第6話 吉原遊郭

「まったく二人とも! この件は後で、ぢるーから御頭に報告しておくですよ!」


 旗本奴との一悶着の後、一向は逃げるようにして広場から去り、神田川に沿って八ツ小路と呼ばれるところまでやって来ていた。

 南側には日本橋に通じる大きな通りが伸び、北側には筋違御門と神田川に架かる筋違橋が見える。他にも駿河台や小柳町に通じる道など、計八方への分かれ道があることから八ツ小路と呼ばれているここは、言わば交通・物流の要所であった。そんな多くの人々が行き交う場所のど真ん中、真鶴は剣華と一右衛門に力強く忠告した。


「ぢるーたちは隠密ですから、目立つことは避けないといけないです!」

「つか、お前の声が一番目立つっつーの」


 冷水売りの中年男が、変わった三人組を胡乱げに見て通り過ぎていく。一右衛門の言い分はもっともであった。


「あれ、どこ行くですか一右衛門さん! 駕籠はこっちですよ!」


 やがて帰りの途に付くことにした剣華と真鶴は日本橋方面に向かって歩き出そうとしたが、一右衛門はなぜか二人に背を向け、筋違御門の方へと歩を進めていた。


「ちょっと、な」

「ちょっと何ですか!」

「はっ、決まってんだろーが。せっかくここまで来てんだから、ちょっと遊んでくんだよ」

「もしかして吉原ですか!」


 真鶴が野獣のように目元を険しくした。


「吉原?」


 首を傾げる剣華。一右衛門は、ははっと笑って、


「お前も一緒に行くか? どうせまだ童貞なんだろ?」

「何の話だ? 童貞とは何だ?」

「おいおい、そんなことだから、いつまでも女みてぇな顔なんだよ」

「な、何だとっ……」

「吉原に行けば、もうちっと男らしくなるかもしれねぇぜ。この俺が、お前に男伊達ってものを教えてやらぁ」


 一右衛門は今までの覇気のなさが嘘のように、意気揚々と胸を叩いた。


「ほ、本当か?」


 剣華は思わず一右衛門の提案に飛びついてしまう。


「一右衛門さん! 剣華さんに変なこと教えちゃだめです! 剣華さんも! 吉原がどんなところか分かってるんですか!」

「ど、道場みたいなところか?」

「全然違いますよ! とにかく、剣華さんはだめったらだめです!」

「ま、無理にとは言わねぇよ。じゃあな」

「一右衛門さんも、せっかく貰った禄をお酒や女にばかり使ってちゃだめですから!」

「あいあい、分かった分かった」


 真鶴の諫めに、一右衛門はひらひらと適当に手を振って筋違御門の方へと去っていった。


(……吉原とは、一体、何なのだ?)


 一右衛門の背中を、剣華はどこか名残惜しそうに見送った。







 一右衛門は日本堤を懐手でぶらぶらと歩いていた。

 浅草寺で露天博奕をして、やくざどもに目を付けられない程度に金を稼ぎ、しばらく時間を潰してきたため、すでに陽は暮れかかっていた。

 やがて田畑の残る場所に、高い塀と堀で囲われた一帯が見えてきた。

 広大な遊郭の街、吉原だ。

 吉原は幕府が唯一公認している遊里である。

 元は日本橋界隈にあったが、明暦の大火によって浅草寺の裏にある田圃に移転。二間幅の堀で囲まれた縦百二十間、横百八十間、総坪数七百六十七坪に及ぶ場所に、数多くの遊郭が集まり、三千人を超す遊女がいた。

「く」の字型に曲がった五十間道を通り、一右衛門は吉原への唯一の入り口である堅牢な両扉の大門を潜った。侍は刀を預けて丸腰にならねばならないが、一右衛門の得物は刀ではないため咎められることはない。

 仲ノ町と呼ばれる大きな通りには、少し前まで桜の木が植えられて美しく咲き誇っていたが、今はすべて撤去されてしまっている。通りの両側にずらりと軒を連ねているのは、最高級の遊女を呼ぶための揚屋である。時刻はちょうど夜見世が始まる暮れ六ツ。三味線の美しい調べがどこからか聞こえ、通りは客で賑わっていた。

