第44話 気づき


 日曜日。

 俺は目を覚まし、時間を確認する。

 時刻は八時半。


「……ねむい」


 昨日寝たのは三時過ぎだったが、それにしては比較的早い時間の起床だ。

 まだ、しっかりと働いていない頭のままリビングに向かい、朝食を取る。

 そして、朝食を取りながら昨晩のことを思い出す。




『えっと……急かもしれないんだけど、明日空いてる?』


「いや、まぁ、その、空いてはいるけど……」


 突然の汐見からのお誘いで、俺は動揺しながらも口を開く。

 本当に急なお誘いで、しかもメッセージで済ませればいいものの、わざわざ通話してきた。

 何かあるのだろうか。


『あのね、良かったら一緒に出掛けない?』


 俺は唐突に訪れたラブコメイベントに言葉を失ってしまう。

 好きな女子と二人でお出かけ。所謂デートってやつだ。

 心躍らない男子はいないだろうが、俺は喜びより不安が募ってしまった。


(……そうか、そういうことなのか)


 俺はこの瞬間、無意識的に目を背けていた事情に気づき、今までの自分の行いを酷く呪った。

 今まで、何度も下校デート(?)をしていたというのに、何故今になって気づくのか。


 今の曖昧な関係性が、もし万が一進んでしまったら。

 それはもう、後戻りできない。

 その事実が俺を酷く苦しめる。

 

 彼女に『恋』しているだけで良かったのに。


 心の底で、そんなことを思ってしまう。

 俺は、俺は……


『……古橋くん?』

「あ。わ、悪い、少しぼーっとしてた。……一応聞くが、それって二人でってことか?」

『いや、樹もお母さんも一緒だよ』


 よかった。

 汐見家としてのお出かけなら安心だ。樹がきっと俺か汐見から離れないだろう。

 ……いや、めちゃめちゃ恥ずかしい質問しているから素直に良かったとは思えないが。


「じゃあ、あとで時間だけ教えてくれ」

『あ、うん、わかったよ?』

「なんで疑問形なんだよ」

『いや、なんとなく?』

「なんだそれ……じゃあ切るわ」

『あ――』

 俺は一方的に自分の言いたいことだけ伝えると、通話を終了した。

 



(いつからだろう。こんな大事なことを忘れていたのは)


 朝食の片づけをしながらそんなことを思う。

 

 俺が守りたかった人。守るだけで十分だった人。

 今、その人を俺自身の手で傷つけようとしているんだ。


 もしかしたら、このまま関係が発展していくと、俺と汐見は恋仲になっていくのかもしれない。

 ここ最近の汐見の様子からも、このことは十分に考え得るだろう。

 最近の俺も汐見との距離が縮まっていくことが嬉しく、気づかぬふりをしていた。


 古橋文月は「古橋家の人間」ということに。

 

 ちょっとした金持ちと貧乏人。

 普通はそんなことを気にしないだろうが、俺の父親は間違いなく気にするだろう。実際、古橋であるにも関わらず無能な俺には、いくつも縁談の話が来ているという話もある。

 二か月前、父親が家で探し物をしていたとき机の上にそれっぽい資料がいくつも散らばっていた。あの人はきっと本気なんだろう。

 

「でも、良かった。まだそうなる前で……」

 つい、そんな独り言を漏らしてしまう。


「何が良かったんですか?」

「うおっ⁉ ……って良子さんか」


 古橋家のお手伝いさんである良子さんに俺の独り言を聞かれたしまっていたようだ。

 俺は良子さんが来たことにすら気づかなかった。

「あれ? 日曜出勤なんて珍しいですね」

「今週は娘が体調崩してて来れなかったから、洗い物溜まってるでしょ?」

「いや、まぁ……」

 すぐに否定できない自分が恨めしい。

 それどころか、良子さんが今週来ていないことも洗濯ものが溜まっていることも知らなかったってヤバいな俺。

 俺の否定と呼べない肯定に等しい言葉を聞くと良子さんはそそくさと洗面所へと向かっていった。


(古橋家の一員として無能どころか、これじゃ人としても無能だよな)


 そう思いながら時刻を確認すると時刻は既に九時。

 汐見家に向かうのが十時なのであと三十分後には家を出なければならない。

 俺は足早に自室へと駆け込み、急いで準備出掛ける準備を始めた。



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