立ち上がった。

 部屋を出て、廊下を進む。その足取りは力強く、またいつの間にか顔から疲労の色は消え、代わりに強い気迫を漲らせていた。


(お前の仇は、必ずおれが取ってやる。無論、父上や一族……そして、かりんの仇もだ)


 やがて玄関まで歩いてきた時、ぬっと土間の方から大きな人影が現れ、剣華の前に立ち塞がった。


「剣華か。どこに行くつもりや」


 御頭であった。

 六尺を越す御頭の顔を見上げながら、剣華は言い放つ。


「そこをどいてくれ」

「聞いておるやろう。どこに行くつもりやと」

「どこでも良いだろう」


 ぶっきら棒に言って巨体の脇を抜けようとする剣華の行く手を、大きな腕が通せんぼする。


「奴の拠点に、仇を取りに行くつもりか」

「そうだ。分かっているのなら、なぜ邪魔をする」

「行けば、間違いなくおのしが死ぬと分かっておるからや」

「それでも!」


 剣華は声を荒げた。


「それでもおれは行く! 分かっている。おれはまだまだ弱い。行けば、今度こそ本当に死ぬかもしれぬ。だが、それでも戦わねばならないのだ」


 御頭の腕をすり抜け、剣華は式台を降りて戸口を開けた。


「待てと言っておるやろ」

「待たぬ」


 にべもなく応え、石畳を歩き出した剣華へ、御頭は笑うように言った。


「何も、行くなとは言っておらんやろ」

「……どういうことだ?」


 思わず立ち止まり、振り返った剣華。その視界に、いつの間にか御頭の背後にいた者たちの姿が映った。

 常盤、真鶴、一右衛門、珠藻――すなわち、今いる御庭ノ者たちが勢ぞろいしていた。


「これは……?」


 目を丸くする剣華に、御頭は告げた。


「剣華、おのしはもう旅の武芸者やない。御庭番の一員や。おのしには共に戦う仲間がおる」

(仲間……)


 その言葉に、なぜか剣華は胸の奥が熱くなるのを感じた。

 御頭は玄関脇に立てかけてあったあるものを掴んだ。槍か薙刀の類であろうか、棒状のそれは布で包まれ、長さは二丈を越している。それを肩に伸せると、御頭は先陣を切って大股で歩き出した。


「皆の衆、出陣や」







「ほんに、勘弁かんにんしてほしいどす」

 御城の内濠に沿って歩きながら、何とも大儀そうに溜息を吐き出す女の子がいた。

 口ぶりは大人びている割に、背丈は四尺四寸(1メートル33センチ)をやっと超えたところ。歳は十を少し出た程度であろうか。腰まで伸びる長い黒髪は清流のように滑らかで、顔立ちは幼さを残しつつも怖ろしいほど綺麗に整っている。

 身に着けているものは白い小袖に緋袴。手には神楽鈴を持ち、頭には花簪を挿している。

 何とも愛くるしい小さな巫女であった。


「つい昨日の夜まで、京におったんどす。江戸からどんだけ離れとる思うとんやろ。なんぼ特注の絡繰四輪に一晩乗っとるだけや言うても、あないな速さで街道を爆走しはったら、眠るどころやない。酔いで死にそうどす」


 小さな頬を膨らませ、ぶつくさと不満を呟きながらも、彼女は時折立ち止まっては記号と文字の書かれた紙――呪符を内濠へと投げ入れていく。不可思議なことに紙は水に濡れることなく、淡い光を放ちながら水面で静止した。

 やがて二里もある内濠を一周回り終えると、小さな手で器用に印を結び、またそれを素早く組み替えながら、呪文を唱えた。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」


