第47話 見てるもの
博物館からの帰り道。
後部座席が静かだな、と思って後ろを振り返ると、そこには二人仲良く寄りかかり合う汐見姉弟の姿があった。
「後ろ、寝ちゃいましたね」
「そっか。文月君は眠くないの?」
「まぁ……眠くないと言ったら嘘になりますけど、寝てしまうほどの眠気ではないです」
今日は色々な意味で疲れた。
汐見との距離感を気にするあまり、樹に疑問を持たれたり、汐見と千和さんには俺の気持ちがバレないように気丈に振る舞った。
肉体的にというよりかは精神的にどっと、疲れてしまった。
「……こんな状況だし、ひとつ聞いてもいい?」
「なんですか?」
千和さんがわざわざ改めてそんな前振りをしてくる。
俺はちらりと隣で運転している千和さんの横顔を盗み見る。
千和さんと出会って約三か月。
その顔つきは初めて会った時の顔に近いものを感じた。
「なら、聞いちゃうけど、楓と何かあった?」
「え……」
俺は同様のあまり言葉を失ってしまう。
必死に弁明の言葉を探し、言葉にしようとするが、喉元で止まってしまう。
「やっぱり、ね……」
樹にも千和さんにもバレていて、自分の仮面に自信が無くなってきてしまう。
しかし、黙っているわけにもいかないので、再び後部座席に振り返り二人が寝ていることを確認してから口を開く。
「……大人にはバレてしまいますか」
「まぁ、確かに今日の様子に思うところが無かったというわけではないけれどね」
「じゃあ、どうして……」
俺が千和さんに問いかけとも言えない疑問を口にすると、千和さんは少しの間の後に口を開いた。
「――
「……っ⁉」
何故、千和さんの口から俺の父親の名前が……。
俺が父親の話をしたのは、今朝がはじめて――
「文月君に私の職業を教えてなかったわよね。私、実は看護師なの」
「……そういうことですか」
千和さんの職業が看護師。
それも、古橋医院で働く看護師ということだ。
「今までもなんとなくだけれど、面影はあったの。けれど、今朝の話を聞いて確信したわ」
「……それで、なんで俺の父親と汐見が関係あるんですか?」
そうだ、俺の素性がバレようとも、汐見と何かあった、なんて発想には至らないはずだ。
「医院長が言ってたのよ。今度、息子に婚約者をあてがうって」
「……そういうことなら、汐見は関係ありませんよ。俺の父親が家の名を汚さないために勝手にやっていることですので。というか、俺が婚約することと汐見に何の関係があるんですか……?」
俺の婚約に汐見は関係ない。
俺と汐見がそんな関係でないことは千和さんが自分の目で見て分かっているはずだ。すると、千和さんはしばらくの沈黙の後、再び口を開いた。
「……楓は文月君をきっと想っているわ。母親の私が言うんだから間違いない」
「そんなこと――」
「それに、君も楓のことを想っているんでしょ?」
「それは……」
俺の今までの行動からそれは明々白々のことだろう。
しかし、俺の想いが成就することなんてない。
それを昨日、自覚してしまった以上、俺は……。
「……さっき楓と何かあったって聞いたらアッサリ認めたわよね?」
「え……まぁそうですけど、汐見と、と言うよりかは、俺自身の問題です」
「婚約者ができるから楓とは付き合えない?」
「……」
そう、その通りだ。
千和さんの予想通り、俺が汐見に想いを伝えてしまえば、一旦は恋人同士になるだろう。
けれど、その後はどうだ。
俺が一方的に汐見に別れを告げることになるだろう。
「……そうですよ、俺はどの選択をしても汐見を傷つけることになる。どうしようもないんですよ」
俺にこの状況はどうすることもできない。
どの選択も汐見を傷つけるなら俺が出来ることは汐見の傷をできるだけ小さくすることだけだから。
「別に傷つけてもいいんじゃない?」
「え……」
「傷つかない人生なんて何も生まないもの。恋愛も一緒で、傷つかない恋愛なんて意味ないもの」
俺が返答に困っていると、千和さんはそのまま言葉を続ける。
「文月君はいつも楓を守ってくれている騎士みたいだけれど、もうちょっとわがままを言ってもいいんじゃないのかな?」
「……それで自分の娘が傷ついてもいいって言ってるんですか?」
「そう、ね。文月君は楓をいたずらに傷つけたりしない子だって分かってるから」
俺が苦笑しながらも口にした言葉はいとも簡単に飲み込まれてしまった。
千和さんみたいな考え方の方が正しいのかもしれない。
けれど、それを認めてしまうことはできなかった。
「そうですか。……でも、俺は自分の考えを変えられないし、変えたくない、です」
「そっか……じゃあ最後に一つだけ」
千和さんの声が、今までの真剣な表情から明るい声色に変化した。
そして、ちょうど信号が赤になり、車が止まる。
「――楓のこと、ちゃんと見てあげてね」
俺の頭にいつかの言葉が蘇る。
『だって、私と同じくらい楓のことを見てくれてるんだもの』
初めて千和さんに会った日、俺が汐見とすれ違ったあの日に言われた言葉だ。
今の俺はもしかしたら。
千和さんはすべて見通してて。
「……はい、善処します」
結局、俺が口にできた言葉はそんな当り障りのないものだった。
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