第39話 気になること

 俺と汐見が一緒に帰るようになってから一週間。

 特にこれという噂も発生することなく、過ぎていった。


 汐見の噂も結局そこまで拡散されず、俺の杞憂で終わった。

 そして、俺と汐見の関係についても特に何の変化も無く、噂も囁かれることなく、こちらも俺の杞憂だった。


 基本的に噂を好むのは女性であるからして、汐見の唱えた女性の理論通り、寄りを戻したのだと思われているのだろうか。

 それとも、ただただ興味が無くなっただけか。

 真相は不明だが、俺たちは平穏な日々を過ごせている。


 という訳だが、ここ最近クラス内の雰囲気がおかしい。

 以前より活気がなくなり、どことなく倦怠感がつきまとう。

 クラスの大半の生徒がこの原因について気づいているだろうが、誰も指摘できない。

 そんな奇妙な状況が一週間ほど続いている。


 この雰囲気の原因は、神崎奏にある。

 神崎は授業中である今もどことなく落ち着かない様子で、けれどソワソワしているでもなく哀愁を漂わせているような気がする。

 彼女の身に何かあったのか。

 クラスの中心である人物に何かがあった。

 けれど、このクラスには中心的人物は神崎だけなので誰も支えになれないし、クラスを支えられない。


 それが、この現状だ。

(カリスマ様はどうしたんだろうな……)

 俺は窓の外に目を向けながら、そんなどうでもいいことを考え出した。



「絶対おかしいよ」


 放課後の帰路にて、俺の隣を歩く汐見は口を開いた。


「……クラスのこと、もとい神崎のことか?」


「うん、神崎さん大丈夫かな……」


 ほんと、俺の想い人さんは他人の心配をしている場合ではないだろ。

 自分だってストーカーされているかもしれないってのに悠長に他人の心配かよ。


「まぁ神崎なら大丈夫だろ、知らねぇけど」


「………………」 


「……なんだよ」


 汐見は俺をジト目で見てきた。

 何か言いたいことがあるなら口にしてくれ。

 女性特有の「それくらい察してよ!」は、ほとんどの男性には理解できないから。


「……神崎さんってカリスマって言われてるけど、女の子なんだよ?」


「……知ってるけど???」


 俺が頭に疑問符を浮かべながら返事をすると、汐見は呆れたようなため息をついた。


「私が言いたいのは性別の話じゃなくて、神崎さんもか弱い女の子だよって話」


「……ああ」


 汐見からきちんとした説明を受け、納得する。

 そして、俺は汐見が何を伝えたいのか予想がついた。


「つまり、神崎は失恋、又は友人と仲違いをしたってことか?」


「……まぁそこまで限定な話じゃないけど、あの様子だとショックを受けるような何かがあったんじゃないかって」


 汐見の言葉を受け、俺は数秒考えこむ。

 その結果、悩みのカテゴリーだけはすぐにわかった。


「なるほどな。……まぁこの方向で考えていくなら神崎は十中八九、人間関係で何かあったな」


「どうして言い切れるの?」


「……神崎は常に完璧だろ? 勉強も運動も人間関係も」


「まぁ、うん……」


「勉強や運動は意外となんとかなる。でも、当人の努力だけじゃ上手くいかないのが人間関係だ」


「理屈はわかるけど……」


 汐見は俺の推察に歯切れが悪いものの同調してくれる。


「四月のときにあいつは言ったんだよ。『変わらなくていいのに』って。その言葉から考えれば人間関係が悩みの種である可能性が高い」


「……」


 俺の考察に納得したのか、汐見が悔しそうな顔をしながら考えている。


「……そんな顔するなよ」


「……だって、私より一段上の考察をされたんだよ!? ……悔しいよ」


 汐見はふいっ、と顔を背けた。

 その仕草がたまらなく可愛い。


「ま、まぁ俺は別に最近神崎と話す機会があってそんときも似たようなこと言ってたし……」


 俺は照れ隠しに自分の考えに至れた言い訳をする。


「え」


「……ん?」


 汐見から何か声が聞こえたので聞き返す。


「……神崎さんと二人で?」


「まぁ、そうだな。 偶然昇降口で会って……」


「ふーん……」


 え、なにこれ。

 なにこの反応。

 この一週間、一緒に帰っていたが、汐見は素直な感情をぶつけるようになっている気がする。

 この反応は、所謂『嫉妬』ってことでいいんですか? 

 俺は思いあがってもいいんですか?


「……まぁ本当のところはどうかは分からないけどな」


「そうだね……」


 その後は、他愛もない雑談に興じつつ汐見のアパートへと足を進めた。



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