 内濠に浮かぶ呪符が一斉に淡く輝いた。しかしそれも一瞬のことで、気付くと呪符が無くなっていた。まるで何事も無かったかのように、静かな水面が朝日を反射している。

 彼女は疲れ切った顔で額の汗を拭った。


「はぁ、しんど。随分ときばったわ。しばらく休ませてもらいやす」







 大川に架かる吾妻橋を渡り向島へと至った一行は、支流である源森川の土手道を行く。左手には、御三家水戸藩の二万三千坪もの広大な蔵屋敷があった。

 やがて辿り着いたのは、小梅村と呼ばれる長閑な田園地帯であった。風光明媚なこの村は、大名や豪商の寮や隠居所が多く、行楽の名勝地としても知られている。


「あれや」


 御頭が立ち止まった。

 土手からおよそ半町離れたところに、木々に鬱蒼と囲われ、一軒の素朴な屋敷が建っていた。


「本当にこんなところに居るの?」


 珠藻が疑わしげに言う。


「外に見えとるのはただの隠れ蓑やろう」


 御頭はそう応じ、警戒する様子も無く正面から屋敷へと向かっていく。

 突然、大地が鋭く鳴動した。かと思うと屋敷の地面が割れ、中から何かが現れる。


「ななな、何ですかこれは!」


 真鶴が驚愕して、いつもの三割増しの大声を張り上げた。

 それは杭状の巨大な物体であった。先端で屋敷を粉微塵に破壊しながら、地上へせり上がっていく。


「おいおい、何だよこりゃ? 層塔か……?」


 一右衛門が見上げて声を漏らす。

 層塔とはその名の通り、屋根が幾重にも重なった塔のことで、三重塔や五重塔のような仏塔が有名であろう。杭状の物体、すなわち相隣と呼ばれる部分の下から次々と笠が現れ、さらに上層部を押し上げていく。


「まさか、こんなものが地下に隠れていたとは……」


 剣華も驚きを隠せない。

 ようやくにして揺れが収まった時、それの頂点はすでに御城の天守の高さをもはるかに越えていた。

 全部で九つの層を持ち、目算で三十五丈(約100メートル)にも達する層塔であった。


「どうやらお待ちのようやな」


 御頭が四百坪ほどはあるだろう塔の地上部をさした。そこには大きな門扉が設えられており、歯車の回転音を奏でながら、今まさに開け放たれようとしているところであった。


「恐らくは罠でございましょう。いかがいたしますか?」


 常盤の問いに、御頭は毅然として言った。


「望むところや。あそこから乗り込む」


 一行は門扉から真正面に塔内へと立ち入った。







 絡繰月影が編み出した層塔型絡繰要塞『天空絡繰ノ塔』

 ――その頂上。


「ふはははは! まんまと余の誘いにかかりおったわ。しかも、まさか全員でのこのこやって来るとは、思っていた以上に愚かな連中であったぞ」

衣冠に身を包んだ男の高笑いが、天空へと響き渡った。

「ついに、ついにこの時が来た」


 男は眼下の江戸城へと視線を向け、それから瞳に憎しみと歓喜の色を浮かべて宣言する。


「余が、真の将軍となる日が」







――天空絡繰ノ塔・第一層。

 剣華は迫りくる量産型絡繰武者『足軽長柄兵』の一団へ猛然と躍り掛かった。

 一丈半はあろうかという長槍を身軽に回避し、鉄をも斬り裂く峻烈な一閃を繰り出す。先頭にいた長柄兵の身体が胴部で真っ二つに切断され、それぞれ床に転がった。

 さらに疾風となって跳んだ剣華の斬撃が、次なる長柄兵の両腕を一刀のもとに斬り落とす。腕を失った長柄兵は身体の均衡を無くして倒れ込んだ。

 そのすぐ隣で、常盤が二刀を舞うがごとく振り回し、長柄兵を容赦ない斬撃で残骸へと変えていた。

 だが、両の壁を反転させて、長柄兵が次から次へと姿を現す。


「ちっ、きりがねぇぜ!」


 一右衛門が弾丸を連射しながら舌打ちした。長柄兵の額が寸分の狂いなく撃ち抜かれる。だが、痛みを知らない絡繰人形は、頭を撃ち抜かれた程度では動きを止めることはない。


「任せるですよ!」


 真鶴の大声が聞こえるが早いか否か、彼女の小さな身体が猪のごとく疾駆する。迸る〝気〟を掌底に乗せて先頭の一体にぶつけると、後ろの数体を見事に巻き添えにして十間ほども吹き飛ばした。


