第48話 汐見千和のお節介



――――View Change――――



「ねえ、ちょっといい?」


 私が樹を寝かしつけて、リビングに戻るとお母さんに声を掛けられた。


「どうしたの、お母さん」

「ちょっとそこに座って、お母さんとお話しない?」


 私は少し不思議に思いながらもお母さんの正面に腰を下ろす。


「それで、何の話?」

「えっとね、楓は帰りの車内での話聞いてた?」

「……?」


 私は帰りの車内では恥ずかしながら爆睡をしていたため、全く記憶が無い。

 博物館を出たと思ったら、次の記憶は家の傍の景色だったんだから。


「その様子だと、何も聞いてなかったみたいね」

 

 私の頭の中では、疑問符しか浮かんでいなかった。

 私が寝ていた間に古橋君が何か話していた。

 でも、いったい何を……?


「ねえ、楓」

「な、なに……?」


 私は何か大事な話をされるのかと思って身構えてしまう。


「――文月君のこと、好き?」


 え……?


「き、急に何の話?」

「こら、質問を質問で返さないの! で、どうなの?」


 お母さんからこんな質問が来るとは思っていなかったので、私は動揺を隠せなかった。

 優子や千弦から質問されるならわかるけど、お母さんからは予想外過ぎて、適切な返答を持ち合わせてなった。

 だから、私は――



「――うん、多分」



 恥ずかしいけれど、素直に認める以外の選択肢はなかった。


「あら、随分恥ずかしげもなく認めるのね」

「……どうせ素直に答えなかったら、どうにかしてでも白状させたでしょ」

「ま、そうかもしれないわね」


 なんて、軽口をたたき合う。

 以前の、私が張り詰めていた時にこんな会話はできなかっただろう。


 この会話は、古橋君が変えてくれた一番最初のものの上に成り立っている。


 そんなことを思ってしまうだけで、胸が熱くなってしまう。


「貴女の大好きな文月君は――」

「お母さん!」


 お母さんは笑いながら「ごめんなさいね」と謝ってくる。

 こういうところはちょっと鬱陶しいかも。


「話を戻すけど、文月君は今、悩み苦しんでる。それも楓のことだったり、自分のことで」

「私の、こと……?」


 古橋君は確かに何でもかんでもため込んでしまう人だ。

 けれど、私のこと?

 今、私に誰かから悪意を向けられていることについてくらいしか、思い当たることが無い。でもそれはみんなで解決するって言ってたし……。


「そうよ。楓から見て文月君はどう見える?」

「どうって……私の友達で、恩人」

「じゃあ文月君の印象は?」

「えー……何その質問」

「いいから、いいから」

「ええっと……樹と仲良くて、面倒見が良くて、良い人? あ、でもたまに自分を省みないで行動しちゃう、バカな人。って恥ずかしいんだけど!」


 お母さんに質問されるがまま答えていたは良いけれど、顔が熱い。

 今まで恋なんてものをしてこなかったから、友達と恋バナをしたことなんてない。はじめての恋バナが今、お母さんとなんだから恥ずかしさは何十倍も膨れ上がっているだろう。


「文月君、危ういところがあるわよね」


 お母さんは少し真剣な声色でそう言う。

 その表情はまるで我が子を心配するかのようなものだった。


「……うん、かなり」


 私も古橋君の危うさは感じていた。

 四月の教室での一件。

 あれは、彼の危うさが現われた代表的な事例だ。


 自分を傷つけてでも私の守りたかったものを守ってくれたあの行動。


 今でもあの日の行動に感謝しているけれど、今では同時に自分の無力さを痛感してしまう。

 彼にあんな選択を強いたのは私の行動のせいだ、と。


「だからね、文月君が壊れそうになった時は楓が支えてあげなさい」

「……止めろ、じゃなくて、支えろ、なの?」


 私は彼の友達になって、あの日のような行動をとるようなことがあれば止めようと思っていた。

 だけど、支える?


「だって、彼を止めることなんて楓はできないはずだからね。貴女は文月君を恩人と思ってしまっているから、きっとその正しさが分かってしまうから」

「……」


 確かに、つい先ほど彼に感謝していると思ってしまった。

 それは、どこかで彼の正しさを認めてしまっていることになるのではないか?


「その顔、思い当たることがありそうね。だから、支えろ、なの」

「うん……。でも、そこまで言うならお母さんが古橋君に――」

「私も彼に少し口出しはしたけれど、ダメだったわ。あの子、かなりの頑固よ」


 古橋君への愚痴をこぼしながら、苦笑いするお母さん。

 私もそれにつられて苦笑いを浮かべてしまう。


 私も彼の頑固さは痛感しているから。


「ありがと、お母さん」

「……どういたしまして」


 お母さんのおかげで、また一つ気持ちに整理がついた気がした。








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