第29話 帰宅後、それぞれの時間

 

『――で、惚気は以上かい、文月?』


「ばっか、お前そういうのじゃねえよ」


『”女子の家で夕飯をご馳走になった”、それが惚気じゃなかったら何になるんだ?』


「それは……」


 俺は博之に反論できず、言葉に詰まった。

 

 汐見の家から帰宅した俺はスマホに博之からの不在着信があることに気づいた。

 気づいてすぐにかけなおしたが、博之は電話に出なかった。

 そして、十分ほどしたのちに再び博之から着信がきた。

 博之からの要件は特に無く、通話開始から約一時間たった今は雑談に興じている。


『まったく、文月も随分丸くなったよな』


「……そうか?」


『そうだよ、僕と出会ったときには考えられない変わりようだよ』


「あの頃は、まぁ色々あったからな」


『……入学したばかりなのに、ひとり孤高ぶってて、孤立して』


 当時の俺は自分が古橋の人間であることを隠したい一心から人を遠ざけていた。

 必要以上に関わるな、自分でできるから。

 そんな風にして過ごしていたら入学して一週間で俺は孤立してしまった。

 去年の球技大会で博之と友人になる前までは、完全にクラスで浮いていた。

 

「そう言われると、状況は今と大差ないよな」


『……』


 四月の件から二か月が経った今でも、俺はクラス内で浮いた存在だ。

 元々、学校内の嫌われ者だったが、半年という期間があったためか、蜂のいない蜂の巣のような扱いを受けていた。けれど、その巣に再び蜂が住み込み始めた。

 クラスの大半の人間から俺は気にしないものから、腫れものとして扱われ始めた。


 ただまぁ、何故か汐見、仲町、飯沢の仲良し三人組とは若干であるが、話すようになったが。


「どうかしたか?」


 突然、黙ってしまった博之に問いかける。


『……全然違うよ』


 いつもより低い声でそんな呟きが聞こえてくる。

 俺は知らぬ間に地雷を踏み抜いたのかと思い、恐る恐る次の言葉を待つ。


『だって、あのときは文月の周りには誰もいなかったじゃないか。 当然僕も離れていったし。 だけど、今の文月の周りはどう? あのときと一緒?』


「……すまん」


 博之が伝えたいことを理解した俺の口からは、謝罪の言葉がこぼれていた。


『いいよ、許してあげる。 ……あー、文月が惚気てきたから僕も惚気たくなっちゃったなー』


 話を変えるためか、電話をかけてきた本題がそれなのか分からないが、棒読みでわざとらしい切り返しをする博之。


「……いくらでも付き合うよ」


 俺は先ほどの贖罪の意を込めて、そんな安請け合いをしてしまった。


『……もうこんな時間か』


「まじか」


 時刻は既に二十三時を過ぎていた。

 通話を始めたのが二十一時ごろだったので二時間も通話していることになる。

 そして、俺は一時間以上も博之とその彼女の惚気を聞かされたことになる。


『じゃあ僕はもう寝るよ』


「そうか、じゃあまたな」


『うん、また』


 そんな会話を交わしてから、俺たちの通話は終了した。


 俺は通話の切れた画面を見つめながら博之の言葉を考える。

 今、俺の周りにいる人たち。

 博之に、加藤君。汐見に、仲町、飯沢、ついでに中島先生も。


「……あの日、汐見を泣かせたのってこういうところだよな」


 そんな独り言がこぼれる。

 これからは拾い上げることよりも、無くさないことを重視しながら行動しないといけないのかもしれない。

 誰も傷つけることなく、自分も傷つけることなく。


「……よし!」


 俺はそんな密かな決断を胸に立ち上がり、風呂へと向かった。



――――Change View――――



「――で、どうなのよ文月君とは?」


「……お母さん、ウザい」


 古橋君と遊んで、はしゃいで疲れたのか樹はすぐに寝てしまった。

 そして、学校の課題をしている私にお母さんはそんな質問をしてくる。


「だって、気になるんだもん」


「もん、って……」


 私の母、汐見千和はこうして子供っぽいところが多々ある。

 いつもは尊敬すべき母なのだが、テンションが高いときはこうして子供っぽい一面が顔を覗かす。


「これは勝手な話だけどね」


「……?」


 急に真面目な落ち着いた声色になった母。

 私は手を止めて、母の顔を見る。


「私は楓が文月君と上手くいったらいいなって思ってる。 楓に踏み込んで、変えてくれた人だから。 母親の私以上に貴女のことを見てくれる人だから」


「……そんなの偶然だよ、きっと」


 古橋君と私がこうして友達になったのは偶然。

 たまたま、だから。


「文月君と初めて会った日、彼は言ったのよ? ”俺と同じ思いをして欲しくない”って」


「……それって」


 その日は、私が古橋君に私の問題について指摘された日。

 私が、彼に対して苛立ちを覚えた日のことだ。


「うん、多分そういうこと。 でもそれだけじゃないと私は思うの」


「……どういうこと?」


 彼の言葉から考えるに、彼は家族と上手くいっていないのだろう。

 それは分かるけど、それ以上のことは私にはわからなかった。


「彼は私たちの予想以上の問題を抱えてるのかもしれない。 そうでなければ、あんな子いないわよ」


「……」


 私は母の指摘がすんなりと理解できた。

 だって、以前私が彼に言ったことと似ていたから。

 彼は嫌われ者の仮面を被ってまで、誰かのために行動する。

 そして、見返りを求めない。

 一見すればそう思えてしまうが、彼は無自覚ながら見返りとして助けを欲している。とても大きな見返りを求めているんだ。


「だから私は楓に彼の支えになってほしい。 そういうものも全部含めて彼と楓が上手くいって欲しいって、そう勝手に思ってる」


「……そう」


 お母さんは優しい瞳で私を見つめる。

 私はお母さんの勝手な思いに返す言葉が見当たらなかった。


 私自身、彼をどう思ってるのかなんて決まってる。

 彼は一人の友達だ。

 けれど、ただの友達でもないことはわかっている。

 私を助けてくれた人。

 恋とか愛とかそういったことはわからないけれど、大事な人の一人であることは間違いないのかもしれない。

 それだけは、確信できたんだ。


「付き合ったらちゃんと報告しなさいよ?」


「だから、そういうのじゃないから!」


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