第3話 発見

 リムニアのペットになってから三日が経った。

 ペットと言っても、なんというか普通に暮らしている。

 多少暇ではあったが、食事は持ってきてくれるし、それほど不満には思っていない。

 リムニアは寝るときに俺を抱きしめて眠るので、寝相によってはアームロックみたいな感じになって辛かったりするが、まあ問題ない。



 さて、そんなリムニアのもとで、俺はこの世界についての話を少し聞いた。


 例えば、魔法生物——縮めて魔物。

 彼らは身体を維持する為に必要なものを、マナのみに限定しているらしい。

 長い年月をかけてマナに適合していった魔物達には臓器と呼べるものがほとんど存在せず、その在りようは「意識を持って動く魔法」とも言えるのだとか。


 そんな魔物だが、当然死ぬ。

 傷をつけられればそこからマナが流出するし、マナが減少すれば身体は崩れてゆく。

 外傷でなくとも、普通の生物と同じように魔物特有の病気にかかって死ぬこともある。


 そして、それを示す事例が、今朝起きたのだった。




「スライムさん……」



 肩をがっくりと落としうなだれるリムニア。

 朝起きたらスライムが動かなくなっていたのだ。


 そもそも道端で動かなくなっていたところを何とか助けて飼い始めたようなので、肉体的にかなりガタが来ていたのだろう。


 とにかく、スライムは死んでしまったのだ。

 話は通じなかったが、多分いいやつだったような気がする。



「スライムさん、どうしたらいいんだろう……」


「あー、埋葬とか? そういう文化があるかはわからないけど」


「うーん、あまり人と関わってこなかったからその辺はわからないですね……埋葬ってどんな感じなんですか?」


「まあ、埋めるんだよ。んで、その上に墓石——目印みたいのを載せておく」


「なるほど……」



 少し考えるようなポーズを見せたあと、リムニアは、横たわるスライムの上に俺を載せた。



「こんな感じですか?」


「えっ、なんで自然な流れで俺を墓標にした?」


「目印なので、喋る方がいいかなって……」


「俺の世界にもそんなんなかったわ」



 と言ったところで、首に何かぞわりとした感触が走った。スライムは元から冷たいので載せられた時点で鳥肌が立ったのだが、それとはまた別の感覚だ。

 神経を撫でられるような不気味な感覚は、俺の額に冷や汗を滲ませる。



「ちょっ……何か首に変な感覚がっ!? 別のとこに置いてくれ!」


「えっ!? 詳しくお願いします!」


「研究してる場合じゃねーから!!」



 流石にめちゃくちゃ焦っているのが伝わったのか、リムニアは急いで俺の顔を持ち上げた。

 とりあえず助かったと安堵のため息を漏らす俺だったが、対象的にリムニアの目は大きく見開かれていた。



「な、なあ。どうした?」


「く…………」


「く?」


「くっ付いてます!!」


「ええぇぇぇ!?」



 くっ付いてるって……スライムの死体のことだよな?

 顔を動かすことができないので実際に目で見ることはできないのだが、そういえば首に感じていたスライムの冷たさが今は全くと言っていいほど存在しない。



「ちょっと詳しく見てみます!」



 その言葉とともに、リムニアの眼が淡く光った。

 俺が拾われた時に見たものと同じだ。あれは錯覚ではなかったらしい。

 それが一体何なのかを尋ねる前に、リムニアが驚愕の声を上げる。



「……完全に同化してます、これ!」


「嘘だろ!? 外せないのかこれ!」


「外せる外せないの前に、もう完全にゴクモンさんの身体の一部になっちゃってます!」



 まさに阿鼻叫喚だった。

 リムニアは慌てふためいているし、俺も内心めちゃくちゃビビってる。

 このまま首から下をスライムのままで生きていかなければならないのかと考えると……生首の時点で相当ハードモードなのであまり変わらないかもしれないな。


 なんとかリムニアを落ち着かせ、とりあえず机に置いてもらった。

 机に触れた瞬間、ぺたりとくっ付くような感覚がして、スライムの部分が完全に俺の身体の一部になっていることを理解した。

 同時に、ある考えも浮かぶ。



「これ、俺の身体の一部なら動かせるのか?」



 考えるより行動だ。

 首の下に力を込めるという、普通の人間ならほとんど経験しないであろう力み方をしてみる。



「どうだ、リムニア。動いてるか?」


「わっ、なんかもぞもぞしてます!気持ち悪いです!」


「もぞもぞ、か……手足のように動かすのは無理か」



 スライムは跳ねたり転がったりして動いていたので、動かせるなら俺も移動できるのではと思ったのだが、顔の部分の重さが入ったことで重量オーバーしてしまっているのだろう。

 身体の一部として動かせるとはいえ、これでは意味がない。

 どうせなら、もっと大きいスライムと……いや、人型の魔物とくっ付くことができればよかったのに。


 そこまで考えて、ある可能性を思いつく。



「……なあ、これってスライムじゃなくてもくっ付くことできるのかな」


「うーん……マナの流紋を見た感じ、死んだ魔法生物と一体化する魔法……なのかもしれません。もしそうだとすれば、魔法生物限定ではありますけど、スライム以外でもくっ付けると思いますよ!」


「そうか……なら、人型の魔物とくっ付けば身体を手に入れられる!!」


「人型の魔物はいませんよ?」



 ギャグみたいにズザーっと頭から滑ってしまった。

 え、いないの? 人型の魔物。



「ゴブリンとかいないのか!?」


「聞いたことないですね……」



 スライムがいるのでゴブリンみたいなのもいるだろうと思っていたのだが、そんなことはないらしい。



「人の部分がある魔物もいますけど、人と魔物の特徴を持っているタイプは人っぽい部分だけ本当にそのまま人間なんです。蜘蛛の脚を持つアラクネも、腰から上は魔法生物じゃありません」


「マジか……いや、でも蜘蛛の脚は移動に便利そうだな……じゃなくて、本当に人型の魔物っていないのか?」


「……一つ例外があります」


「例外か。どんな魔物なんだ?」


「唯一の完全人型魔法生物にして、ヴィルナローグ魔王領を統べる者——魔王イヴェリウスです」


「よっしゃ、魔王倒すぞ」


「決断早くないですか!?」


「いち早く身体が欲しいんだよ! このままじゃ人前に出られねえ!」



 魔王イヴェリウスだか何だか知らないが、俺が身体を得るための犠牲になってもらおう。



「打倒、魔王だ!!」



 そう高らかに宣言して、天に拳を突き上げようとし——手がないのを忘れて無理な動きをした為、バランスが崩れて机が揺れる。


 あっ、やばい。


 そう思った時には既に遅く、机から転がり落ち重力に引かれて床へと落下した俺は、後頭部を強く打ち付けて意識を手放してしまったのだった。

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