 大勢の従者を引き連れ、絢爛豪華な衣裳に身を包んだ遊女が歩いてくるのが見えた。

 花魁道中である。

 太夫など位の高い遊女が揚屋へと客を迎えに行くことを花魁道中と言うが、その際に遊女たちが三枚歯の高下駄を履き、しなを作って練り歩いていく姿は、遊郭通いの男たちにとって夢のような光景であった。

 しばしその様子に見入った後、一右衛門は真っ直ぐ伏見町へと向かう。

 やって来たのは風呂屋の作りを模した遊女屋。一右衛門はいかにも通い慣れた様子で、遊女たちが並ぶ格子の中も見ずに顔見知りの妓夫に声をかけた。


「よう、俺だ」

「へい。千早ですね」


 すぐに店の二階へと通される。そこは幅九尺、奥行二間ほどのいくつもの小さな部屋に区切られていた。

 その内の一室でしばらく待っていると、丁子の香りを振り撒きながら、すぐに千早という名の遊女が入って来た。


「一右衛門さん、またお会いできて嬉しいざんす」


 一右衛門の横に腰を降ろし、彼女は少し照れるように顔を俯けて挨拶した。


「俺もだ。お前の顔を見ると、心が休まる」


 一右衛門は破顔して、そんな気障なことを言った。

 千早は現在二十歳、元は湯女風呂と呼ばれる私娼(無許可の売春婦)であったが、一年ほど前、幕府の検挙によって強制的に吉原へと収容されてきた。

 技芸は持たぬが器量は良く、また細やかな気遣いができる女性であるが、元私娼の奴女郎ということもあって、一右衛門の他に馴染みの客はまだほとんどいない。お陰で揚げ代も安く済み、禄と言ってもその大半が酒に消える一右衛門にとっては、かなり有難かった。もっとも、博奕でいくらでも稼ごうと思えば稼げるのであるが。

 だがもう一つ、一右衛門にとって彼女を重宝する理由があった。


「千早。お前、鷲爪組って知ってるか?」

「え、鷲爪組ざんすか? はい、胡蝶姉さんから、話だけは聞いているでありんすが……」


 胡蝶――というのは、彼女の知り合いの元私娼で、彼女よりも前に幕府の検挙を受けて吉原に連れて来られたのち、人気に火がついて現在は高級遊女となった女性のことであった。昔のよしみで千早は、おしゃべり好きな彼女から色々な話を聞かされることが多いのだという。

 吉原には様々な身分の男たちが客として訪れる。そのため、遊女たちは一右衛門も知らないような江戸の街の情報を持っていることも少なくない。


「へぇ、そりゃあ、どんな?」


 千歳に酌をさせながら上機嫌に顔を赤らめていた一右衛門の瞳が、微かに鋭さを抱く。


「あまり評判は良くないでありんす。自分らのどこかずれた男伊達のあり方を、殊更に見せびらかそうとして、みんな辟易してるそうで……」


 一右衛門の脳裏に今日の男たちの姿が過る。吉原通いの客たちは、大抵が洒落た格好をしているものだが、彼らは少々異常であった。旗本奴の全盛だった何年も昔には、ああいう奇装の者も数多くいたようだが、幕府の目が厳しくなって以降、同じ旗本奴でもその服装はずっと大人しくなっている。

 そのことに「幕府など怖くない」と考える彼らの過激で反骨的な姿勢が見て取れる。


「何でも、頭目はとある大身の旗本の息子さんだそうで、四天王と呼ぶ配下を筆頭に、三百人近い手下を抱えているそうでありんす。それで……これは、ここだけの話にしてほしいでありんすが……」

「もちろんだ」


 千早の声が小さくなったので、一右衛門はぐっと顔を近づけ、耳をそばだてる。


「……どうやら、かの浅井月影さんの絡繰を方々から集めているそうで、姉さんも何度か見せてもらったそうざんす」

「なるほどな」


 加鳥竜兵衛という男だけでなく、あの桜坂二郎とやらが持っていたものも、浅井月影の絡繰遺産の一つに違いないと一右衛門は睨んでいた。月影の残した作品群には、通常の絡繰にはない一種独特な雰囲気がある。一右衛門の直感はそれを鋭敏に感じ取っていた。

