第41話 信用≠信頼
「……なんかあった?」
「あ、いや別に何もないけど」
神崎の本性を知った日の帰り道。
ここ毎日の恒例となりつつある、汐見との帰宅途中。
俺の志向は汐見との会話ではなく、本日の出来事にトリップしていた。
神崎が汐見を嫌っている。
そして、俺の仮説が正しいのであれば、今回の件は恐らく神崎の手によるものだろう。
しかし、今この情報を知ったからと言って何ができるわけでもない。
俺の評判をすべて投げ捨てて事実を訴えても、きっと噂程度で収まるだろう。
誰も神崎に対して悪い感情を持つものはいないだろう。
それどころか神崎の守りだけが強化されていくだろう。
自らを犠牲にして根も葉もない噂を信じられる愚者はこの世の中を探し回っても一人見つかるか怪しいところだ。
そして、俺は現在彼女に弱みと言うか脅迫材料を握られてしまっている。
本当にどうしたものか……。
「……私は信用されてないのかな」
俺の隣を並んでいたはずの汐見はボソッと呟き、立ち止まった。
そして、振り返った俺の目を見つめる。
彼女の表情はどことなく寂しげで、悲しげで。
俺は彼女のその哀愁に溢れた表情に引き込まれ、思わず全てを話してしまいたくなってしまう。
俺は君を信用している。だから、話すし俺の味方でいてくれと。
そんな傲慢な感情が心の底に生まれるが、理性で押し殺す。
「……そうだな、信用はできてないかもな」
「……そう」
俺の言葉を聞くと汐見は俯いてしまう。
当然だ。親しく思っていたであろう相手に信用されない。
その事実を突きつけられることが彼女を傷つけることは想像に容易い。
「だけど……信頼はしている」
俺はきちんと自分の本心を伝える。
「え…………?」
俺の言葉を聞くと汐見は俯いていた顔を俺の顔と向き合わせる。
そこで、俺は彼女の瞳に涙が浮かんでいることに気づく。
彼女を一度は傷つけた。だからこそ、ちゃんと伝えなければ。
「信用ってのは一方的なものだ。俺から一方的なものなんて貰っても嬉しくないだろ」
「……」
汐見は黙ったまま俺の言葉を聞いてくれる。
「信頼ってのは二人が心をより合わせる、寄せ合うから成り立つんだ。俺は汐見のことを信頼したいんだ」
「……でも、何も教えてくれないんでしょ」
「今はまだ言えない」
汐見の鋭いツッコミに俺は素直に答える。
「けど、ちゃんと言うから。これからはちゃんと相談して頼って手伝ってもらうから」
だから、ここで言葉を並べるのは愚策かもしれないが、言葉を紡ぎだす。
彼女に言葉じゃなくて”言葉を伝える”という行動で示すために。
「……わかった。納得してあげる」
「……ありがとう」
少し不満げな表情を浮かべた後に、呆れたような笑みを浮かべる汐見。
「じゃあ、相談してくれなかったときの罰を決めようよ」
「え」
「うーん、何が良いかなぁ……」
汐見の唐突の提案、というか決定事項と化した提案に俺は唖然としていた。
絶対、そういう流れじゃなかったじゃないか。
「そうだ!」
「……!?」
罰を何にするか悩んでいた汐見が何か思いついたのか少し大きめの声をあげるので驚いてしまった。
「もし、私に相談してくれなかったら」
「しなかったら……?」
俺は唾を飲み、次の言葉を待つ。
汐見は結構自己的な提案をしてきた前科がある。
だから、どうしても緊張してしまう。
「――私に古橋君の隠していること全部教えて」
「なっ……」
正直、予想もしていない罰だった。
俺の隠していることをすべて。
それは家のことや俺の気持ち全てひっくるめた秘め事を彼女に伝えるということ。
彼女は特に何も意識せず提案した罰だったんだろうけれど、俺には十分すぎる罰だった。
「……だめ?」
彼女は少しあざとく一歩近づき俺の顔を覗き込んでくる。
「……わかった。わかりました、そのときは全部話します」
俺は一歩後ずさり、お手上げの意を込めて両手をあげる。
彼女にはいつだって敵わないんだろうな。
今、満足げな笑みを浮かべ俺を追い抜いていく彼女には俺の気持ちなんてわかってないんだろうな。
俺は小走りで彼女に追いつき、歩く速度を合わせ彼女の横顔を盗み見る。
綺麗で整った顔立ちに黒髪が生える。
けど、それ以上に彼女の笑顔は美しく、俺はまた彼女に何度目か分からない惚れ直しをしてしまった。
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