第40話 本性に触れる

 汐見と神崎について話した夜。

 俺は自室で一人、ある疑問について考えていた。


 神崎のあのときの行動。

 四月の時、神崎はどうしてあんな行動をしたのか。

 俺が介入していかなければ、汐見は色々なことを諦める結末がやってきた可能性が高かった。


 恋愛に友人。


 それらを失うことを神崎自身が良しとしてあの行動に出たと考えられる。

 しかし、だ。

 加藤君が神崎をテニスのダブルスに誘ったときは彼を守ろうとしていた。

 加藤君が他人から向けられる視線や、友人を。

 だからこそ、汐見に対して、あの解決策の明示は不自然だった。

 汐見が孤立しかねなかったから。


 それに、神崎の発言。

 変わらなくていい、とは何に対して言っていたのか。

 何故、変わることに否定的なのか。

 今回の件と関係あるかわからないが、神崎ほどの人間が何に苦しんでいるというのだ。

 俺はベットに身を投げ、天井を見つめる。


 神崎奏。

 彼女は何と戦っているのだろうか。

(もしかしたら――)

 そう思いながら、俺は目を瞑った。

 そして、次に目を開けたときには窓から光が差し込み、気持ちの良い朝日が部屋に差し込んでいた。




「なぁ、ちょっといいか」


「え……まぁいいけど」


「じゃあ、ちょっとついてきてくれ」


 俺は神崎についてわからないことだらけだったので、いっそのこと本人に聞くことにした。

 正直、声をかけるのは緊張したが、昼休みになんとか神崎と話す機会を得られた。

 そして、俺と神崎は特別棟の、いつもの教室に向かった。


「悪いな、人に話を聞かれたくなかったから」


「それはいいけど、何の用なの?」


 声色はそこまで怒っていなさそうだが、言葉にどことなく棘があるように感じる。


「えっと……お前は何に怒りを募らせてんの?」


「は? 何言ってんの?」


「いや、なんかクラスの雰囲気が悪いなって思って、お前に原因があるんじゃないかって……」


 単刀直入にあてずっぽうな予想を神崎にぶつけると、彼女は声色まで怒りを込めてきた。

 そして、その態度にビビった俺はつい言い訳をしてしまう。


「別に、クラスが変なのと私は関係ないんじゃない?」


 神崎はそんな今更過ぎる態度を取る。


「そんなわけあるか。 他の誰かが元凶ならとっくに問題は収束している。 神崎奏の手によってな」


「…………」


 神崎の逃げの言葉を封じることに成功した。

 これで、二連勝。

 このまま一気に理由まで聞き出してやりたい。


「……なぁ教えてくれよ。 何に悩んでんだよ」


 今度は怒りから悩みに言葉を変えて、神崎の反応を見る。

 神崎がどうしてああなっているのか、俺にはさっぱりわからない。

 だから、俺はこうして手数で彼女が抱えているものを吐き出させてやろうと。

 そして、俺の仮説が正しか確認するんだ。


 もし、俺の仮説が正しければ、事は一気に全部片付く。

 汐見のこともクラスのことも。

 もしかすれば、今までのことすべて。



「……なら全部話すけど、ちょっと手を貸して」


「手……?」


 俺の手を指さす神崎にそう言われ、俺は右手を神崎の前に差し出す。


「って、うお!?」


 次の瞬間、俺の視界は揺れていた。

 そして、地面と、神崎の顔が目の前にあった。

 客観的な視線で見れば俺が神崎を押し倒していた。

 一瞬のこと過ぎて何があったのわからないが、神崎がこうなるようにしむけたようだ。


「……どういうことだよ」


「こういうことよっ」


 俺の質問に答える前に神崎はスマホを取り出し、シャッターを切った。


「おまっ、やめろ!」


 俺はすぐに神崎から飛び退き、立ち上がった。

 そして、神崎はゆっくりと立ち上がる。


「これをバラまかれたくなければ詮索しないで」


 神崎はスマホを俺に見せながら、脅してくる。


「……どうしてだ」


「なにが?」


「どうして、こんなことするんだよ」


 あえて、本質的な言葉を入れずに抽象的な言葉で神崎に疑問をぶつける。

 タダでは転ばない。

 せめて何か成果をあげるんだ。


「だって、私は古橋君のことが嫌いだから」


「……理由は?」


「教えてあげなーい!」


 神崎は俺の問いに答えることなく、教室を出ていった。

 俺は呆気に取られていて神崎に退出を許してしまった。



 完璧に思われる神崎奏が俺の前で本性をみせた。

 しかし、その本性はもしかしたら暴いてはいけなかったのかもしれない。

 俺の考えなどすべて御見通しで、質問の意図などすべて理解されていて。

 俺はもしかしたら、相当格上の人間に真っ向勝負を挑んでいたのかもしれない。

 彼女の見せた本性。

 得られたのはこれひとつ。


 しかし、これでほぼ確定しただろう。

 これまでの神崎と先ほどの神崎。

 これらを加味した時、俺の疑問点はすべて解消されていく。

 同機はともかく、”それ”を平気でできる人種であること。

 ただ、それがわかったからって問題解決に近づいたわけではない。

(これからどうすれば……)

 俺は思わず天を仰いでしまった。


 

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