第46話 仮面を被り、仮面を壊す


「おお、凄いなこれ……」

「もしかして、文月君博物館に来たの初めて?」

「はい。父は仕事でほとんど家にいなかったので……」

 自然史博物館に入ると、目の前には自分よりも数倍大きい展示物があり、思わず感嘆の声をあげてしまった。

「古橋君は小学校の遠足とかで来なかった?」

 驚く俺の横で汐見からそんな問いかけが来る。

「い、いや、俺の小学校では博物館とかは来なかった、かな……」

 若干のぎこちなさはあるものの、なんとか返答する。

「ぼくも去年来たけど、全部は見れなかったなぁ……」

「よ、よし! じゃあ今日は樹が俺に色々教えてくれよ?」

 樹のそんな呟きに対して、俺は汐見から逃げるように樹に並んで、手を取り歩き出す。


 先日、気づいてしまった『汐見との関係性の変化』に不安を感じつつも、結構自然体で振る舞うことが出来ている気がする。

 彼女とはいずれ向き合わなければいけないだろう。しかし、今はまだその時じゃない。まだ、俺自身の中で何一つ整理がついていないから。


 そんなことを思いながら博物館へと入場していった。


 実際に自然史博物館の館内に入ってみると、外観以上の濃密さを感じた。

 主に地球に恐竜が生きていた時代から現代までの動物や植物について展示してあり、俺にとっては初めて知ることばかり。

 樹は小学生であるからか、やはり恐竜に関心があるのか、全身から楽しさが伝わってきて、俺としても今まで触れたことのなかった分野だったので非常に興味深く、樹と一緒に楽しく館内を巡った。

 そして、俺と樹の少し後ろから千和さんと汐見はゆっくりと俺たちの後をついて回っていた。俺としては今は汐見について考える時間が欲しいと思っていたのでこの組み合わせは好都合だと思い、極力後ろを気にしないように心掛けていた。




「ねぇ文月兄ちゃん」

「どうした樹」

 博物館に入り、一時間ほど経った。

 二人で並んで昔の地球のジオラマを見ていると樹が少し低めのトーンで声を掛けてきた。

 そして、樹は展示物に向けてあった視線を俺へと向ける。


「――もしかしてなんだけど、姉ちゃんのこと避けてる?」


 唐突に樹からそんな質問をされ、俺は言葉を発することが出来ず、動揺が顔に現れてしまった。

 正直、今日一日の中で汐見と絡む機会はほとんど訪れなかった。

(それなのに、何故樹はそのように思ったのだろうか……?)

 そんなことを思っていると、樹は俺と交わっていた視線を少し下へと下ろし、小さく息を吐く。


「やっぱり……いつもの文月兄ちゃんならぼくだけに構ったりしない。どんなときでも姉ちゃんを気にかけているのに、今日はなんか違う」


 樹は今日の俺の行動に対して何かしらの違和感を覚えていたようだ。

 確かに今までの行動を振り替えると、俺はいつも汐見を気にかけていたかもしれない。けれど、大げさなことはしたことがない。いつも少しだけ気にかけていた、と思う。

 些細な変化だが、どうやら樹にはそれが分かってしまったようだ。

 ここで変にはぐらかしても、本心を言っても、樹はきっと納得してくれないだろう。

(――どっちでも同じ結果になるのなら……)

 そう思いながら俺は口を開いた。


「この間、樹は汐見が俺のことを好きかもしれないみたいなことを言ったよな?」

「う、うん? 言ったけど……」

 先日、俺との会話の中で樹はそんなことを言って、偶然にも汐見に聞かれており、汐見の怒りに触れたのはまだ記憶に新しい。

 突然な話題で戸惑う樹をひとまず置いておき、そして俺は一息吐いて、仮面を纏う。

「ちょっと、な。汐見を意識することが増えて……。もう少し経てば、きっと元に戻るから待ってな?」

 俺は樹に優しく微笑みかける。

 樹は俺の嘘にまみれたその場しのぎの言葉を聞くと、若干不満げな表情を浮かべてはいるものの、首を縦に振ってくれた。


(ごめん、樹……)


 結局、俺が選んだのは樹に対して仮面を被り嘘を吐くことだった。

 樹に対しては誠実でありたいと思っていたが、その思いは崩れ去ってしまった。

 俺は心の中で隣にいる樹への罪悪感を感じながら、展示物を眺めていた。


『樹の前では格好良くて頼りになる、良い遊び相手のお兄さんでいて』


 脳裏にいつかの汐見の言葉が蘇る。

 今はこの言葉が酷く苦しく感じられた。

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