第36話 不穏さ

 週末もあっという間にすぐ去り、すぐに学校は始まる。

 月曜日、火曜日、水曜日。

 小学校時代は一週間が長く、そして楽しいものに感じられた。

 学校が終わったら何して遊ぼう。

 放課後が楽しみで仕方なかった。


 けれど、高校生にもなると時の流れが速く感じるようになった。

 気づけば土日、気づけば休み。

 我々高校生の楽しみは放課後から週末へと移り変わっていく。

 そのためか、既に水曜日のお昼休みとなり、一週間の半分が気づけば経過していた。

 この数日、特に何もなく過ごしている。


 ……いや、何もないわけではないが。

 毎朝、飯沢にやたら絡まれているがそれ以外は至って平穏な日々を送れている。

 学生が、平穏どうこう言うことがそもそもおかしいが、特に何もなく平和ってことだ。

 俺はいつものように購買で昼食を買い、特別棟にやってきた。

 そして、いつも使っている教室の扉を開けると、そこには先客がいた。


「よ」


「……おう」


 席に着き、片手をあげて俺に挨拶をする博之。

 俺は博之の机に昼食を置き、前の席の椅子を反転させ、博之と向き合うように座る。

 そして、お互い”いただきます”と一言発してから昼食を取り始める。


「――で、なんかあったのか?」


 俺はパンを一口食べて飲み込むと、博之に問う。


「……まぁそうだな。 また噂だ」


「また噂かよ」


 四月の一件、汐見と俺の関係に関する噂が学校中を汚染した。

 あの一週間は相当堪えたからな、俺も汐見も。

 そのため、噂と聞くと面倒事の様に感じてならない。

 実際、こうして博之がここに足を運んでくるってことは面倒事に間違いないんだろうけど。


「うちの彼女が昨日聞いたらしいんだけどね」


「……」


 俺は無言でパンを頬張りながら次の言葉を待つ。


「汐見楓の家は、お嬢様でも何でもない貧乏アパートだって」


「……なんでそれが噂になるんだ?」


 俺は博之が直接伝えに来るほどだから何事かと思えばその程度のことかと思い、拍子抜けしてしまう。


「まぁ僕は文月から聞いていたから知っていたけれどほとんどの人はこう思っているはずだよ、”汐見楓は箱入りお嬢様”って」


「あー……あったな、そんな噂も」


 俺は自分自身が元財閥の末裔と言うこともあり、忘れていた。

 俺の肩書を何故か汐見が背負ってるんだったな、そうだった。


「でも、そんな重要なことか、これ? 別にお嬢様じゃないからって言い寄る輩はほとんどないないだろうし。 実際、この噂は前回ほどの拡散力もないみたいだし」


 汐見にはそんな肩書よりもっと酷い男除けにはもってこいの肩書がある。


 『古橋文月のお古』


 この学校でこの肩書に勝るものはないだろう。もちろん悪い意味でだが。


「問題はそこだ」


「どこだよ」


「そんな拡散力のないうわさが出回っている。 それに、一年以上バレなかった事実がどうして今更バレてしまったのか」


「……そういうことか」


 俺はそこでようやく博之の言わんとしていることを理解した。

 博之も俺が理解したと分かったのか、一度口を噤む。

 そして、俺はパンを食べながら状況を整理しながら考える。

 またも汐見の情報が拡散されている。


 そして、かつては効力を持っていた噂を消しに来ていることから、汐見に向けた攻撃であることも予想できる。まぁただ単にSNSで拡散させただけかもしれないが。

 しかし、四月の一件から考えるに同一犯による嫌がらせの線もある。


「……汐見に悪意を向けている人間がいるかもしれない」


 俺は小さくそう呟く。

 俺がそう言うと、博之は小さく頷いた。


「その通り。 一学期の間に二つも噂が立つなんて、勘繰ってしまいたくなるだろ」


「……ああ、そうだな」


 博之が今日ここに来た目的は一つ。

 俺への忠告だ。

 汐見楓に悪意の影有り、注意せよ、と。


「……次、また変な噂が出たらビンゴだ。 そうなった場合、片を付けるぞ」


「ああ、まぁ暫く汐見の周りに気を配るよ」


「そうしとけ」


 今後の対応が一応決まったくらいで、お互い昼食を取り終えたので別々に所属クラスの教室のある本館へと向かった。


 教室に戻ると、飯沢の席の周りに汐見、仲町が居た。

 近くの椅子に座り、仲良く談笑していた。

 幸いにも俺の席は空いていたため、すぐさま自分の席に腰をおろして突っ伏す。

 前方から何やら苦笑の声が漏れて聞こえてくるが、俺は気にせず他の音に集中する。


 誰か、誰でも良いから噂について話している生徒はいないか。

 結局二年六組では誰も汐見について噂などしていなかった。

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