 それは、一般的には絡繰拳銃と呼ばれているものであった。

 懐に忍ばせられるほどの大きさで、火縄銃のようにわざわざ火をつける必要もなく、引き金を指で引くだけで簡単に発砲することができる。さらに同時に十発もの弾丸を装填できて、連射することも可能だ。危険なために製造や所持が禁じられているものの、それでも闇市場では頻繁に出回っている。

 だが、同じ絡繰拳銃でも、浅井月影が作ったそれは、ありとあらゆる性能において段違いであった。破壊力や命中精度、飛距離、そして強度。

 しかし、一右衛門が知る限り、月影作の絡繰拳銃はたった二つしかない存在していないはずであった。


(ならばなぜ? それとも、俺の勘が間違っているのか……? あるいは、そもそも最初からもっと多く作られていたのか……)


 難しい顔をして、しばし考え込む一右衛門。

 ふと、千早が少し心配げな顔をしていることに気が付いた。


「おっと、すまねぇな。野暮なことを訊いちまった。そんな顔すんな、別に何かお前の言ったことに気を害した訳じゃねぇ」


 言いつつ、一右衛門は千早の手を握る。


「そうでありんすか。もしかして、一右衛門さんがわちきのことに飽きなんしたかと」

「そんな訳ねぇだろうが。俺はお前のことを心底、気に入ってる」

「あれ、嬉しい」

「むしろ、俺の方こそ、いつお前が売れっ子になっちまって、今みたいに簡単に会えなくなっちまうかと、気が気じゃねぇほどだ」

「また、お戯れを。わちきなんか、とてもとても」

「ったく、謙遜すんなよ」


 恥ずかしげに顔を背ける千早の肩を抱き、一右衛門はゆっくりと彼女の身体を布団の上へと押し倒した。


「布団の中じゃ、いつも本性現すくせに」





「ただいまですよ!」


 番町の屋敷の玄関で、大きな声が響いた。


「剣華さんも! 帰ったらただいまです!」

「……た、ただいま」

「声が小さいです!」

「た、ただいま!」

「大変良くできましたです!」

「……その言い方、なぜか知らんが随分と腹が立つのだが?」


 剣華たちが屋敷に帰って来た時刻は、一右衛門が吉原に着くより一刻ほど早い夕七ツ頃。夕餉の支度中か、土間の方から炊飯の良い匂いが漂ってきた。


「お帰りなさいませ」


 真鶴の大声を聞きつけたか、常盤がその土間の方から顔を出した。


「随分と遠くまで行っておられたのでございますね」

「ああ、少し絡繰遊園とやらまで」

「そうでございましたか。真鶴、剣華様は本日屋敷に来られたばかりなのですよ? ろくにお休みいただく間もなく、そんな遠くまでお連れするなど」


 年上らしく、常盤は真鶴に対して咎める風に言う。


「大丈夫ですよ! ちゃんと剣華さんから了解を得たですから!」

「……え?」


 驚いた。そんな覚えはまったくない。


「そうですか。申し訳ございません、剣華様。きっと真鶴が無理にお願いしたのでしょう」


 本当のところはお願いすらもされていない。


「我儘に付き合せてしまいまして、きっとお疲れでございましょう。湯の方が沸いておりますので、どうぞ遠慮なくお入りくださいませ」


