第31話 俺の学校生活
「よし、今日はここまで。 じゃあ気を付けて帰れよ~」
担任の中島先生の一言で、生徒たちは学校から解放される。
立ち上がり、颯爽と部活動に向かう生徒、まだ少しだけ友達との雑談に興じる生徒。
俺も荷物をまとめて席を立ちあがる。
「あ、古橋はちょっと来い」
「……はい」
どうやらまだ帰れないらしい。
「そんな顔するなって、早く来ればその分早く終わるから」
「……じゃあ早く行きましょう」
「おう、ちょっと待ってろよ」
中島先生は教卓の上の荷物を急いでまとめ、俺と一緒に教室を出る。
一週間に一回はこうして呼び出されている気がするな。
最初こそは問題児故に呼び出されてるとクラスメイト達から思われ、白い目で見られていたが、今となっては「またか」程度で誰も気にしなくなっている。
「――で、本題は何ですか?」
お互いが向かい合うように座ると、すぐにそう切り出した。
「そんな邪険にするなよ、たまには俺と雑談にでも興じようぜ?」
「たまにって……毎週呼び出されている気がするんですけど」
「あれ、そうだっけ? まぁいいじゃないか」
「……」
本当に色々いい加減だなこの人。
頼りにならないときは本当に頼りにならない。
「そんな顔するなって……俺はお前と話すの結構好きなんだけどな?」
「俺も先生と話すの嫌いではないですけど、こんな頻度なら嫌いになりそうです」
「で、まぁ本題なんだが……」
この人、さらっとスルーしやがった。
「……はい」
俺はいちいち指摘していたらキリがないと、この二か月で十分に学んでいるので話を進める。
「お前、最近学校生活楽しそうだな」
「…………そうかもしれません」
「え、何、お前が素直とか怖いんだけど」
「……本当に失礼な人ですよね先生って」
変に誤魔化して答えたら面倒な弄りが始まるし、素直に答えたらこれだし。
なんて答えるのが正解なんですか。
「加藤と汐見とは仲良くなるだろうなとは思ってたが、まさか飯沢と仲良くなるとはな……朝お前らが話してるの、見てたぞ~?」
「あれは、彼女が一方的に絡んでくるだけです。 俺からは話しかけたりしていません」
確かに今どきっぽい女子の飯沢と俺が話すなんて誰も思って無かっただろう。
「それでも、俺は嬉しいよ。 お前が学校生活に馴染めて」
「なんですか、その言い回し。 普通はクラスとかじゃないんですか?」
学校生活に馴染む。
凄く違和感を感じる言葉に俺は素直な疑問を口にする。
「だって、お前は以前まで学校に来て寝るだけの、とても学校生活を謳歌している生徒じゃなかっただろ? それにお前はクラスに馴染めてないだろ」
「いや、まぁ確かにそうですけど」
「だろ?」
「……うざ」
「あ、なに、お前ウザいって言った!? もしかしてウザいって言った!?」
中島先生の言葉に同意はしたが、ドヤ顔で披露してきたので思わずそんな言葉を口にしてしまった。
そして、そのあとの反応もウザかった。
「……ところで、お前」
「はい?」
中島先生がそんなあからさまな話の振り方をしてくる。
「汐見とはどうなの? チューした?」
「……仮にも教育者なんだからその手の質問は不味いんじゃないですか? あと凄くおじさんっぽい」
「まぁまぁいいじゃんか? な?」
まったく、どんなことを聞いてくるのかと思えばしょうもない事だった。
「……どうもこうも、俺たちはそういう関係じゃないですから」
「またまたぁ~……え、ほんとに?」
「……本当です」
その反応はどういう反応なんだ。
というか、大人たちはこの手の話題が結構好きだな。
千和さん然り中島先生然り。
「俺としてはお前を汐見のやつに支えてほしいと思ってるんだが」
「……勝手に汐見を俺のお守にしないでやって下さい」
「まぁ俺から見たらお前らできてそうなんだけどな」
「それは先生の見る目がないだけです」
「そうかなぁ~……」
そう言って中島先生は考え出す。
「話が以上なら俺は帰りますよ」
考え出して一分ほどの沈黙が流れていたので俺はそう切り出す。