「先に進みましょう。まともに相手をしていては、陽が暮れてしまいます」

「待て、御頭がいないぞ?」

「本当です!」

「放っとけ。どっかではぐれちまったんだろ。あの御頭のことだ、心配するこたぁねぇ」


 一右衛門の言葉に従い、一行は倒れた絡繰武者を踏み越えて、奥へと伸びる廊下をさらに突き進む。やがて上層へと続くと思しき階段を発見した。

 傾斜が急で、一直線に長い階段を一気に駆け上がった。

 ――天空絡繰ノ塔・第二層。

 付近に上層へと続く階段は無い。どうやら再び廊下を通って、階段を探さなければならないようであった。


「面倒な構造してやがるぜ」


 一右衛門が忌々しそうに吐き捨てる。

 第一層と同様、一行は疾風となって、迫りくる絡繰武者を蹴散らしながら進んでいく。

 そのとき、背後から凄まじい速さで駆けてくる一団があった。

 量産型絡繰武者『騎馬兵』

 絡繰馬に跨った兵たちが、一斉に押し寄せてくる。絡繰馬は重量も速さも本物の馬のそれを遥かに凌駕しており、怒涛のごとき足音に床が激震する。踏み潰されたら一たまりも無いであろう。


「くそっ、さすがに逃げきれねぇぞ!」


 一右衛門が馬の脚を狙い、肩越しに銃を撃ちながら怒鳴る。


「迎え撃つしかない」

「多すぎるですよ!」


 剣を構えて立ち止まった剣華に、真鶴が声を張り上げる。


『ここはわらわに任せよ』


 朗々とした声が響く。さぁっと周囲に冷たい風が吹いたような心地がして剣華が振り返ると、そこに巨大な狐がいた。見事な金色の毛並みに、九本の立派な尾。


「な、何だこの狐は……?」

「珠藻が正体を現したですよ!」


 驚愕する剣華に、真鶴が教えてくれる。


「た、珠藻だと?」

『そなたらは先に進むが良い』


 九尾の狐は鋭い視線で襲い来る騎馬兵を見据え、威厳に満ちた声で言う。


「だ、だが」


 剣華は躊躇する。この狐が珠藻であるということは俄かには信じがたいが、もし本当であるとしたら、一人残して先に進むというのは気が引ける。


「任せるですよ!」


 剣華の手を真鶴が引っ張った。


「真鶴の言う通りでございます。珠藻なら心配はございませんから、わたくしたちは先に進みましょう」

「……分かった」


 常盤にも説得され、剣華は踵を返して走り出す。

 一人残された珠藻は鋭い牙を口の端から見せ、可笑しそうに笑った。


『ふふふ、一人にならねば、そなたらまで巻き添えにしてしまいかねぬからのう』







――天空絡繰ノ塔・第四層。

 四層目まで駆け上がって来た剣華たちは、広々とした空間に出た。

 普通の建築物の数階分はあろうかというほど、天井が高い。今までの層とは異なり、階段はすでに見える場所にあった。部屋の中心、螺旋状に上へと伸びる階段である。


「ここから上るですよ!」


 駆け出す真鶴。一右衛門が声を張り上げた。


「あぶねぇ!」


 瞬時に銃口を真鶴から数尺ほどの距離に向け、発砲。真鶴を狙って飛んできた弾丸が、一右衛門が撃った弾丸で弾き飛んだ。


「また来ます!」


 常盤の叫び声とほぼ同時、上空から次々と銃声が響く。

 天剣神術第肆式――『甲羅』

 剣華は肆式『甲羅』を発動し、銀色の盾で咄嗟に常盤と自分の身を隠す。真鶴と一右衛門は即座に横転して弾丸の雨を回避。剣華の盾まで退避してくる。

 量産型絡繰武者『足軽鉄砲兵』

 どうやら円形の壁の至る所に配備されていたらしい。豪雨のような弾丸に晒されて、剣華たちは身動き一つできない。