 そう言われて、剣華は急に一風呂浴びたい心地がした。

 一端、宛がわれた一室へと戻り、寝巻用の浴衣を持って湯殿へと向かう。

 上がり場へと入ると、樹木の濃厚なにおいがした。


「良い香りでございますでしょう。檜造りなのでございます」

「そうだな」

「一たびお湯の中に身体を落ち着かせますと、それはもう極楽にございます」

「そうか。……で、常盤殿、なぜお主がここにいるのだ?」

「お風呂に入る以外、他に目的がございますでしょうか?」


 不思議そうに訊ねる常盤。


「何を言ってる? おい待て! 脱ぐな!」


 当然のごとく帯を解き始めた常盤を、剣華は慌てて制止した。


「せっかくでございますので、ご一緒させていただこうかと」

「待て待て、ご一緒させていただかなくて結構だ」

「せっかくでございますのに?」

「その意味がまず分からぬ」


 首を傾げて訊いてくる常盤に、剣華は眉根を寄せて吐き捨てた。


「せっかく女同士の交流を深める機会でございますのに、という意味でございます」

「だから、おれは女だ!」

「そう言えば、そうでございました」

「そう言えばとは何だ、そう言えばとは」

「ですが、確かめてみるまで、男の娘なのか女の子なのか、本当のところは分からないでございます」

「た、確かめる必要などない!」

「心配ご無用にございます。さすがに機能するかどうかまでは、お調べするつもりはございませんので。……もちろん、ご希望とあらばわたくしめも身体を張って――」

「張らんでよい!」


 剣華はそろそろ堪忍袋の緒が切れそうであった。それを察したのか、常盤はくすりと口元だけを器用に緩めて、


「冗談半分でございますよ」

「……冗談にしては少々目が本気に見えたが?」

「半分は本気でございましたから」

「とっとと出て行け」


 常盤を無理やり追い出すと、心張り棒で引戸を開かないよう固定した。


「まさか、あのような性格だったとは思わなかった」


 溜息を付きながら湯殿へと足を踏み入れる。

 湯殿は広々としていた。湯船も大きく、湯がなみなみと張ってある。桶で身体を流してから、剣華は疲れた身体を湯船に浸した。肩まで浸かり、「ふー」と大きく息を吐き出す。生き返るような心地。湯加減も良い塩梅であった。

 そのとき湯殿に設えられた窓から、ふさふさとした黄色い毛並みの動物が顔を出した。身軽に跳んで湯殿の中へ降りると、前脚で器用に湯の温度を確認し、ゆっくりと湯船に浸かった。

 極楽気分の剣華は気付いていない。


「……しかし、吉原というのは、一体、何だったのだろう」


 ふと剣華が天井を仰ぎ見ながら、そんな言葉を口にしたとき、


「知りたい?」


 不意に間近から声がした。驚いて視線を降ろすと、いつの間にか真横に人がいた。

 十七、八ほどの見目麗しい女人であった。

 異人であるのか、まるで絹のような艶やかな黄金の髪を湯気でしっとりと濡らし、切れ長の目をさらに細めて艶然と微笑んでいる。白粉を塗っていないにも関わらず、その肌は白磁のごとく白くきめ細かで、湯の上に見える細い肩と豊かな胸元は、思わず視線が吸い寄せられてしまうほどに魅惑的であった。