「あー……その辺も含めて久々にラーメン行くか?」
「行きません。 てか一回行っただけでしょ、対応策の会議として」
そう、四月の件の噂が出回った時に、一度俺は何故だかこの人と食事に行っている。
あの日は、正直何も対応が思いつかず、藁にも縋りたい思いだったから一緒に行っただけだし。
「それと、教師が特定の生徒と食事に行って良いんですか?」
俺がそう指摘すると、中島先生はうーん、と唸る。
「……わからんけど、バレなきゃいいんじゃね?」
「ほんと適当だなアンタ……」
俺は中島先生に呆れてしまう。
この二か月間この人には助けられたこともあったが、本当に呆れることの方が多い。
「あ、そうだ」
「今度はなんですか」
突然思い出したかのように話を変えてくる中島先生。
そして、少しだけ真剣な顔つきになる。
「お前、そろそろちゃんとテスト受けないと不味いぞ?」
「……いつも平均くらいは取ってると思いますけど」
中島先生の忠告に対して、俺は事実を答える。
「それは知ってるが、取り方が良くない。 空欄以外の間違いが無いことが問題だ」
「……たまたまそこだけわからなかっただけです」
「嘘つけ、まったく。 暗記だけじゃなくて、計算問題でもやってるからこう指摘されるんだよ」
「……わかりました、真剣に間違いの回答を考えます」
「いや、努力の方向が違うだろ!?」
中島先生が当然のツッコミを入れてくる。
「……まぁ次のテストは真面目に受けますから」
「ほんとかよ……まぁいいや。 もう帰っていいぞ」
中島先生は面倒くさくなったのか、急に俺を解放してくれた。
ほんと、この人適当だよな……。
そんなことを思いながら、昇降口へと向かった。
「あ……」
「……?」
スマホ片手に昇降口までたどり着くと、前方からそんな声がして立ち止まって顔を上げる。
顔を上げると、そこには神崎がちょうど外履きに履き替えていた。
「……今帰り?」
「えっと、まぁそんなとこ……」
「そう……」
汐見が少し低めのトーンで聞いてくる。
俺は突然の出来事だったため素の反応をしてしまった。
以前の俺なら仮面をつけていられただろうが、今の俺はどうやら少したるんでいるようだ。
というか、神崎と話すのは四月の一件以来なので正直気まずい。
あのときは、神崎の意見を全否定したからなぁ……。
「ねぇ」
俺が気まずさに頭を悩ましていると、神崎が話しかけてくる。
そして、俺は遅いかもしれないが、仮面をつけなおす。
「なんだよ」
「……古橋君は変わったね」
「何も変わらねぇよ。 ただ、別の側面が見えるようになっただけだ」
俺はぶっきらぼうに答える。
「それでも、変わったよ。 ……じゃあね」
「……おう」
そんな、短い会話を神崎と交わす。
神崎はあの一件があっても特にクラス内の地位は揺らがなかった。
今までの積み重ねのたわものだろう。
それでも、時折神崎から違和感を感じるようになった。
今までになかった言い知れぬ違和感。
その正体を俺はこの二か月の間、掴めないでいた。
「……あ!」
「あ……」
昇降口から出ると、加藤君と遭遇してしまった。
「古橋は今帰り?」
「あ、ああ、ちょっと呼び出しがあってな」
「そっか、俺は今、部活の休憩時間。 コート埋まっててさ」
「そうなのか……」
加藤君は下は学校指定のハーフパンツだが、上はポロシャツを着ている。
それに外で、コートということはきっと彼はテニス部に所属しているのだろう。
確か以前にそんなことを言っていたような気もしなくはない。
「あ、ごめんな、引き留めちゃって!」
「いや、別に」
「じゃあ、また明日な!」
「お、おう」
加藤君は俺にそう言い残すと、颯爽と駆けていった。
本当に忙しなくて空気の読めないヤツだ。
そして、俺は帰路へと着く。
随分と賑やかになった気がする生活を振り返りながら。
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