第34話 不機嫌な汐見楓
「ただいま~!」
玄関の扉が開くのと同時に、高らかな声が室内に響く。
「……あれ?」
誰もお出迎えに来ないからか、そんな声が玄関先から聞こえた。
足音はどんどん近づいてきて、ついにリビングの扉を開く。
「何で誰も出迎えてくれないの!?お母さん悲しい……って、何、これどういう状況?」
「……あはは」
俺と樹は正座しており、不機嫌な表情を浮かべた汐見に見下されている。
俺は乾いた笑いしか零れてこなかった。
どうして、こんな状況になったのか。
それは三十分ほど前まで遡る。
「ただいま……」
そんな怯えたような声がリビングまで届く。
「お、おかえり、樹」
「ただいま、文月兄ちゃ――ひっ……ね、姉ちゃん?」
樹はすぐに汐見が怒っていることに気づき、短く悲鳴を漏らす。
「おかえり、樹。 ……お姉ちゃんからお話があるんだけど?」
「……はい」
樹は全てを悟り、諦めたのか素直にリビングに入ってくる。
「その前に、手洗いうがいだけしてきなさい」
「はい……」
樹は項垂れた様子で洗面所へと向かう。
「……何もあそこまで怯えさせる必要あったか?」
そんな樹の後ろ姿を見ながら、汐見に問う。
「……なに、樹の見方をするっていうわけ?」
「い、いやそういう訳じゃないけど……」
汐見の冷たい眼光に思わず歯切れの悪い言葉になってしまう。
「けど、何?」
「いやぁ……こうして、話す機会をくれたわけだし、今回だけは不問にしない、か……?」
俺が言葉を発すれば発するほど汐見から不機嫌オーラが溢れ出る。
そして、そこにちょうど樹が戻ってくる。
樹は俺の元に駆け寄ってきて耳打ちする。
「に、兄ちゃん、なんか姉ちゃんに言った?」
「い、いやまぁ……言った」
「なんで変に口出ししたの? 姉ちゃんは怒ってるときは何言っても逆効果なのに……」
「すまん、思いあがってて……」
今日、あんな会話をしたら俺の言葉が届くと思っても仕方ないよね……。
「……何をこそこそ話してるの?」
「す、すみません」
俺はつい謝ってしまう。
「別に謝ってほしい訳じゃ無くて、何を話してたかを聞いてるんだけど……丁度良いし、二人ともそこに正座」
『え……?』
「正座」
『はい……』
こうして、汐見のお話、もとい説教が始まった。
そして、現在までこの状況が持続されていたわけだ。
「なるほどねぇ……」
俺と樹、汐見のそれぞれの言い分を聞き終え、理解した様子の千和さん。
「楓」
「なに」
「とりあえず、お母さんお腹が減ったからご飯にしない?」
千和さんの素晴らしい一手でひとまずこの件は保留となった。
まぁ汐見は不機嫌そうな顔しながら夕飯の支度をしていたが。
『いただきます』
「……いただきます」
俺たち四人は夕食を取り始めた。
本日の料理も美味しいはずなのだが、ちょっと気まずい。
だいぶ収まりはしたが、今も尚汐見の不機嫌は継続しているようだった。
「き、今日も美味しいよ」
「そ、そうよ? 楓の料理は私たちの中では日本一なんだから! ね、文月君?」
「……」
「ふ、文月君?」
俺は汐見がこうも怒っている原因についてしっかりと考える。
いや、今はもう怒っているというか拗ねていると言った方がしっくりくる。
汐見の怒りの根源が「拗ねる」から来ているなら。
どうして、彼女がこうなったのか。
それは樹の確信犯めいた行動で俺と二人にさせられたからだろう。
それが気に食わないのなら、何故ここまで対応をこじらせているのだろうか。
「どうしの、文月兄ちゃん……?」
そこで、今日の会話が蘇る。
少し待ってて。
その言葉は、つまりそういうことで。
この拗ねる原因が、そういうことに起因するなら。
「――なぁ、さっさと折り合いつけろよ」
俺は汐見にだけ伝わる言葉を告げる。
「な……」
一瞬にして、汐見から不機嫌な雰囲気が消え、その表情は羞恥からか赤くなる。
「俺は良いけど、変に巻き込むなよ。巻き込むならきちんと相談しろ」
「……うん」
俺は正論で汐見から不機嫌さを取り除いた。
その代わりに、汐見が若干しょげてしまっているが。
無事平和になった食卓。
そして、俺は再び料理を口に運ぶ。
「お、うまいな……」
「え、すごい!」
「す、すごいわ!」
「うぉ!? ……俺が言える立場じゃないですけど、食事中は静かにしましょうよ」
何故か盛り上がっている樹と千和さん。
「え、何、文月君は何者なの!? 楓を簡単に言い包めて、この雰囲気を変えちゃうなんて」
「……別に、この件に関してだけですよ。 俺は汐見のことをあまり知らないですし」
千和さんが前のめりで質問してくるので、俺は千和さんを制しながら返答する。
「うそ、絶対嘘だよ! 」
「……樹まで」
今度は樹までもが俺の言葉に反論してくる。
「だって、今まで姉ちゃんの不機嫌を無くす方法は時間しかなかったのに」
「……そんなに私不機嫌になってないと思うんだけど」
樹の言葉に、反論のような呟きをこぼす汐見。
「まぁそうかもしれないけれど、今回だけは俺に分があったんだよ。 もうこの話はおしまい。 料理が冷めたら汐見に失礼だろ」
俺の言葉に渋々従う千和さんと樹。
樹はわかるけど、千和さんまでそんな反応しないでください。
母親の威厳とか風格とかそういうのが一切無くなっちゃいますよ……。
俺も冷めないうちに次々と汐見の料理を口に運んだ。
俺は幸せの味を噛みしめながら、いつものように料理を堪能した。
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