「なななっ!?」

「知りたいなら、あたしが教えてあげよっか? 今、この場で」

「ちょっ、ちょっと待て! 貴様どこから入って来た!?」


 剣華は湯殿の中で後ずさって問う。


「そんなことはどうでも良いじゃん。ね、草薙剣華くん?」


 潤った唇を妖艶に揺らし、彼女はなぜか剣華の名を口にした。


「な、なぜおれの名前を?」

「この屋敷に居るんだから、あたしも御庭ノ者の一人に決まってるでしょ?」


 屋敷どころか同じ湯船の中にいるのであるが。


「あたしは珠藻。同じ御庭番の仲間として、これからよろしくね」


 こんな場所で名乗られても、正直対処に困った。剣華は顔を背け、ぶっきら棒に言う。


「で、出て行ってくれ」

「あれ、可愛い顔している割に、案外つれないねー」


 残念そうにも、からかっているようにも聞こえる口ぶり。


「それとも、本当は女の子で、何か訳あって隠しているとか?」

「お、おれはれっきとした男だ!」

「本当? だったら、少し見せてみてよ」

「だ、誰が見せるか!」

「えー、良いじゃん、減るものじゃないしさー」


 言って、珠藻は剣華の背中に自分の身を寄せてきた。柔らかく西瓜のように大きな双丘が背中を直に刺激し、剣華の狼狽が一気に跳ね上がった。


「男の子だったら、ちゃんと大きくなってきてるよね?」


 細い指が後ろからゆっくりと這ってきて、剣華の太腿を撫でた。珠藻の唇から洩れる甘い吐息が首筋に当たり、ぞわりと全身を不思議な感覚が駆け巡る。


「吉原のこと、教えてほしいんでしょ? だったら、お姉さんが、じっくり手取り足取り教えて、あ、げ、る」

「ふ、不要だ!」


 剣華は声を張り上げ、珠藻を強引に突き飛ばす。そのとき、不意に湯殿の入り口から淡白な声がした。


「剣華様、そういうことでございましたか。わたくしとご一緒するのを拒まれたのは、珠藻と二人きりで入るためだったのでございますね」


 常盤であった。


「そんな訳があるか! って、なぜそこにいる!?」

「せめて、お背中でもお流し差し上げようかと」

「い、要らぬ! お、おれはもう出る!」

「あ、ちょっと待ちなよ。これからが本当のお楽しみなのよ?」

「やはり剣華様……」

「だから違うと言っておる!」


 剣華は持っていた手拭いで下半身を隠すと、そのまま一目散に湯殿から逃げ出した。


「まったく! 何なのだここの女どもは!」





 とある屋敷の一室で、二人の人物が向かい合っていた。

 上座に片膝を立てた横柄な姿勢で座っているのは、二十歳前後の若いやくざ侍。顔に奇怪な紅の紋様を描き、狩野派の絵画のごとく華美な黄色地に総刺繍の着物を身に着けている。

 一方、下座で対面しているのは、覆面をして黒い装束に身を包んだ年齢不詳の男。


「――という訳だ。連中に関わるようなことは、絶対にしてはならない」


 その年齢不詳の男が、まるで抑揚のない声でやくざ侍に忠告した。


「なるほどねぇ」


 やくざ侍が紅の紋様を歪ませ、不気味な笑いを見せる。


「なかなか面白そうな話じゃねぇか。ぜひとも、関わり合いを持ってみてぇ」

「……話を聞いていたか? 関わるなと言っているのだぞ。奴らこそが、我々の計画の実行においての最大の懸案事項なのだ」

「けっ、わーってるよ、わーってるって。ただ願望を言ってみただけだって。にしても、相変わらず冗談の通じねぇ奴だな。からかい甲斐がねぇ」


 やくざ侍は蔑むような目を男に向け、鼻で笑いながら言う。


「冗談など、任務遂行に不要なことだ」

「ったく。てめぇ、生きていて楽しいか?」

「楽しさも、任務遂行には不要だ』


 にべもない答えに、やくざ侍はつまらなそうに舌を打つ。


「もういい。てめぇと話してるとこっちまで辛気臭くなっちまうぜ。話はそれだけだな? だったらとっとと帰ってくれや」

「……先ほどの忠告を忘れるなよ」


 男はそれだけ言い残し、滑るような足取りで部屋から出て行った。

 その様子を見送ったやくざ侍はもう一度舌打ちしてから、配下の名を呼んだ。


「季武」

「ここに居りますわ」


 現れたのは顔に白粉と紅を塗った女装の青年であった。


「貞光が相当荒れてるようじゃねぇか」

「ええ、そのようですわ」

「くくく……まぁ、あいつは一度かっとなったら手を付けられねぇところがあるからなぁ。俺の命令を無視して、勝手な行動を取る可能性は、否定できねぇよなぁ?」

「そうなのよねぇ、困ったことに。うふふふふ」

「ひゃっはっ。なら致し方ねぇや」


 やくざ侍はそう言って膝を叩き、それから女装の青年を手招きして耳打ちする。

 話を聞き終えた青年は口元を歪め、


「あらぁ、さすがはあたしたちの頭目。最高よ。本当に楽しみだわ」

「ひゃはははははっ」


 やくざ侍は狂ったような笑い声を上げた。

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