第37話 報連相
クラス内で誰も汐見に関する噂をしている奴はいなかった。
やはり、噂は思うようには広まっていないようだった。
噂を流した人間に悪意があるかないか。
今回の噂はその真偽が重要だろう。
汐見の「箱入りお嬢様」というブランドが消えることを望んで噂を拡散させたのか、それとも誰かに話してしまったばっかりに拡散してしまったのか。
後者ならまだ仕方ないし、いずれバレることがようやくバレたといったところで特に気にする必要もない。
しかし、前者の場合はこれから用心が必要となってくる。
四月の時みたいに無理やり迫ってくるような輩が現われるかもしれない。
チャンスと見て言い寄ってくる碌でもない人間が群がってくるかもしれない。
はたまた、今回はもっとひどい何かが起こるかもしれない。
そうならないように気にかけなければならない。
けれど、今はまだ一つの大したことのない噂しか出回っていない。
そのため、俺は動くに動けない。
できることも限られているから。
「どうした、古橋?」
「え……ど、どうした加藤」
「どうしたってこっちの台詞なんだけど……凄い顔してたから」
俺が考え込んでいるところに加藤君が話しかけてきた。
周りを見渡すと、既にクラスの半数以上の生徒が居なくなっていた。
そして、残っている生徒もちらほらと教室を出ていく。
「いや、ちょっと考え事がな。 てか、次移動教室だっけ?」
「……古橋、何にも話聞いてなかったのか?」
「…………すまんが、教えてくれ」
俺が加藤君に頼むと、あからさまに大きなため息をつかれてしまう。
「朝、中島先生が六限目は学年集会って言ってただろ。 ほら早く行くぞ」
「お、おう……」
少し、いやだいぶ呆れた態度の加藤君に促されるまま俺は席を立ち、学年集会が行われる体育館へと向かった。
どうやら、この時間帯は他の授業があるわけでもなく、二年生全クラスが集められた。
体育館へと向かう途中、何人かの生徒からキツイ視線を向けられていたが、その顔には見覚えがあった。
自分の位置で腰を下ろすころには、その顔の正体を思い出した。
四月に、俺がプライドと名声を傷つけた三人だった。
あのとき、可愛い系以外の二人は納得した様子で俺の前から立ち去っていったと思ったが、今になって逆恨みなのだろうか。
俺は良くわからないが、正直あまり関係ない事だろうと思い、先生の話を聞いているうちに忘れてしまった。
本日の学年集会の概要は主に三つ。
もうすぐ夏休みだけど、その前の考査にきちんと取り組みましょう。
夏休みに入った時の注意事項。
進路希望調査の提出について。
この三点について三十分ほどお話しされた。
そして、学年集会が終わり、各々自分の教室へと戻って行く。
これで次の時間まではそれぞれ思い思いの時間を過ごすことになる。
俺は左手に着けてある腕時計で時間を確認する。
(……次の授業が始まるまで二十分以上あるな)
そして、ひとり特別棟へと向かった。
特別棟に向かう途中、俺はスマホを取り出し、メールを開く。
そして、『特別棟に今から来れるか?』と短いメッセージを送りスマホをしまう。
特別棟のいつもの教室に着くと、俺は適当な席に腰を下ろした。
待つこと五分。
教室の扉がゆっくりと開かれた。
「……おまたせ、古橋君」
「……おう」
そう言って教室に入ってきたのは俺が先ほど呼び出した汐見楓だった。
汐見はそのまま、俺に近づいてきて、俺の前の席に腰を下ろし、俺の方を向く。
「まったく、優子たちから抜け出してくるの大変だったんだからね」
「それは、ごめん」
「……それで、何の用?」
俺は一つ息を吐き、汐見の目を見る。
「今、汐見楓に関する噂が再び出回り始めた」
「……」
俺が告げると、汐見の身体は硬直する。
当たり前だ。
二か月ほど前、彼女は噂というものに散々な目にあわされたのだから。
「……今拡散されている噂は『汐見楓は貧乏アパート住み』という噂だ」
「それ、噂じゃなくて真実だけど、何か問題でも?」
やはり、汐見も俺と同じで「箱入りお嬢様」のことを忘れている様子だった。
「最近は別の悪名がついて忘れていただろうが、元々汐見は箱入りお嬢様って言われてただろ」
「あー、そういえばそんなこともあったね。 ……どっかの誰かさんのお古になる前までは」
ニヤついた顔で俺の表情を窺う汐見。
すみませんね、私のお古なんかにしてしまって。
俺はひとつ咳払いをして本題に入る。
「それが何故か今になってバレた。約一年もの間バレなかった事実が何故かバレたんだよ」
「そりゃ、たまたまこのタイミングでバレただけじゃ……」
汐見がそこから先の言葉を言うことは無かった。
俺の真剣な表情を見てか、汐見も真面目な顔つきになる。
「まぁ万が一のため、報告しておいた。 誰かから漏れたことなら良いが、悪意が根源にある場合だと実害が出かねない」
「……なるほど」
汐見は納得した様子で考え込む。
正直、対応策なんてない。
何もできないのが現状だ。
「……まぁしばらく様子を見ないと本当に悪意あってのものかわからないからな」
俺はそう言って、席を立ち教室を出ようとする。
「……ある」
「ん?」
汐見が何かを呟いたので俺は扉にかけた手を離し、汐見の方を向く。
「……あるよ、ひとつだけ! この状況でも怪しまれずに対処する方法が!」
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