第2話 生首はペットに入りますか?



「ふんふんふーん」



 スキップで道を歩きながら鼻歌を歌う少女。

 上機嫌を全身で体現しているかのような行動だが、その腕には俺の生首が収められているのでサイコホラーだ。

 


「なあ、どこに向かってるんだ?」


「私の家ですよぅ、いろいろ調べてみたいので!」


「解剖はちょっとやめてほしいな……」


「しませんよっ。開いても何も分かりませんし」



 首から上だけで生きてるやつなんて、開けば色々と分かりそうなものだが……

 と考えて、自分が生首だという事実にまた気分が沈む。


 目が覚めたら生首になっていただなんて、あまりにも酷すぎる。

 生き残るために無理やり切り替えてはいるが、それはそれとして普通に辛い。

 日常生活に戻れるのか? これ。

 先程から進んでいる周囲の風景にまるで見覚えがないというのも含め、心配しかない。

 まあ、野垂れ死ななかっただけマシなのだろうか。

 今はこの少女に拾われたことを感謝するほかない。



「……なあ、名前は?」


「私ですか?リムニアっていいます!」


「リムニアか……聞かないな。どこの出身なんだ?」


「リドルフィアのアーテルーって街みたいですねー。子供の頃に村に引っ越したので、全然覚えてないんですけどねっ」


「リドルフィア……アーテルー……うーん?」



 どちらの地名にも聞き覚えはないが、多分日本で言うなら○県X市みたいなものなのだろうし、流石に外国の地名まで事細かに覚えてはいない。

 スマホがあれば検索できるのだが、残念ながら今は持ってない。持っていたところで指紋認証なので使えないのだが。



「そうだな……国の名前は?」


「ですから、リドルフィアですよっ」


「え?」


「あれっ、知らないんですか? 大国ロンディルヘイムとヴィルナローグ魔王領の間に位置する、人類の前線とも言える重要な国なんですよっ」


「待て待て待て。ロンディ……ヴィルナ……って何の話をしてるんだ?ってか、ここは日本だろ」


「ニホン?聞いたことないですね」


「いや、今喋ってる言葉だって日本語だろ……?」


「大陸標準語、ですよ?」



 ……何なんだこれ。本当に何なんだ?

 話が噛み合っていない。

 同じ言語を使っているのに、なにか致命的なズレがある。

 困惑する俺を他所に、リムニアは浮かれた足取りで歩いて行く。



「さっ、家に着きましたよー」



 着いたのは木造の家だ。お世辞にも綺麗とは言えないし、辺りには何も無い。

 かなり遠くの方に村らしきものが見えるが、それだけだ。

 殺風景な景色の中にポツンと建つ一軒の家。それがこの辺りのすべてである。



「ただいま帰りましたよ、スライムさん〜」



 スライム?

 スライムと言えば、あの自由研究で作ったり、RPGの敵として出てくるあれしか思い浮かばないのだが、人名なのだろうか。


 そう思っていた俺の前に現れたのは、緑色で半透明の謎の生き物であった。



「ヒェッ」


「生首さん、スライムを見るのは初めてなんですか? 幼体なので、危険はないですよっ」


「スライム……スライムって本当にいたのか……?」


「ごく一般的だと思いますけど……ニホン?ってところにはいないんですか?」


「いや日本じゃなくても居ないだろ……!?何でこいつ動いてるんだ!?」


「生首さんがそれを言いますか」



 いやまあそれを言われると反論できないのだが、しかし、動くスライムなんて想像上の存在だ。現実に存在するはずがない。

 俺が生首だけだってことも現実離れしていて意味がわからないのに、そのうえ想像上の生物まで出てきたら、それはもう……



「空想の世界に迷い込んだ……ってことなのか?」



 もはや、それ以外に考えられない。

 どうやら、俺は、西極国光は——別の世界に来てしまったらしい。




————————




 放心状態にも近い俺を観察するように、スライムが机に置かれた俺の周囲をゆっくりと転がるように移動している。

 別世界か、異世界か。この状況を表すのに最適な言葉は何なのだろうか。

 知らない世界に飛ばされて、しかも生首だけだなんて、あまりにも趣味が悪すぎる。


 頭の中で考えを巡らせる俺の前に、木の皿を持ったリムニアがやってきた。



「生首さんも水は飲みますよね? 食事は必要ですか?」


「どうなんだろう……腹は空いてないっていうか、腹が無いっていうか。食えなくは無い……とは思う」


「じゃあ食べさせてあげますねっ」



 そう言って、リムニアは俺の口元に切った果物のような物を運んだ。

 味は……林檎のように感じるが、今までに食べたどの林檎よりも水分がなく、甘みも少ない。

 つーかぶっちゃけ不味い。

 食えないわけじゃ無いが、自分から進んで食べようとは思えないくらいだ。


 水を飲ませてもらい、林檎と一緒に流し込む。


 さて、ここが現実の世界からかけ離れている以上、何より優先するべきは情報の入手だ。

 運が良ければ帰る手段が見つかるかもしれない。



「なあ、リムニア。ちょっとこの世界について教えてくれないか?俺、記憶が曖昧でさ」


「まっ。そうなんですか? 私に答えられることならなんでも聞いてください、生首さん!」


「あー、先ずその生首さんっていうのやめてほしいな……」



 たしかに生首ではあるけど、もっとこう、個体名で呼んでほしい。



「俺、サイゴク・クニミツって名前なんだ」


「サイゴク……あまり可愛くないですね」


「可愛くなくて悪かったな……じゃあゴクで良いだろ。あだ名でそう呼ばれてたんだ」


「ゴクもあんまり可愛くないです」


「わがままだな……まあ生首じゃなければなんでもいいよ」


「あっ、そうだ!ゴクもんなら可愛らしいです!」


「うん、あの、ゆるキャラみたいに言ってるけどそれ、俺の世界だと斬首して晒し首にするタイプの死刑の名前と同じだからやめてほしいな!!」



 名実ともに打首獄門にするのはやめてくれ……。

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