「四人もいちゃ、さすがに動けねぇ。だが、ちいせぇお前らだけなら、身を守りながら階段を上れるだろ」


 一右衛門が珍しく真剣な声音で言った。


「何のつもりだ?」

「お前らだけで先に進めってこった」

「ふ、ふざけるな。そんなことをしたら、お主は蜂の巣になってしまうだろうが」


 剣華が睨むと、一右衛門は不敵に笑って、


「けっ、天下の一右衛門様を舐めんじゃねぇぜ。弾丸なんて、避ける方法はいくらでもあらぁ!」


 一人、弾丸の雨の中へと飛び出していく。


「阿呆!」


 そう叫んだ剣華だったが、驚くべきことに一右衛門は右へ左へと獣のように走って弾丸を回避、さらには二丁の銃を撃って撃って撃ちまくる。

 一右衛門流銃技――『銃弾ノ凶雨』

 銃弾の雨と雨が交錯する。引き金を引く瞬間どころか、弾倉を交換する瞬間すらも黙視できない恐るべき早業で、一右衛門はたった一人で何十体といる鉄砲兵と互角の撃ち合いを演じていた。


「とっとと行きやがれ! そこにいると邪魔なんだよ!」

「わ、分かった!」


 一右衛門の声に急かされ、剣華たちは『甲羅』の盾で身を守りつつ、螺旋の階段を駆け上がった。






――天空絡繰ノ塔・第六層。

 剣華の放った剣閃が、長柄兵の一体を袈裟懸けに斬り裂いた。さらに間髪入れず横薙ぎの一閃で別の兵を破壊し、飛翔。天井を蹴って飛び、銃声を響かせようとしてい鉄砲兵を一刀の元に斬り伏せる。

 剣華の背後で、絡繰武者を蹴り飛ばしながら真鶴が叫ぶ。


「頂上はまだですか!」

「外から見た限り、全部で九層ありましたから、この層を入れてあと四層あります」


 常盤が応じると、真鶴はなぜか興奮した様子で言う。


「まだそんなにあるですか! 早く頂上に行きたいですよ! 江戸の街を見下ろしてみたいです!」

「お主、目的を履き違えておらぬか?」


 剣華が半眼を向けると、図星であったのか、真鶴は目を泳がせて、


「だ、大丈夫です! 物見はあくまで二の次ですよ!」

「真鶴、今は任務中です。二の次も何もありません」


 常盤が厳然と窘めると、さすがの真鶴も反省して大人しくなった。

 剣華、常盤、真鶴の三人が辿り着いたのは、網目状に鉄棒が張り巡らされた空間であった。下は鋭い剣山が生えそろい、落ちるとただでは済まないだろうと思えた。入って来た扉が独りでに閉じ、閉じ込められる。


(来る!)


 剣華の鋭い感覚が殺気を察知した。

 細い鉄棒の上を造作も無く駆け近づいてくる影を発見する。一つだけではない。二、三、四……全部で五つ。

 一様に黒い装束に身を包んでいた。手足が異様に長く、蜘蛛のように低い姿勢。

 天剣一族を滅ぼしたあの忍であった。

 無論、同一の者たちであるかは分からないが、剣華の内から急速に怒りが膨れ上がる。


「ここはおれに任せてほしい」


 そう告げて、剣華は前に出る。

 四方から飛んできた手裏剣を躱して鉄棒の上へと着地した剣華は、最初に飛び込んできた忍の斬撃を天剣で受け止めた。激しい剣戟。厳しい足場にも関わらず、剣華は相手を圧倒して喉笛を斬り裂いた。

 息つく暇もなく、背後から放たれた別の忍の剣閃を後ろ手で捌くと、身を翻して胴薙ぎの一打。ほぼ同時に蹴り飛ばして下へと叩き落とすと、三人目と剣を交えつつ後退、そこへ四人目が投げ付けてきた手裏剣を剣で弾く。それが五人目の額に直撃する。

 最初に首を掻き切ったはずの忍が、何事も無かったかのように戦列へ加わってくる。さらに蹴り落した忍も、長い腕で鉄棒を掴むと、山猿のように身軽に跳んで手裏剣を投げてきた。

