第52話 間違えないために
時を遡ること約三週間前。
俺とかつて汐見に絡んで来た三人衆のひとり、
「それで、汐見についての話って何だよ」
公園に座っているコイツに話しかけられて、汐見に関係ある話だからと頼み事をしてきたのにも関わらず、自分からは口を開かない、相変わらず失礼な態度。
そんな永田に対して俺の口調は冷たいものだった。
「ああ。だが、先に神崎奏について話を聞いて貰って良いだろうか」
「……汐見に関係あるんだな」
永田は酷く表情を歪めながら、頷き口を開いた。
嫌いな奴のそんな表情を見たからって、永田に対して同情心なんて沸かない。
そう思っていたが、あまりにも永田は思い詰めている様子だった。
自分ではダメだ。
だから、キミに頼るしか無かった。
コイツの横顔がそう言っているみたいだった。
だから、所々言葉に詰まりながらも、しっかりと口にしてくれた永田の話を聞いた。
「今、神崎がああなっているのは、僕の兄のせいだ」
神崎の纏う雰囲気がクラスの空気を悪くしている。
そして、ここ最近の神崎はいつも何かに怒っているようだった。
そう、俺に直接悪意をぶつけてくるくらいには。
「神崎は僕の兄と付き合っている、と思っているらしい」
「……思っている?」
「兄は神崎のことを都合の良い女としか見てない。けど、神崎はそうじゃない。兄と交際関係にあると思ってる」
今日、博之の彼女に聞いた話が確かなら、きっと神崎は永田兄に執着しているのだろう。
「それでも最初はなんとかなっていたんだ。別に神崎も付き合っている相手を言いふらすような人じゃないし。けど、それは去年の文化祭までだった」
――そこの、汐見さん紹介してよ。
「そこで、神崎は汐見さんを孤立させるためにクラスの売上金を、飯沢さんのロッカーに隠したんだ。それで――」
「――少し待ってくれ」
永田の言葉を遮り、俺は自分の頭に手をやる。
去年の文化祭、そこでの売上金。
俺が最初に汐見に手を伸ばしたあの日。
今まで俺は汐見を救えたことで満足していた。だから、本当は一番最初に気にしなければいけなかったことを見ないふりをしていた。
『飯沢のロッカーに売上金を忍ばせたのは誰か』
もう八か月も前の話だ。
嫌われ者のままの俺なら気にしなくても良かった。
けれど、三か月前。
四月に汐見と今のような関係になってからは意識しなければならなかったのに。
「永田。文化祭に関してはもう十分だ。それより、最近汐見の変な噂を吹き込んでいるのは神崎で間違いないな?」
そんな後悔は後回しにして、俺は頭を必死に稼働させ、事態を整理する。
永田は少し驚いた顔をしていたが、すぐに眼鏡の位置を直す。
「……君は頭がきれるみたいだ。なら、もう全部わかったんだね」
俺が頭がいいかどうかは置いておいて、文化祭から今日までのことは察しがついた。
文化祭の一件は、汐見から友達を離して孤立させるため。
孤立させるのは、心の隙間に永田兄がつけ入るため。
四月の一件も、神崎が汐見を孤立させるため取った策。
神崎が俺のことを嫌いな理由は、俺が神崎のシナリオをすべて書き換えたから。
それなら、今回も一緒だ。
神崎は汐見をなんとかして孤立させようとしている。
だけど。
「僕は、彼女を休ませてあげたいんだ」
永田はベンチの背もたれに身体を預け、天を仰ぐ。
「……それは神崎の策がもう残っていないからか」
俺はもう神崎が汐見に今までのような攻撃はできないと思う。
最近、バラまかれた噂は『汐見が実は貧乏』ってことくらい。
住所を握られてはいるだろうが、今までと比べると弱い。
俺の言葉を聞いて、永田は少し笑う。
「君はどうやら人の感情には聡くないみたいだ」
実に楽しそうに永田はそう言う。
「――傷つく彼女は、もう十分なんだ」
俺はそんな決定的な言葉を聞いて、少し自分が恥ずかしくなった。
コイツの気持ちはもっと、単純で。
俺とは違って、もっと優しいものだって。
汐見を傷つけた相手なのに、俺は永田を少しだけ尊敬した。
「おまえ、眼鏡かけて頭も良いみたいだけど、実は根っからの馬鹿だろ」
「ああ。勉強を頑張ったのも彼女の横に立ちたい一心だった」
そう言って、俺らの視線が交わるとお互い少しだけ表情が綻んだ。
好きな相手のため、好きでもない汐見に言い寄ってきた。
やっていたことは、最低だ。
だけど、俺はそんなコイツに心から報われてほしいと思ってしまった。
***
「――というわけだ」
俺は汐見たちに永田から聞いた内容を要点を摘まんで伝える。
文化祭、四月の一件、汐見の噂。
これらが神崎の仕業であること。
けれど、それは永田兄への執着からであること。
そして、もう神崎に俺たちを傷つけることができないということ。
もう、神崎が疲れ切っていること。
「それで、結局どうするんだよ」
俺の話を聞き終え、加藤君が最初につっこむ。
そして、俺にみんなの視線が集まる。
「俺が神崎と話してケリをつけ――」
「それで、変な写真撮られたんだろ?」
俺が話し始めたところで、博之の鋭い指摘が飛んでくる。
博之から目を逸らすように他の人の顔を窺うも「それだけは絶対にさせない」と顔に書いてあった。
「わかってる、冗談だ。……今回の件、解決策は」
そう。今度は間違えない。
三度目だから、もう間違えられない。
一度目は、俺が犠牲になって。
それで、みんなが笑顔になれた。
二度目は、俺が悪役を演じ切って。
それで、みんなを傷つけた。
なら、三度目は?
「たったひとつ。最高の結末を迎えるために、協力してくれ」
三度目は、皆で幸せになろうじゃないか。
俺や汐見、俺らのために集まってくれた仲間。
それだけじゃなく、なんなら神崎まで巻き込んでみんな笑顔で終わりたい。
きっと、これでようやく終われるから。
それが、今の俺の願いだった。
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