第33話 いつかの未来でも



「……粗茶ですが」


「ど、どうも……」


 机の上に飲み物を置いてくれる汐見に感謝を告げる。

 汐見も自分の飲み物を持ってきたようで、俺の前に座る。

 その汐見の表情は先ほどよりはマシになったが、まだどこか不機嫌そうな表情を浮かべている。


「……なに?」


「いや、なんか、うーん、なんだろうな……」


 俺は言葉に詰まり、とりとめもない言葉が宙を舞う。


「なにそれ」


 汐見はそんな俺を見て苦笑しながら頬杖をつく。


「っ……」


 俺はそんな汐見の態度に胸を撃ち抜かれ、視線を逸らしてしまう。

 そして、俺の羞恥心が伝染したのか、汐見も何と無しに視線を逸らす。


 気まずい。

 とても気まずい。

 どのくらい気まずいかと言うと、友達だと思って声を掛けようと思ったら違う人だったくらいに気まずい。


「あのさ」


 そんな気まずい沈黙を先に破ったのは汐見だった。


「なんだ?」


 俺は仮面を纏わない、素の古橋文月ふるはしふづきで対応する。


「……古橋君って、休日暇なの?」


「……………………そんなことないから」


「え、何、今の間」


 暇だけれど、それを認めるのはなんか癪だ。

 だって、汐見は家族のため。

 他の人たちだって自分のため、誰かのために思い思いの今を過ごしている。


 けれど、俺は?

 そんな、言い知れぬ劣等感を覆い隠したかった。


「はいごめんなさい嘘です超暇です」


「そんなすぐにバレる嘘なら吐かなきゃいいのに」


「理屈じゃ感情は説明できないんです」


「……はいはい、見栄を張りたかったんでしょ」


 俺の言葉はことごとく汐見に流されてしまう。まるで、子供扱いだ。


「で、その超暇な古橋君は迷惑してない?」


 何に迷惑しているのか。

 そんなことは言われなくても、汐見の不安そうな表情を見てすぐにわかった。

 だから、俺はしっかりと答える。


「してない。 俺はここに来るのが案外楽しみなんだ」


 しっかりとした、毅然とした、はっきりとした言葉を紡ぐ。

 彼女が感じている不安をすべて消し飛ばせるように。


「そう……なら、良かった」


 彼女はそう言って胸を撫で下ろす。


「それに、それはこっちの台詞だから。 どうなんだ、汐見は?」


 俺はきちんと彼女に聞き返す。

 結局どこまで行っても人の気持ちは言葉にしなければわからない。

 俺の思い上がりじゃないと、その確信を得たいんだ。

 そんな思いで汐見の言葉を待つ。


「最初は、ちょっと嫌だった。私たちが必死に守ってきた家に勝手に上がり込んでくるし、一回だけじゃなく二回目も来るし」


「まぁそりゃそうだよな」


 汐見は素直に答えてくれて、その当然の言葉に俺も同意する。


「けどね、今は感謝しかしてない。樹と出会って、母と仲良くなってくれて、私を助けてくれて――」


「待った。そもそも俺と関わらなければ汐見はあんな面倒事に巻き込まれなかったんだから、俺に感謝される筋合いはない」


「……この間は素直に受け入れてくれたのに?」


 俺が汐見の言葉に待ったをかけ、訂正を加える。

 事実、俺のしたことはいつだって自己満足の行為なんだから。

 彼女を自分の手で助けたい。

 そんな、醜い欲望が根源なんだから感謝されるいわれはない。


「あれは、お前が泣いてたから」


「ちょっと、それは蒸し返さないでよ!」


「蒸し返したのはそっちだろ」


 汐見は机に両手をつき、身を乗り出してきた。

 そんな汐見に俺は至って冷静な言葉で返す。


『……ふっ』


 どちらともなく笑みがこぼれる。

 そして、二人の少し遠慮気味の、でもきちんと心の底からの笑い声が部屋の中に響いた。


「私たち、いつからこんな風になれたんだろうね?」


 汐見が楽し気な声色で、楽しそうな表情で俺に聞いてくる。


「まったく、いつからだろうな。 出会った当初は予想もできなかった」


「だよねー」


 言葉を交わしながら、お互い何処を見るでもなく、視線を上げる。


「ねぇ、最近私たち気まずいときあるよね」


「……まぁ、そうかもな」


 汐見がその話題を振ってくるとは思わず、少し間が空いたが相槌を打つ。


「こんな会話ができるのにおかしいよね」


「……かもな」


「……ちょっと、ちゃんと話聞いてる?」


「聞いてます聞いてます」


 汐見は俺の適当な相槌に不機嫌そうな声色で確認をしてくる。

 そして、「まぁいいや」と呟き、再び口を開く。


「……もう少しだけ待って」


「……いつまで?」


 普通なら”何を?”と問うべき場面だろうけど、俺は期間を聞き出す。


「私の中で折り合いがつくまで」


「……それは、きっとまだまだかかるな」


「……かもね」


 そして、再び沈黙が流れる。

 けれど、この沈黙は先ほどの気まずさを感じない。

 この沈黙なら、永遠に続いても良い。

 そんなことを思ってしまったんだ。


 その後も、汐見と言葉を交わした。

 今まで、こうして話す機会が碌になかったこともあり、会話は弾む。

 そして、その交わす一言一句が俺を満たす。


(ああ……)


 俺の心の中には声にならないような言葉にできないような感情で溢れていた。

 汐見も、同じ感情を抱いてくれたら。

 そんな絵空事を願いながら、彼女との会話に興じる。


 いつか、また、こんな未来がやってきますように。


 そんな叶わない願い事と共に俺の言葉の数々は部屋に小さく響いていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る