 参式『変幻』を発動。剣華の周囲に螺旋の剣閃が巻き起こる。

 参式ノ極技――『蜷局とぐろ

 鉄の棒すらも斬り裂きながら、剣の舞が忍の全身を容赦なく斬り刻む。

 だが、忍たちは止まらない。


「分かっているぞ。どういう理屈かは知らぬが、貴様らはこれくらいで死なぬと」


 剣華は壱式『閃耀』を発動、一人の忍の腹に切っ先を突き刺すと、そのまま吹き飛ばして壁へと縫い付けた。即座に駆け寄り、弐式『万鈞』へと変じた天剣の超重量の一撃を、その額に叩きつける。

 痛々しい破砕音が響き渡り、忍の頭から胸にかけて完全に倒潰する。中から血や脳漿とともに、極小の歯車や螺子などが飛び散った。


「絡繰……?」


 驚愕する剣華に、頭を潰されたはずの忍が出鱈目に刀を振り回し襲い掛かってきた。

 剣華は振り降ろされた一刀を半身で躱して一閃、刀とともに忍の右腕が飛ぶ。そのまま背後から蹴り飛ばすと、忍は真っ直ぐ落ちて行き、下の剣山に深々と突き刺さった。それでも、ぎこちない動きで手足を動かし続けている。


「貴様らは人間ではなかったのか?」


 剣華の問いに、忍の一人が抑揚のない声で応じた。


「その通りだ。我らは絡繰人間である」


 絡繰人間――すなわちそれは、その身の一部を絡繰化した人間のことであった。浅井月影が死の間際まで研究を続けたという、最悪の絡繰の一つである。


「絡繰、人間だと……? だから、まるで痛みを感じぬのか……」

『左様。我らはとうに痛覚を失っている。ただ、死ぬまで任務を全うするのみ』


 四人は傷ついた身体で襲来する。全身を絡繰化されて痛覚は無くとも、少なからず支障は出るらしく、動きに鈍さが目立つ者もいた。

 二人の忍の両側からの斬撃を素早く跳躍して回避すると、空中で身を反転させ、上の鉄棒を蹴って最後方に居た忍に突進。そのとき、いつの間にか剣華の手から天剣が消えていた。好機と見た忍が、向かい来る剣華へと刀を振り降ろす。

だが、その一刀は激しい金属音とともに虚空で弾かれた。

 天剣術式第陸式――『虚空』

 剣華がすでに発動していたのは、天剣を透明化させるという神術。

 剣華は巧妙な構えで太刀筋を悟らせない。まるで先読みができない神出鬼没の剣閃は忍を圧倒し、瞬きする間に首を斬り飛ばした。

 首を断ち切られたにも関わらず、まだ絡繰人形は動きを止めない。下に突き落とすことで、剣山の餌食とさせた。

 残る三人の忍が一度に掛かってくるが、剣華は毒塗りの刀を冷静に捌いていく。足場にも慣れてきた剣華は、視認不可の剣で忍の頭部を執拗に狙った。首を切断し、思考を奪った忍から順に剣山へと落としていく。

 やがてすべてを仕留めた時、剣華は再び殺気を感じ取った。見上げると、またしても忍が五人。


「加勢いたします」


 常盤が身軽に鉄棒の上を駆けてくる。剣華と常盤が迎え撃とうとすると、


「待つですよ! ここはぢるーに任せてほしいです! 心配しなくても大丈夫ですよ! こいつらやっつけたら、すぐに追いかけるですから!」


 真鶴がどこか得意げにそう宣言した。


「よし、任せた」

「任せます」


 すぐに駆け出す剣華と常盤。真鶴は愕然としたように目を見開いて、


「ちょっ、それだけですか! もう少し心配してくれてもいいですよ!」

「自分で心配しなくて大丈夫と言っただろう?」

「い、言ったですけど! 確かに言ったですけど! うわわっ!」


 忍と真鶴の交戦を後目に、剣華と常盤は先へと進んだ。

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